姫と光の四戦士。
ー アレは食べたものの精神を乗っとるターミネータケです。 ー
怪しいローブの女に呼ばれるがまま逃げ込んだ先は、浮き上がった木の根で出来た小さな空間だった。
そこで膝を抱えて押し黙ること数分、キノコでラリった筋肉まっしゅ軍団をようやくやり過ごすことができた。
「ターミネータケ……? あのキノコが?」
ー そうです。アレを食べてしまった愚かな彼らは、これからの一生をターミネータケとして過ごします。
けどそれはそれで幸せなので、何も気に病む事は無いですよ。 ー
助けてくれた彼女は、どうやら喋れないらしく、手ごろな木の枝で砂の上に文字を書いたり、身振り手振りで俺達の身に起こっている事を丁寧に教えてくれた。
黒の長い髪に、目鼻立ちの整った綺麗な顔。
最初は妙な黒いローブを着ていると思ったが、笑うと子供のようにあどけない童顔に背が低い事も相まって、俺達の心はときめいていた。
彼女も日本人で、多分23歳くらいだそうだけど、正確な年齢が解らないのは俺達と一緒らしい。
なんと名前すらもないそうだ。
彼女もまた俺たちと同じ「リンネ」なるものらしく、そしてやはりここは日本ではなかった。
彼女から大方の事情を聞いて落ち着いた俺達は、これから行動を共にすることになり、ひとまずお互いの特徴から名前を付け合うことにした。
まず俺は……
「そういや俺ってどんな見た目なんだ?」
「お前は……モブ。」
「だな。何も特徴がない。」
「そっすね。無色透明っす。」
ー けどブサイクではないですよ。 ー
「そうか。サンキュー。」
とりあえず全員嫌いになった。
「そうだなぁ、お前は…アルティ…メット……?」
ー アルティメット?? ー
「そっすね……。アルティメットって…かんじっす。」
「なんでだろうな、アルティメットってすげぇお前にしっくりくるわ。」
俺はアルティメット。
自分でも怖いくらいしっくりくる名前に魂が震えた。
喋れない彼女がクスクスと笑っているが、まぁ笑ってもらえるだけ良いとしよう。
因みにアルティメットじゃ長いからアルに省略。
そして次はゴボウのようにヒョロヒョロで、パッとしない垂れ目でタラコ唇、おかっぱ頭にゲジ眉のコイツ。
いやまて、今まで必死過ぎて気付かなかったけどなんて見た目してんだコイツ……。
コイツは……
「サゴジョウ……?」
「だな。サゴジョウで決定。」
ー 私もそれが良いと思います。 ー
「よし。んで次はー。」
「え、おいサゴジョウって……。」
サゴジョウは納得いかないのか顔をしかめたが、無視。
次は、目元まで覆われたロン毛の根暗そうなフツメン君。
お前もモブじゃねーかこの野郎。
「まど…まぎ?」
「あ! それ!!!」
「まどマギだな。」
ー まどまぎ? ー
「なんだろう、凄い未練を感じる。」
まどマギは腕を組み、何かを思い出そうとするように視線を宙へ向けた。
きっと日本にいた頃の大切な誰かを思い出しているのだろう。
次は……このスポーツ刈りの出っ歯のチビデブ。
コイツは……
「お前は何か、信用ならないなぁ。」
「え? なんすかなんすか??」
「あぁ、なんかすぐ裏切りそうだ。」
ー ですね。なぜでしょう? ー
「だな。ぶん殴りてぇ。」
「ちょっと酷くないっすか!? なんなんすか!?」
コイツはビトュレイヤー。
確か裏切者って意味だ。
そして長いから省略してビト、なんかカッコよくなってムカつく。
なお本人は意味が解っていないらしく、腕を組んで首をかしげている。
そして喋れない彼女にはその意味が解ったようで、声もなく笑っていた。
そんな可愛らしい彼女を、俺達は姫と呼ぶことにした。
もちろん本人はとても嫌がったが多数決で可決。
「ところで姫ちゃん、何でこんなところにいたの?」
ー 私が生きてる事がこの世界のヒト達にバレると大変なことになるので。 ー
まどマギの悪気の無い問いに砂の文字で応えると、姫は少し寂しそうに笑った。
生きていることがバレると、か……。
この服装といい、なにか訳ありなのは間違いなさそうだ。
もしかすると「リンネ」というだけで迫害されている可能性もある。
その後も姫への詳しい聴取は続いた。
「つまり姫っちの声を聞くと記憶が消されてしまうから、その声を封じられてると?」
ー そんな感じです。封じられてるというより、封じて貰ったんですけど。 ー
「ちょ酷いっすね! えそれ酷いっすね!!
