Dream On Dreamer_6
「お~い、しっかり掴まってないと迷子になるぞ?」
「う……うるさい、さっさと前に進め。お前が進まないと俺は動けんのだ……。」
「あいあいさー。」
次の日、朝から俺はアナを連れ、クロエの誕生日プレゼントを買いにケズトロフィス商店街へと来ていた。
しかし商店街のヒトの多さと来たら、もう少し何とかならないものだろうか……。
俺は進行方向とは逆へヒトの動線に押し流されそうになりながら、俺を子供扱いをするアナを盾にその激流を突き進んでいた。
「ねぇ見てあのヒト、女の子の背中にしがみ付いてるわ。」
「ホントだ、みっともな~い。ウフフ。」
一瞬でもこの手を離したら終わりだ――最早プライドなど無い。
アナの真っ黒な小汚いローブにギュッとしがみ付いたまま、俺は通りすがる笑い声を無心でやり過ごした。
そうして押し寄せる荒波を退けながら気になった店を片っ端から見て回る中、贈り物などしたことも無い俺は、あーでもなければこーでもないの論争をアナと繰り広げていたのだが――
「あ、ほらほら、これなんか良いんじゃない?」
「……。」
して、何故コイツがいるのか。それは簡単な事だ。
こいつが俺のストーカーだからだ。
早朝、性懲りもなく俺の元へやって来たアナと世間話をしていた時「この後クロエの誕生日プレゼントを探しに行く」と言ったら着いて来たという訳だ。
「おい、なんか言いたまえ相棒。」
「あのなぁ……。」
ただ実際、俺一人でまともなプレゼントを選べるという自信もなく、例えこのロクでなしの社会不適合アホ魔法使いでも、こうして相談できる相手がいるというのは僅かに心強い。
なによりも俺は、この商店街の喧し過ぎるヒトゴミがとにく苦手だった。
故に、相談役であり防御に極振りした盾でもあったりと、色々な意味で初めてこの女に存在価値を見出せたと感動すらしていた。
のだが――
「お前、ほんとにバカだろ……。」
「え~? 絶対喜ぶってー。少なくとも私は欲しいけどなぁ。」
店の奥からアナが嬉しそうに両手で抱えて持って来たのは、どっかの民族の珍妙な木彫りのキモい像だった。
しかも無駄にデカい。
何処か意味ありげにも見えるその無意味な造形……そして両腕に抱えられたキモ像の挑発的なキメ顔の脇から、アナの不貞腐れた小顔が覗いた。
「因みに、おいくらだ。」
「――んと~、300万レラだって。やっすぃなぁ!」
高けぇよ。
そもそも買えねぇだろ。
タグの値段を見てアナが目を丸くしたが、それが冗談なのか本気なのかは正直わからなかった。
「てかコレなんか台座の裏に文字が掘ってある。なになに……ヤスオ?」
誰だよ……。
「却下だ。戻せ。」
「ちえー。なんでぇなんでぇこんちくしょうのバーローみさきぃー。」
俺が問答無用で突き放すと、再び店の奥に消えて行ったアナの後姿はシュンとして少し寂しげだった。
そのうしろ姿に俺は、お菓子をせびる子供を冷たくあしらう親のような気持ちになり、何故だか若干こころ苦しいが……。たく……。
「ねぇねぇ、それじゃぁコレは?」
「た、タマゴ……。」
ふりかけ……。
「もうお前帰れよ……。マジで邪魔だ。」
「ひっどー! さっきからなんなん! せっかく協力してやってるのにー!」
ワーギャーと、やはり子供のようにアナが喚く。
手ぶらで戻って来たと思ったら、思い付きで目の前の食品棚にあったタマゴふりかけをブンブンと振り回して。
「お前のは協力じゃない、ただの大喜利だ。」
「てへっ。」
「……。」
そして、何故か、照れた。
アホくさ、付き合ってられるか。
デレデレと頭を掻いているアナを無視して、俺は早々に店を出た。
「……。」
しかし、忘れていた――再び嵐のような雑踏が目の前に蘇る。
「おいアナ、出番だ。」
「おう! ここは私に任せて、先に行きな……。」
「――は?」
言ってる意味がサッパリ分からず振り返ると、アナは無い胸を張っていた。
「いや、行けないから困ってるんだが……。」
「うへへ、このセリフ、一度言ってみたかったんだぁ~。」
そして照れながら「いやぁ」と再び頭を掻いている。
コイツはいつでもどこでも楽しそうだ。
ほとほと呆れるばかりだがしかし、ヒトとの関わりに線を引いて生きていた俺からすると、若干羨ましくもある――て、そんなこと今はどうでもういい。
「そーかよ……。何でも良いから次行くぞ。」
「て……おいバリー、遥か太古に絶滅したと言われている伝説のノマノマイェイ族の像、買い忘れてるよ?」
「例えタダで貰ってもあんなん持って歩きたくねぇよ。てかノマノマイェイ族ってお前……。」
とまぁこんな感じでかれこれ数時間、あちこちの雑貨屋を回っているが「これだ」というものを未だに見つけられずにいる。
さっきの店で少なくとも20軒にはなるかもしれない。
連れが生粋のアホというせいもあるが、子供が喜びそうなものを探すというのは意外と大変なのだと思った。
「ふー、歩き回ったらお腹減ったなぁ。ここらで何か食べないかい。」
「そうだな、俺はここで待っててやるからテキトーに買って来てくれ。」
