森のクマさん。
「ううぅぅううううがぁぁああああああ!!」
「なんじゃありゃーー!!」
「捕まったら頭から喰われるぞーー!!」
「まって!! まって!! 置いてかないで下さいよぉ!!」
「いや姫ちゃんマジで足はえーなっ!!」
いま俺達こと光の四戦士と姫は、ポカポカ陽気の優しい太陽の日の光が降り注ぐ街道を必死に逃げている。
ん? 何からだよって?
トトさんの取り逃がしたバカでけぇクマからだよ。
ほらよく見ろよ、引き裂かれたら真二つにされそうな仰々しい鋭い爪、俺達なんか丸呑みできそうな大きな口。
そして太古の恐竜みたいにでけぇ身体だ。
多分捕まったら頭からガリガリ齧られるか、生きたまま内臓をほじくり返される。
だから必死で逃げてる。
して、何故にこんなことになったのか。
それは遡ること小1時間前……
「ここから北に3時間ほどでケズトロフィスという大きな都市がある。
街にはリンネ監理団体の運営するギルドがあってな、この世界にやって来たばかりのリンネに対して援助や支援を行っている。
まずはそこへ行ってみるといい。」
頂いた食事の最中、トトさんから色々とこの世界のことを教わりながら、トトさんが何故このノルマンディの森にいたのかを訪ねた。
どうやらマニアックス・ベアなる巨獣の討伐に来たのだという。
その巨獣は、普段は温厚なのだそうだが、なんでも大きくなりすぎて住処がなくなると狂暴になるのだとか。
「滅多にない事なのでな、出来る事なら殺しなどしたくはないが、ヒトに被害が出るやも解らぬ。」
ということだそうだ。
いやほんと、森のクマさんのお陰で助かった。
その後食事を済ませた俺達は、トトさんの護衛のお陰で無事森の外へ出られたのだが、その間も姫は少し離れたところから警戒するように着いて来るのだった。
「トトさん、本当にありがとうございました。」
「達者でな。キミらにドラゴンの加護のあらんことを。」
トトさんにお礼を伝え、俺達は気持ちを新たにケズトロフィスの街を目指す。
んで……
「ううぅぅううううがぁぁああああああ!!」
「ううぅぅわああぁぁあああああああ!!!」
どうしてこうなった。
「まじで!! やべぇって!! もう無理だ!!」
俺の隣を走っていたサゴが後ろを確認しながら叫ぶ。
見れば既にビトのすぐ後ろまで迫ってきている。
姫は逃げ足が早いからともかくとして、このままでは光の四戦士は全滅だ。
「あぁっ!! うわぁあぁああっ!!」
悲鳴とともに、すぐ後ろで小太りな誰かが転んだような気がしたが、俺達は振り返る事無く走り続けた。
まぁ多分気のせいだろう。
「おまえらぁぁあああああああああ!! 待ちやがれぇぇえええええええ!!」
いや、気のせいではない、ビトだ。
「おい! 多分ビトがコケたぞ!!」
「知ってる!! グッジョブ!! いぇあっ!!」
と、嬉しそうに親指を立てるサゴ。
「アル!! 俺達にできるのはアイツの死を無駄にしない事だ!!」
と、悔し涙を浮かべるマギ。
「オーケー! アディオス!!」
と、俺はスペイン語で爽やかに別れを告げた。
「このクズどもがぁぁあああああああ!!
恨むからなぁぁあああああああああ!!」
とまぁ走りながらも犠牲者にミジンコ程度の気を向ける俺達だったが、相変わらず姫はビトが転んだ事にすら目もくれずスタコラサッサカサ〜と脱兎の如く走り去って行く。
「ううぅぅううううがぁぁああああああ!!」
「ああぁぁあああああああああああ!!!!」
すまんなビト、この世は弱肉強食。
強きは生き残り、弱きは果てる運命なのだ。
グッバイ、マイフレンド、ビト。ユーアー、マイ、ベストフレンド。
耳をつんざく残響の中、俺は振り返ることなく心の中でレストインピースと唱え、ビトとの思い出に別れを告げた。
グシャー!! ズシャー!!
「うがぁ!! うがあ!! うがぁああ!!」
「ぐっ!! えっ!! うあっ!!」
ガリッッ!! バキッッ! ボリッッ!
後方から骨と肉がズタズタに裂かれていく鈍い音が聞こえて来る。
む、酷い……。
ビトの悲痛な喘ぎ声がその残忍さを物語っている。
何が起きてるのかは解らないが、ああなるのが俺じゃなくてマジでよかった。
恐らく腹を裂かれて脂の乗ったジューシーな内臓を生きたまま食べられているのだろう。
そしてそんな地獄のような光景を頭に浮かべたのは、どうやら俺だけではなかったらしい。
最後にはビトの絶叫も途絶え、俺達は一度も振り返る事無く、ひたすら無言で走り続けた。
そして……
「ふぅ……。まじでヤバかったな。」
「あぁ。」
森を出てから2時間。
日も傾き、間もなく夜が来る頃。
散々走ったせいか、もう間もなくケズトロフィスに到着する所まで着ていた俺達は今、草原に腰掛けてクタクタに疲れきった体を休めている。
暖かく柔らかな風、夕闇に浮かび上がる星空は、既に今まで見たことがないほどの輝きを放っていた。
「しかし、今にして思えばアイツ、良いヤツだったな……。」
そうして沈み行く夕日に黄昏ていると、サゴが俯きがちに薄っすらと笑みを浮かべてそう呟いた。
その声の調子はどこか寂し気で、今までの彼の非情さなど欠片も感じられなかった。
きっと大切な仲間を裏切った事を後悔しているのだろう。
「気にするな。アイツは俺達の為に、わざと転んだんだ。」
と、マギ。
慰めるように、隣で膝を抱えて座るサゴの肩を軽く叩いた。
どう転んでもコイツはクズだ。
「ふ、そうだな……。そーゆーヤツだった。アイツは。」
マギの言葉にさっそく気を持ち直したサゴが顔をグンと上げた。
更に静かに膝を抱えていた姫までもが最もそうにうんうんと頷く。
そう、尊い犠牲の上に俺達は今を生きている。
姫を護るために命を懸けた彼の死を無駄にしてはいけない。
行こう、ケズトロフィスへ。
「行くか!」
「あぁ!」
「おう!」
俺の呼びかけにマギとサゴが立ち上がる。
そして姫が笑顔で頷く。
気を取り直して俺達は街へ向かって歩きはじ……
プッ。
「「「んぎゃぁぁああああ!!!」」」
「……ん?」
ビ……ビトだ……。
何が起こったのかさっぱりわからないが、ビトだ……。
突然プッ。と目の前に、本当に突然ビトが現れたのだ。
奇声を上げて飛び跳ねた俺達を見て、キョトンとキツネにつままれたような顔をしているが、驚いたのはこっちの方だ。
「は?! え!? は!? なんで?!」
「おまえ、死んだんじゃないのか!? 幽霊!?」
「いや、よく見ろ…足がある。」
「え? あれ? 俺たしか…クマに……追われてて……。」
そしてどうやら当人は先ほどまでの事を覚えていないらしく、取り乱したサゴとマギを前に、眉間に皺を寄せて遂に黙り込んでしまった。
流石にマジで何が起こったのか俺にもさっぱりわからないのだが、どうやら姫には思い当たる節があったらしい。
突然何かをひらめいたようにポンと手を打つと、姫は落ちていた木の枝で地面に文字を書きはじめた。
ー ビトさん、ちょっとお尻を出してもらえますか? ー
「「「え?」」」
姫がぶっ壊れた。