わー! すごーい! おもしろそーですー!
「絶対に嫌です! 私まだ彼氏の一人も出来たことないんですよ!」
現在、時刻は24時を回ったところ。
かれこれ2時間ほど前に見回りに来たハグキさんに就寝の挨拶を告げ、それから私たちは暫く室外の音に意識を集中していました。
そうそう、結局あのあと温泉にはいきませんでした。
脱衣所での一件もあり、なんだか一人になるのがとっても怖かったからです。
「私だって童貞だ。もう30代後半だがね。いいから早くしたまえ。」
不気味に静まり返る館内では、時折どこかのお部屋の戸が開く音や、私たちの居る2階の階段を何者かが下りる足音が聞こえてきました。
それだけならまだ良いのですが、その足音は何度も私たちの部屋の前を行ったり来たり繰り返し、その度に一度この部屋の扉の前で歩みを止めるのです。
更にその後も1階の方から数名の談笑が聞こえたり、女性のすすり泣く声が不気味に響いていたりと――あぁもう考えるだけで恐ろしいですよおぉ……。
明らかに何かがいます――というか絶対に幽霊です……。
そして今はその謎を解明すべくアケチコさんが扉の錠を外し、遂にドアノブに手を掛けた所なのですが……。
「嫌です嫌です嫌です! そんなに呪殺されたいならアケチコさん一人で行ってくださいヨッ!」
「なんだと貴様? ここまで来て裏切る気か?」
そうです。私、ビビってごねました。だって怖いんだもん。
もうね絶対、扉を開けた瞬間に「がめおべら」ですもん。
だいたい――
「こんな幽霊騒動になるなんて聞いてないですよ! 絶対嫌です!」
「ふん、バカバカしい。幽霊などいる訳がないだろう。」
「なら尚更一人で行ってくださいよ! 私平民! 居ても居なくても一緒!
だいたいアケチコさんね! 私がアルバイトとして働き始めた時はまだケバブ屋の屋台だったじゃないですか!
それをなに? いつの間にか探偵とかしれっと始めちゃって! これ契約違反ですよ普通に!」
「うるさいなぁ。仕方ないだろ、飲食におけるケズバロンは激戦区なんだから。
それに始めてみたら何故かこっちの方が儲かるんだ。もう戻れないんだよ、精神的に。
だいたいキミだって、私が探偵を始めると言ったら『わー! すごーい! おもしろそーですー!』とか言って喜んでたじゃん。」
「それ私の真似?! 似てない! というか私そんなにバカみたいな喋り方してない! 侮辱罪で訴えますよ!!」
「……キミねぇ、そーやって癇癪を起すから彼氏の一人も出来ないんだよ。ただでさえ薄いモブ顔なのに。」
「あー! 言ったー! ちょっと気にしてる事ストレートに言ったー! 自分だって童貞陰キャのくせに!」
「はぁ……。そーゆー低レベルで幼稚な反論しかできないのかい? 安易に童貞を見下すのは逆に童貞以下だぞ、モブ子。」
「あーもーなによー!」
そうして生涯忘れる事の出来ないほど熱く、筆舌に尽くしがたいほど醜い言い争いをしていた時でした――
ー きゃぁぁああぁぁああああっ!!! ー
「!?!? 今のって!!」
「あぁ、事件だ!!」
「そ、そんな……。まさか……。」
そう、今のは悲鳴――確かに一階の方から聞こえました。
それも若い女性の――もしかするとアケチコさんの言う通り、まさか本当にピュアさんが……。
ある意味予想通りでもある突然の出来事に私の頭はパニックを起こし、まるで金縛りのように足が竦んで動けなくなってしまいました。
「ひゃっほう! それ! アケチコッ! アケチコーー!!」
「な、ちょっアケチコさん?! なんでそんなに嬉しそうなんですかぁ!」
けれどそんな私などお構い無しに、アケチコさんは「いよっしゃぁ!」と言わんばかりに腕を振り上げて飛び跳ね、勢いよく部屋の戸を蹴破って駆けて行きました。
「あ、金縛り。解けた……。」
ひとり部屋に取り残された私。
静まり返る室内に、可哀想な私の声だけが行く宛てもなく寂しそうに消えていきます。
なんでしょう、この何とも言えない「要らない子」感は。
一体どうしてこうなったのか――そんなのもう考えても解りませんけど。
あぁ――ケズバロンでケバブを売っていたあの頃が懐かしいです。