「ういー。ダンゴ~ダンゴ~だいかぞくぅ~っと。」
その後、商店街の端まで来てしまった俺とアナは一度お昼休憩を挟み、手頃な屋台でアナが買った「ミタラシ、ダンゴ」なるものを広場のベンチに腰掛けて食していた。
モチモチの新食感、甘くてしょっぱいコクのある革命的な風味のタレ。
これがかなり美味かった。
「コレ、美味かったな。」
「だしょ~? あんま見かけないんだけどね。――あ、そうそう、ついでにコレを。」
満足気にそう言って、おもむろアナがローブのポッケから取り出したもの。
「あ? なんだコレ。」
それはなんだかよく解らないが、なんともお粗末な作りの安っぽいキーホルダー。
それがふたつほど。
「よく知らないけど、家族が末永く幸せでありますようにっていうお守りなんだって。」
「……これがか?」
アナから受け取ったひとつには、真ん丸の赤くて小さいゴム玉に、頭の悪そうな顔が書いてある。
もうひとつの黄緑も、表情は違うが基本的には同じものだ。
こうしてまじまじと見れば見るほどお粗末だが。
「家族の、お守り……。」
「ね? 餞別にはピッタリじゃないかい?」
「――ね? と言われてもなぁ……。」
まぁ、この造形の事はさて置き、これがお守りだというのなら悪くはないとは思うが――
「いや、しかしこんなヘンテコなもんでクロエが喜ぶか?」
「さぁね。とりあえず貰っておきなよ。ダンゴのオマケだからお代は要らないのだ。」
しかもオマケかよ……。
まさかコイツ、俺にゴミを寄越したんじゃないのか……?
「……。あぁ、そうか……。まぁ……ありがとうな。」
早速アナに対して疑心が芽生えるも、恐らく屋台の店主が直筆で書いたと思われるその不気味な顔をジッと見ていると、何故だか無下に捨てるというのも申し訳なくなってしまった。
ので、ひとまず礼を言って、俺はそれをさっさとポケットに仕舞った。
「良いってことよ、相棒。ほら、これで私ともお揃いなのだっ。」
無邪気に笑いながら、アナは青色の同じキーホルダーを嬉しそうに掲げて見せた。
さて、ようやく腹も満たしたが――しかしこれからどうしたものか。
少なくともコレをプレゼントにするという選択肢は、ホントのホントに最終手段でなければならない。
俺は一層、自分の宿命に奮い立った。
しかし――
「子供の欲しいもの、子供の欲しいもの……。ダメだ、解らん……。」
――そう簡単なことではないのも事実。
こうして、話は再び振出しに戻る。
「んー。ぶっちゃけ何でも喜ぶと思うよ? 大好きなキミから貰ったものならさ。」
「何でそう言い切れる、そんな簡単な話じゃないだろ。」
「だって私がそうだからね~。」
「……あ?」
「べつにー、なんでもなーい。」
意味ありげにそんな事を言いながら最後のダンゴを一気に平らげて、アナはモチャモチャとそれを頬張り、退屈そうにそっぽを向いた。
よく解らんやつだが、つまりコイツにも大切に想う相手がいるという事だろうか。
「あ、そういえばそろそろ私の師匠も誕生日だ。何か買って帰ろーっと。」
「――ん? お前に師匠なんてのがいるのか?」
「いるよー。つってももう私の方が魔術の腕は上なんですけどねー。」
「お前、嫌な弟子だな……本当に。」
「わっはっはっ。師匠にはこれをプレゼントしよう。」
「タマゴ……。」
ふりかけ……。
「俺だったら泣くね、色んな意味で。」
いつの間に買ったのか、アナが得意気にポッケから取り出したのは、いつかどっかで見たタマゴふりかけだった。
俺はコイツの師匠というヤツが無性に気にはなったが、それもこの大喜利の前では屑と化した。
「だいじょぶだいじょぶ~。師匠ふりかけ大好きだからっ。毎朝ふりかけごはん食べてるっ。」
「知らねぇよ……。なんなんだお前ら……。」
そうして得意気に笑うアナにほとほと呆れ果てた時だった。
「あら……バリー君?」
不意に聞こえた、透き通るようなその声の主は――
「あ、アリシア……。」
「お、愛しの彼女~。」
「お前は黙ってろ。」
ベンチで不毛な大喜利大会を繰り広げていると、突然目の前にアリシアが現れた。
「あらあらー……。なになに~? 今日は夫婦漫才の打ち合わせをしてるの~?」
「……。」
因みにアリシアは、俺とアナが恋仲だと勘違いしている節がある。
故にこうして一緒にいるところに出くわすと、ニタニタとイタズラ小僧のような笑みを浮かべながら面白がってからかい始めるのだが――こんなアホとカップルだと思われるとは迷惑極まりない。
「ですです~。そろそろウチらも殻を破って大空へと羽ばたかなアカンと思いまして――」
「誰がヒヨッコやねんっ。」
タマゴふりかけをシャカシャカと掲げたアナへの渾身のツッコミに――
「あ……え? なに……? よく解らなかったんだけど……。」
「いや……すまん……。」
アリシアは首を傾げ、また場の空気が急激に冷え込んでいくのと同時に、それは人生最大の後悔へと変わった。
頼む――夢ならさっさと覚めてくれ。
あらら、出来事をなぞっただけの何の面白みもない淡白な文章になってしまったぞ……?