Dream On Dreamer_5
龍星期3010年6月28日、もうじき年が明ける。
だからと言って、この世界では何も特別なことは起こらない。
いつものように、いつもの調子で、この街はいつも通り忙しいほど賑やかなままだ。
そんな年末、俺がいつものように昼間からいつもの公園で寝ていると、いつものようにクロエが遊びに来た。
そして今日はアリシアの代わりに、珍しく旦那のトールが一緒に来ていた。
「実は、近々この街から引っ越すことにしたんです。多分、年明けに。」
「引っ越すのか……。急だな、どこに行くんだ?」
「ケズブエラの近くに。『儂らの近くにいた方が安心だから』と、ガンコな両親が一軒家を用意してくれたので。」
「そうか、ケズブエラか。」
「はい。」
遊び疲れたクロエは今、俺の厳つい羽根を枕にしてベンチで気持ちよさそうに眠っている。
そんなクロエを挟んで一つ隣に座るトールと、俺は久しぶりに話しをしていた。
そして、どこか困ったように頭を掻いて、トールはそう言った。
「それは確かに、遠いな。」
「はい、まぁうちの両親、孫の顔が見たいだけなんでしょうけどね。」
ケズブエラは、ここからだと結構な距離がある。
恐らくダバで4時間ほど。
ケズバロンからならダバで2時間ほどだがしかし、ケズバロン以上に田舎なあの村に用事などある筈もなく、仮に誘われたとしても簡単に遊びに行けるような場所ではなかった。
引っ越しは早ければ年明け、本当に急な話だ。
けど――
「新しく仕事も探さないといけないし、困ったもんですよ。」
「だが良かったな。」
「え?」
「これで、クロエも寂しくなくなるだろ。あの村、チビッ子が多いと聞くぞ。」
クロエは普段から基本的に独りだった。
母親のアリシアにベッタリだったというのもあるが、同い年の友人が周りにほとんど居なかったのだ。
故にこうして、いつもいつも俺とばかり遊んでいた。
遊び盛りな年ごろに、さぞ寂しかったことだろう。
「それに、いつも俺なんかと遊んでたんじゃ退屈だったはずだ。」
「それがそうでもないんですよ。」
「……。」
ため息交じりに、トールはクロエの頭を撫でた。
その表情は、優しい手つきに反して、明るくない。
「どういうことだ。」
「クロエは、アナタの事が大好きだったので。それこそ、僕やアリシアなんかよりも、ずっと。」
「……。」
「引っ越したら簡単には会えなくなるって伝えたら、一晩大泣きされてしまいました。」
「……そうか。」
「すみません……、こんな話。」
「いや、まぁ、気にするな。」
疲れた様子のトールに、俺はそう言ってクロエの頭を撫でて見せた。
それを見たトールは静かに笑った。
「本当はこの子の為にも、バリーさんのいるこの街に留まりたいと、そう思ってるんですけどね。」
「……。」
トールはそう言うが、俺は特別、クロエの事を好いていたわけじゃない。
子供は嫌いじゃないが、子供に調子を合わせるのはどちらかと言えば苦手だった。
けれど俺のように暇を持て余していて遊んでくれる大人というのは、この街にはあまりいない。
だからだろうか、クロエはこんな無愛想な俺と遊んでいても確かに楽しそうではあった。
「だが、俺もその内うちここを出ていく。どのみち時間の問題だ。」
「……えぇ、そうですね。」
「それに――」
――まぁ、こんな日々も、別に嫌でもなかったが。
安らかなクロエの寝顔、その頭を撫でながら、俺はクロエと遊んでいた時の自分を思い出していた。
遊んでいる内に気恥ずかしさは少しずつ薄れ、相手から距離を縮められることに抵抗がなくなっていた。
今にして思えば、それこそクロエと遊んでいる時だけは、何故だか少しだけ自分らしくいられた気がする。
「それに、遊びに行こうと思えば、俺はいつでも会いに行けるしな。」
これが自分の本心なのか――それは解らなかったが。
けど、そう言い切って悪い気はしなかった。
それはつまり、俺はこの街での生活をそれなりに気に入っていたという事なのだろう。
柄にも無いことを平然と言いながら、俺はそんなことを思った。
「ありがとうございます、バリーさん。」
「気にするな。俺も……クロエが――」
――すきだ。
「……。」
あぁ、そうか……。
これが、幸せってやつなのか。
「……アンタらが、すきだ。」
あの頃の俺は、こんな毎日が好きだったんだ……。
「……はい。僕たちも、バリーさんの事が大好きでしたよ。」
「……。」
こんな日々を、本当の俺は、望んでいたんだ……。
「アリシアも、クロエも、僕も――」
「……。」
俺は、ここに居たかった。
「それにこの街の大勢のヒトが、アナタを大切に想っています。」
「あ……。」
ずっと、ここに居たかった。
「……ありがとう。」
「いえ……こちらこそ、今までありがとうございました。」
ありがとう――簡単な言葉だ。
けれどそれだけでもう十分で。
溢れるほどに、胸の奥から込み上げて来るものがあった。
俺は――堪らず、泣いてしまった。
「――え? ちょっとバリー君?」
「……ん?」
「あぁ、アリシア。お帰り。」
ふと気が付くと、俺達の座る目の前にアリシアが立っていた。
俺の方を見て、不安そうに眉をひそめている。
また嫌なタイミングで――
「ねぇバリー君、なんで泣いてるの? もしかして、またウチの子に何かされた?」
「……どうしてそうなる。別になんでもねぇよ……。あと『また』ってなんだ。」
「だって、いっつもクロエに叩きまわされてるし。」
「あれは合わせてるだけだ、解れよな……。」
アリシアは笑った。
この愛おしい笑顔も、もう見れなくなるのか。
そう思うと、柄にも無く切ないが……だがそれで良い。
この業苦がある限り、やはり俺はこの家族の傍に居るべきではないのだから。
「アリシア、もういいのかい?」
「うんっ。これで準備完了ですっ。」
「――準備? 引っ越しのか?」
準備完了――そう言ってアリシアは無い胸を張り、得意げに腰に手を当てて鼻を鳴らした。
「うん? あぁ、そっか。トール、まだバリーさんのこと誘ってないのね。もう、ダメじゃない。」
「うん、まぁ……色々と話をしてたから。」
「実は、月末でクロエが4歳になるの。その誕生祝いの準備を――」
アリシアの話では、もうじきクロエの誕生日らしい。
その誕生日会の準備を進めていたそうなのだが――
「――だからバリー君も来てね。」
「あ?……俺か?」
「え? だってどうせ暇でしょ? 絶対だよ?」
という事なんだそうだ。
俺に予定がない事を知って、なんの遠慮も無しに――その美貌と相まって、とんでもない女だ。
「すみません、バリーさん……。」
「いや、まぁ……。構わないが……。」
申し訳なさそうに頭を掻いたトールに、いまいち煮え切らない返事をしながら、俺は厳つい羽根の中で眠るクロエの寝顔を見つめた。
「そうか、誕生日なのか……。」
あまり金もないが――せめて最後に、なにか買ってやろうか。
また柄にも無く、そんなことを思った。
クロエは、何が好きだったろうか。
どんなものなら、喜んでくれるだろうか。
「――そいつは、楽しみだな。」
明日、クロエの誕生日プレゼントを買いに行こう――そう思った。
せつねっ!