オムライスが素っ頓狂な声を上げました。
随分長い事掛かっちゃったけど、ようやく事件解決です。
「ほほう。つまり、ここで寝ているハグキさんを起こそうと思ったら、突然飛んで来たゴキブリにビックリして悲鳴を上げたと。」
「ぇっと……。ごめんなさい……。さっきはその、誰か来ると思って、思わず逃げちゃって……。」
このお屋敷の御主人、フローラ・フィリンクス――ヒト見知りで上がり症らしい「お嬢様」はそう名乗りました。
まぁ皆さんも色々と疑問があるかと思いますが、一つずつ順番に紐解いていきましょうかね。
「あの黒い羽根。先ほど歯茎の執事が手に握っていたアレは、この女のか。」
「ちょっとアケチコさん、その呼び方は失礼ですよ。」
「お嬢様はよく羽根を落とされますので、ヒト目につかぬよう見つけた時は私が拾っております。」
言うまでもない事ですが、まずフローラさんには業苦があります。
フローラさんの業苦は「透化」、なんでも日中は全身と身に着けている物が透明になってしまうのだそうです。
それも月が高く上がる頃には解けて元の姿に戻るんだとか。
なんだかちょっとシンデレラみたいですよね。
「それじゃあ御食事の時も、実はいらっしゃったんですか?」
「えぇ……。ずっと、居ました。皆さんの前に……。ジッと座って、その、静かにしてましたけど……。」
「ほほう、そうでしたか。」
「やだ、私ったら、変人なんて言っちゃった……。」
「いえ、いいんです、実際そうですし……。」
「んー? それじゃぁ、お昼に温泉でヒトの気配があったのも――」
「わ、私です、ごめんなさい……。怖がらせるつもりはなかったの……。」
「あ、いえ、事情がわかれば別に謝ることじゃないんですけど。」
という事なんだそうです。
解ってしまえば何てことない、まぁ何のひねりも味もない退屈なミステリーでした。
ただお屋敷のルールには、他にも奇妙なものがまだありましたよね。
例えばあの「勝手に屋敷内のカーテンを開けるな」というもの。
あれはですね――
「それは、透明な時に日光を当てられると皮膚が焼かれるように痛いので、開けないようにしてもらってるんです……。
業苦のせいなのか何なのか、私にもよく解らないんですけど……。」
「な、なるほど……。」
そんなわけで、いよいよ何の面白みもなくなってきましたね……。
また既に事件性がないと解った途端、アケチコさんも飽きてしまったらしく如何にもつまらなそうにアクビなんかしてます。
因みに、ヒト見知りで上がり症なフローラさんが、このお屋敷をお宿として無料でお部屋を提供している理由というのも聞きましたが――
「えっと、私、元々ヒトと話すのは好きなの。でも、いざ話す時になると、あ、上がっちゃうんです……。今みたいに……。
なので、せめてお食事の時に皆さんがお話ししているのに混ざれたらなって、思って……。ご、ごめんなさい……。」
「ほほう……。そういう事でしたか。」
「にゃんだかにゃん。」
「ヒト騒がせにゃん。」
「どうかお許しください、お嬢様はヒト一倍シャイなものですから。」
「ま、それはもういいわ。はぁーよかった、一時はどうなる事かと……。」
だそうです。
いやはや、そうならそうとハグキさんも言ってくれればいいのに――というのはこちらの都合ですけども、流石に疲れてしまいましたね。
ところで――
「で、アケチコ。アンタ、私に言う事があるんじゃないの?」
「なんのことだ?」
「謝れって言ってんのよぉ!!」
こっちの修羅場は現在大炎上中です。
まぁもう時間も遅い事ですし、そこまで話すと今度は夜が明けてしまいますので、今日はこの辺で勘弁してくださいね。
えぇ、そうです。ちっちゃい事は気にしない――
「それ! アケチコッ! アケチコーー!!」
***
「あら、ピュアさん達、来てないんですかね?」
「ふん、いっそ死んでいれば面白いんだがな。」
「もう……またそう言う事を……。」
