天恵。
「待てまっしゅーー!!」
「またかよーー!!」
「捕まったら今度こそ裸に剥かれて犯されるぞー!!」
「全員洗脳してやるまっしゅ!!」
「まじなんなんすかこれー!!」
「ちょ!! 姫っち足はやっ!!」
「まっしゅーー!!」
元気いっぱいお馬鹿な小学生のように再び森の中をワイワイ駆け回ることとなった俺達。
か弱いプリンセスを凶悪なターミネータケから守る筈が、情けない事に俺達より姫の方が逃げ足が早かった。
恐らく長いサバイバル生活で逞しくなられたのだろうと思うと嘆かわしい。
そんな冷血サバイバル姫に俺達はさっさと置いていかれ、そして……
「あぁっ!! うわぁあぁああっ!!」
「ビトーー!!」
「た! 助けてぇ!!」
一番後方にいた鈍臭いチビデブのビトが遂に転んだ。
振り返ってみると必死に手を伸ばして助けを呼んでいるのが見える。
「おい! プチデブがコケたぞ!!」
「知るかほっとけあんなデブ!!」
と、サゴ。
「そうだ! 犠牲はつきものだ!!」
と、マギ。
「オーケー!」
と、俺。
「ちょ! 酷いっすよ!!」
走りながらも犠牲者に布団のダニ程度の気を向ける俺だったが、既にサゴとマギは悪魔に魂を売り払った後だったらしく振り返る事無く走り続けた。
そして同じく姫もヴィトが転んだ事にすら目もくれずスタコラと走っていく。
「ヒャッハーーまっしゅーー!!」
「ぁぁあああ!! 犯されるーーー!!!」
そして遂に転んだビトにターミネータケが追いついたらしく、再びみっともない悲鳴が森中に響いた。
すまんなビト、この世は弱肉強食。
強きは生き残り、弱きは果てる運命なのだ。
グッバイ、プチデブ。
俺は振り返ることなく心の中で南無阿弥陀仏と唱え、ビトとの思い出に別れを告げた。
そんな時だった。
「天猛牙爛!!」
ズッシャァアアアアアアアアアアアアアンッ!
地鳴りと共に轟く凄まじい雷鳴。
俺達は衝撃と爆音に思わず足を止めて振り返ったが、何が起こったのかは解らなかった。
「まっしゅ……。」
ただビトは無事で、尻もちをついて呆気に取られたターミネータケ達が怯えるように震えているのが解る。
ビトとターミネータケを引きはがすように裂けた地面。
草木の焼ける臭い、立ち昇る煙、ぽっかりと円形に開いた上空から、太陽の光が降り注ぐ。
それらが雷鳴の凄まじさを物語っていた。
「命が惜しくば去れ。 無益な殺生は望まぬ。」
そして空から颯爽と降って来たのは緑の、……トカゲ?
「…ナイン・インチ・ネイルズ……まっしゅ……。」
ナイン? なんだ??
ターミネータケの一人が、空から現れたトカゲ男を見て、恐れるようにそう呟いた。
「に、逃げるまっしゅ!!」
そして次には甲高い悲鳴を上げて一目散に森の奥へ逃げていくと、辺りは一瞬で静まり返った。
助かった……のだろうか?
「大丈夫か。」
「酷いっすよ! なに見捨てようとしてんすかー!」
トカゲ男に手を借りて起き上がったビトがさっそく癇癪を起こした。
「いや、だって助けてもお前また転びそうだし。」
と、平然と言ってのける冷血漢マギ。
そこに痺れもしないし憧れる要素もない。
「ひっど!! もうマギさん転んでも助けてやらないっすからね!」
「何を偉そうに、一番足遅いくせによ。」
と、サゴ。
もちろん痺れもしないし憧れる要素は欠片もない。
「おい、醜い言い争いはそのくらいにしておけ。
私はトト。トト・セレンティスだ。
大変だったな、もしやキミらはリンネか?」
トカゲ男の名前はトト・セレンティス。
ナイン・インチ・ネイルズ。
天恵のトト、だそうだ。
見れば身の丈ほどの仰々しい槍を持っており、細身ながら筋肉質なその身体は強者の風格を思わせる。
よく解らんが、この世界でとてもとてもそれはもうお強い9人の内の一人らしい。
なんか凄いヒトに助けられたものだ。
「ところで、あの子も仲間か?」
ざっと全員の自己紹介を済ませたところで、トトさんがそう言って向いた先を見ると、遠くの木の陰から冷血サバイバル姫がジッとこちらの様子を伺っているのが見えた。
トトさんと目が合った姫の表情は固くなり、緊張が現れているのが解る。
そうか、姫が魔女だと知られるのはマズいんだったな……。
ここは俺らがフォローしないと。
「あ、そうですよ。
実はあの子も俺らと同じでここに来たばっかりなんです。
どういうわけか喋れないんですが……。」
仮に世間一般に「魔女は死んだ」と認識されているのなら、「ここに来たばかり」、そう印象付けておけば少なくとも怪しまれない気がするけど……。
「ふむ、顔に黒印があるようだな。
口を効けなくなる業苦か……。まぁそう珍しくもないが、苦労するな。」
良かった、どうやら微塵も疑われていないらしい。
トトさんは特に姫に関して不思議がるわけでもなく、俺の説明に納得してくれている様子だった。
して黒印というのが何かはよく解らないが、ひとまずそれは良いとしよう。
安心した俺は姫に手招きしたが、しかしどういう訳か木の影から出てくる気配はなく、ただ首を横に振って静かに抗議するだけだった。
「なんにせよ、大変だったな。
まさか転生早々にターミネータケの罠に掛かるとは。
また奴らに襲われるやもわからん、森の外までは送ってあげるから着いて来るといい。」
「「あの。」」
さっそく森の外へ向かって歩き始めるトトさんを、マギとサゴが呼び止めた。
「ん? どうした?」
ぐぅぅぅううううううう。
「その前になんか、食いもんないすか?」
なにしろハラペコだった。