ちょ姫さんもっと怒った方がいっすよ!!
あぁクソまじでムカつくわこの世界の奴ら!!
その時俺がいたら一人残らず全員血祭りにあげてやるのに!
俺たちの姫さんにまじ何してくれてんだよちくしょう!!
決めた!! 俺決めたっす。
おれ姫さんのこと命に代えても絶対守るっすよ、えぇ。」
と、ビト。
腕を組み小声で興奮気味にブツブツと呟きながら一人で怒っていた。
それを見た姫があまりのキモさに笑っているが、ビトは笑われていることに気付いていないようだ。
その後のやり取りは長くなるので割愛、要点だけざっくりとまとめるとしよう。
今は龍星期3010年4月23日。
姫がこの世界に来たのはほんの4カ月前、勿論記憶はない。
どうやら姫には子供もいたらしいが、2カ月前に声を封じて貰った時にその子を託してしまったらしい。
まぁ無理もない事だが、砂に文字をゆっくりと書き起こしていく悲しそうな姫を見ると、胸が痛くなる。
「声を聞いた者の記憶を消す呪い」業苦なるもののせいで魔女と呼ばれ、命を狙われる身となったそうだ。
故に見つかると大変なことになるため、こんな森に身を隠しているという。
幸いこの森は食料が豊富で川や湖もあり、危険な生物も少ないため身を隠すのには最適なのだという。
因みに今いるここは、ケズバロンという田舎町から北に行ったところにある大きな森「ノルマンディ」。
ここをさらに北に抜けるとケズトロフィスという大きな都市に行けるらしい。
ー ここから歩いて3時間はかかりますけど、今から行けば夜には着くんじゃないかな。 ー
「え、姫っちは一緒に行かないのか?」
と、サゴジョウ。
今の話聞いてなかったのかお前。
姫は首を横に振ると、再び砂の上に文字を書き始める。
ー 森の出口までは案内出来ます。そこからは皆さんだけで行ってください。 ー
「姫ちゃん……。」
「そんな、姫さん……。」
言葉を失う俺達に、姫は少し困ったように笑うだけだった。
まぁ無理もない。
とはいえ姫には救ってもらった恩がある。
ここに置いていくなんて非道な真似、俺たちにできるわけがないだろ。
「なぁ、姫。」
「なんですか?」と姫は首をかしげた。
「姫の顔知ってるヒトって、どのくらいいんの?」
ー 顔はほとんど知られていません。いっつもフード被ってましたし。 ー
「ならこの森に追っ手が来たことは?」
姫は首を横に振った。
とするなら……
「だとしたら、『魔女は死んだ。』と処理されている可能性が高いと思う。」
俺は今考えていた事を皆に話した。
記憶を消す。
それはつまり声を聞いた者からは「自身の存在を忘れ去られる」という事だ。
まして姫の話では、いつもフードで顔を隠していたという。
そして声を封じたというそのヒトは、上からの命令を破ってそんなことをしている。
虚偽の報告をしたか、或いは真実を告げ、罰を受けたか。
後者の場合、直ぐにでも再び追っ手が現れると思うのだが、声を封じられてから2カ月ものあいだ音沙汰無しと来たものだ。
更に言うなら姫のほのぼのとしたサバイバルっぷりからすると、後者のような事にはなっていない。
ならば、必然的に「死んだ。」と扱われていることになるのではないだろうか。
「なるほど、そうかもしれないな。」
「それなら姫さんも一緒に行けるっすね!」
「あぁ、それに助けてもらった恩もあるんだ。こんな所に置いてけねぇよ。」
オレの仮説に、まどマギとビト、サゴジョウが納得した様子で頷く。
反して姫は慌てて首を横に振り、必死に砂文字を起こし始めた。
ー それはダメです。絶対に迷惑掛けますし、危険です。 ー
ごねる姫、しかし多数決で可決。
そうして木の根の隙間から這い出て、俺達はひとまずケズトロフィスを目指すこととなった。
「よっしゃーー!! いくぞーーー!!!」
「「「おぉーーーーー!!!」」」
心地よい木漏れ日の中、勢いよく拳を掲げて、俺達は叫ぶ。
気持ちを新たに、覚悟を胸に、こうして姫と光の四戦士の旅が始まった。
「おいお前ら見ろ、こんな所にいやがったまっしゅ。」
「「「「え?」」」」
見つかった。