次の日、朝食時には既にピュアさんもアウルさんも居ませんでした。
恐らく朝早くに出掛けられたのでしょう。なんだか寂しいですね。
2人分減ったお食事処のテーブルには、ネコさん達とフローラさんの分のお料理が置かれていました。
相変わらず姿は見えませんが、フローラさんも恐らくそこに居るのでしょう。
「それじゃ、ボク達も失礼しますにゃん。思ったより賑やかで楽しかったですにゃん。」
「ですにゃん、大勢の方と会えて、楽しかったですにゃん。」
その後ネコさん達もご機嫌な様子で席を立ち、いつもより丁寧に頭を下げて出て行かれました。
たった一日、苦楽(?)を共にした仲だというそれだけですけど、なんだか名残惜しい気持ちでいっぱいになります。
色々ありましたけど、思い起こせば確かに賑やかで楽しい一時でしたね。
「えっと、フローラさん、居ますか……?」
「は、はぃ!?」
ネコさん達の去った後、一番奥に置かれたお料理に向かって声を掛けると、お皿に盛られた手つかずのオムライスが素っ頓狂な声を上げました。
「な、なんでしゅ!? ……。」
否、フローラさんです。
目には見えませんが、しっかりそこにはいるみたいですね。
漏れなくオドオドと噛みました。
オムライスの上のケチャップの様に赤くなっているのが目に浮かびます。
「フローラさん、アウルさんとピュアさんは朝早くに発たれたんですか?」
「……え? あ、そっか……。えっとぉー……。そのー……。」
ん? なんでしょうか?
私が質問した途端、困った様にオムライスさんが静かになってしまいました。
あ、もしかしてまだ寝てるんでしょうか? 昨日は結構遅くまで暴れていましたし、無理もありませんけど。
「気付いてらっしゃらないのですね……。」
「??? 何がです?」
「いえ、別に……。」
「……おいミア、いいからさっさと食え、早くこの屋敷を出たい。」
「なんですか? さっきから、アケチコさんまで……。」
よく解りませんが、アケチコさんの顔色があまり良くありません。
もしかしてお腹でも痛いんでしょうか? けどその割にはもうとっくにお皿の料理は空です。
その後私はアケチコさんに急かされながらもゆっくりと美味しいお食事を頂き、上がり症のオムライスさんとも楽しくお喋りをしました。
そして――
「それではミアさん、アケチコさん、道中くれぐれもお気をつけて。ィイーッヒッヒィー。」
「……。」
不吉な事を言う如何にもなハグキさんに見送られながら、早歩きのアケチコさんを追いかけて、私はお屋敷を後にしましが――
「まったく、気味の悪い館だったな。金をもらっても二度と来たくない。」
「そうですか? 蓋を開けてみれば、別にどうという事でもありませんでしたし、温泉とか御食事とか、お部屋だって最高でしたよ。」
「ミアちゃーん、またねーっ。それと、アケチコもー!!」
「ふえ?」
そうしてアケチコさんとお屋敷のレビューを交わしていた時でした。
ふいにピュアさんのお転婆な声が聞こえた気がして振り返ったのですが――
「あれ? おかしいな……。」
けれどそこには「如何にも」なお屋敷がポツンとあるだけで、どこを見渡してもピュアさんの姿は見えません。
気のせいでしょうか? 空耳? にしてはなんだかハッキリ聞こえたような……。
「おい、早く行くぞ……。」
「あ、待ってくださいよ! ――て、アケチコさん、背中に何かついてますよ?」
「な、なに?」
逃げるように駆けだしたアケチコさんの背中に、私は何かを見つけました。
アケチコさんを呼び留め、そっと手に摘まんだそれは――
「あ、コレ――」
それは可愛らしい白い羽根でした。
とまぁ初夏の風の様に、ミステリーの癖に爽やかに謎を残すスタイル。
どうなんですかね、こーゆーのって。
そんなふざけたアケチコ編の次は、ちょっと暗いかもしれない話。
孤独なる者、バリー・バードマン編です。
多分1-2話でソッコー終わるよ。