第2話 『プロローグ2 千歳 優紀』
※カクヨムだけに掲載してましたが、なろうでも上げます。まだ少ししか書いてませんが、カクヨムの方がわずかに先行してます。
――2022年 日本
「この世界は、私には騒がしすぎる」
どこか達観したように呟くのは、十代前半に見える一人の少女。名前は千歳 優紀。
両親は、男女どちらが生まれてきても『優紀』と名付けると決め、読み方で「ゆうき」か「まさのり」にする予定だったと、両親は優紀に伝えていた。そこに感慨はなく、優紀としては、どちらでも良かった。
「味が濃い……」
世間一般的な価値観で言えば、優紀は豪勢と分類されるお弁当を広げていた。
この日は、優紀が通う高校で課外活動があり、電車を乗り継いで行ける距離にある、博物館へ来ていた。
現在は、目的地の隣にある公園で、お昼を食べる時間だった。
愛情を感じるお弁当であることは、優紀も感じていた。テレビや雑誌で見るものと遜色ないといえば、その豪華さが伝わると思う。
ただの卵焼きでも、出汁の風味だけでなく、冷めても美味しいよう濃いめの味付けがされている。優紀には、それが美味しくないと、感じる要因となっていた。
「はぁ……」
優紀は、ここ数年、何度目か分からない理由で、溜息を吐く。
両親に心配をかけないため、お弁当を残さず食べた後は、近くにあるトイレに寄り、洗面台の前で鏡を見る。
(貧弱な肉体だ。それに、女というのは面倒だ)
飾り気こそないが、優紀の見た目は同年代と比べ、整っていると評価される美少女だった。しかし本人は、筋肉のつきにくい身体だと嘆き、母親や周囲から求められる、衣服やお洒落などの身嗜みに関して、面倒なものだと考えていた。
人付き合いは、最低限は維持しているが、優紀は日本に生まれ、携帯や便利な電化製品に囲まれた『今』の暮らしを、煩わしいものだと感じていた。
それには、理由がった。
(あの世界は、いったいどこにあるのか?)
数年前、優紀はひとつの『記憶』を思い出した。
それはとても精巧なイメージであり、何十年と生きた人間の『記憶』だった。ありきたりな表現をするなら、前世、というやつだろう。
世界地図を見ても、前世で知る大陸と似たような場所はなく、歴史や、常識とする技術すら違った。
――剣と魔法で生きる世界。
そこでは、五十年あまり男として過ごした記憶がある。
武器を持って、戦った記憶がある。むしろ自分は、戦闘狂に分類される人間だったと自覚していた。
人を殺したこともあるし、女を抱いた記憶もある。
人々は、もっと必死に生きていた。知り合いが死ぬという経験も、たくさんあった。魔物と呼ばれる存在がいて、知性を持ち、場合により魔法を使ってくる獣や人の形をした『人類の敵』となる生物がいる世界。
そんな世界に生きる者たちは、半分は欲望に忠実な生き方をし、半分は死なないよう慎重に生きていた。
日本にいると想像しづらいが、身分はどこの国も厳格で、支配階級とそれ以外とが区別され、差別されている世界だった。同じ罪で裁かれても、平民であれば死罪でも、支配階級なら罰金や少しの懲役で済む、という事例はたくさんあった。
料理に関しても、塩で焼いた肉と酒さえあれば、十分に豪勢だと思うような生活をしていた。
優紀の前世は、支配階級ではなかったので、薄味のものが多かった。その中でも特に、食事に頓着しない性格だった。
前世の記憶を思い出すまで、優紀は日本の食事を、良いものだと感じていた。唐揚げや、マヨネーズを使った料理、クリームをたくさん載せたケーキだって、大好きだったはず。
それが何故、美味しいと感じるより先に、味が濃いと思うようになってしまったのか。まずいとは感じないが、口に合わないのだ。十数年を生きた「千歳 優紀」の記憶は、五十年かけて作られた男の記憶に、敗北した。
優紀は最初、人格が溶け合う「葛藤」に苦しんだ。
元は、意見があっても誰かに流されやすい性格で、虫すら命を奪うことのできない臆病な少女。
それが今では、相手を殴り倒して、言うことを聞かせればよいと、心の底から思い、その衝動が込み上げてくる、野蛮な性格。
活発に運動する事が苦手だと感じていた優紀は、両親に頼み、地元の格闘技の教室へ通うようになった。
スポーツとはいえ、競争に身を置くことで、社会から弾かれるほどの危険な闘争心を、抑えようと思ったから。
当初は、体力づくりで走ろうにも、肺の機能が追い付かづ、一年間はもどかしい状態が続いた。
自分の生い立ちと重なり、物語で描かれる「異世界転移」などに興味を持って、小説などを読んでみたが、それも長続きしなかった。
実際に、英雄譚を書こうとすれば、脚色は必要であると理解できたが、現実はそんなに上手くいかないと思えたから。
特に、支配階級というのは流した血の分だけ、恐怖を緩めた代償を知っている。支配する者たちに対して、ある一定の警戒を持って接するのが当たり前。暴君と呼ばれる者や一族ほど、その傾向は強くなる。貴族や王族ともなれば、一族に継がれた帝王学を、幼少の頃から精神に刻む。
差別ではないが、無意識に「区別」することを学ぶ者たちに、物語のような隙は期待できない。
――考え事をしていると、唐突にソレは訪れた。
優紀は、博物館の中から不穏な気配がするのを感じた。それは日本では、感じたことのない力の波動。
「魔力?」
未練があった訳じゃない。だけど、息苦しさを常に感じてた。
冒険者と呼ばれ、命を懸けて一攫千金を狙い、自由気ままに生きた記憶。
導かれて歩みを進めると、一人の少年が、幾何学模様の描かれた石板の前にいた。
「なに、これ?」
驚いたように叫びをあげる少年がいる。足元には、石板と似た図形が光り輝いていた。優紀は、それと似た現象を知っていた。
(転移魔方陣?)
「どいて!」
一般的には、イケメンに分類される少年が、戸惑った様子で固まっていた。
それを優紀は、突き飛ばすよう図形の範囲外に追いやり、自分がその上に乗る。
「なっ……」
目が合った。だが次の瞬間、優紀は知らない場所にいた。
唇の端が、ほんのわずかに吊り上がる。
(ここは、私の望んだ世界)
周りの音など気にならなかった。
――ここから、千歳優紀の覇道が始まろうとしていた。