ハグキさんは犯人。
「あの、アケチコさん……。……引き返しませんか……? 私、凄い怖いです……。」
「いや、ダメだ。」
灯りのひとつもなく、ヒトの気配すらもない不気味な洋館の入り口まで来ると、まるで幽霊のように扉が勝手に開きました。
やっぱりこれは罠かも――そう思って怖気づいてしまった私でしたが、アケチコさんは違いました。
見えざる不穏な存在に臆することなく薄暗い屋敷の中へと、確かな一歩を踏み出します。
「急ごう――」
「え? あ……はい。」
男は背中で語ると言いますが正に、その勇ましい後ろ姿は数々の修羅場を乗り越えて来た名探偵のそれでした。
そうよミア。助手の私がしっかりしないでどうするの? それに私にはアケチコさんがついてるわ、きっと大丈夫よ。
自分に強くそう言い聞かせて、震える足でアケチコさんの後ろを必死で追いかけます。
「トイレ、どこかな。」
「え?」
「もう結構限界なんだけど。」
あ、全然違いました。ごめんなさい。
アケチコさんは薄暗くヒト気の無いエントランスの中央で屋敷内をキョロキョロと見渡しました。
どうやら先ほどからトイレを我慢していたらしく、今も若干内股気味でテクニカルにお尻を庇うような変な歩き方になってるので、それなりにピンチなようです。
「その歩き方、結構ピンチなようで――」
「「え?」」
それは突然でした。
入ってきた入口の方から声がしたため振り返ると、そこには背中の曲がった白髪でヒュムのおじいさんがいたんです。
蝋燭の灯ったお皿を持っていて、入り口から生暖かい風が吹き込むたびに、ニタァっと笑った皴まみれの顔に怪しい影が差し込みます。
いつからそこにいたんでしょうか? まさか、どこかに隠れてた? え、幽霊? いや、私のように影が薄くて背景と同化してただけかも――
様々な憶測が私の小さなオツムの中を駆け巡りますが、当然答えは出るはずもなく――
「こ、今回の犯人……?」
「ミア、落ち着きたまえ。さすがに失礼だ。」
「あ、す……すみません……。」
「ほっほっほ。それな。」
アケチコさんに指摘され、ようやく自分の失言に気が付きました。
私がそうしてペコペコと謝ると、今度は老人が私の方を指さし、白い歯をむき出しにして笑います。
あれは、入れ歯なんでしょうか? 不自然に上顎の歯茎が肥大化していて、笑う度これ見よがしにグニュッと出てきてグロテスクで怖いです。
そういう病気ということもありますが、できる事ならあまり見たくありません。
失礼を承知で言うと、生理的に無理。
「申し遅れましたな、ワタクシは執事のハグキと申します。以後お見知りおきを。」
「どうも、私はシャーロック・アケチコ。こちらは助手の――」
「あ、ミアです。よろしくお願いしましゅ。っく……。」
噛みました。死にたいです。
「アケチコさんに、ミアさん。遠路はるばるお疲れかとは思いますが、ちょうど食事の準備ができておりますでの。
ご主人だけでなく他のお客人もおります故、見たところお荷物も無いようですし、よければご一緒に如何ですかな。」
ハグキさんはそう言ってほほ笑むと、返事も聞かずにエントランスから右の通路の暗闇へ蠟燭の明かりと共にゆったりと歩き始めました。
が――自己紹介で噛んだことを一切触れられないのも、それはそれでダメージがあります。
正直しんどいです。
そんな茹蛸みたいに赤面した私を他所に、早速アケチコさんが指をカタカタと動かし始めます。
流石アケチコさん、恐らくハグキさんのデータを頭の中にインプットしているんでしょう。
「あぁそうそう――」
ユラリと、怪しく蠟燭の灯りをまとってハグキさんが振り返ります。
「おトイレは、あちらに。ィイーッヒッヒィー。」
そうして再びニタァと笑うと、肥大化した歯茎が漏れなくグニュッと覗きます。
失礼を承知で言いますが、滅茶苦茶怪しいです。
笑い方とか、完全に犯人のソレでした。
「アケチコさん、やっぱりあのヒト犯人ですよ。」
犯人に聞こえないよう、私はアケチコさんの耳元で言いました。
「ミア、ヒトを見かけで判断してはいけない。まずはオーラを見るんだ。」
「はぁ……。」
そう言われたのでアケチコさんと一緒に目を凝らしてハグキさんを凝視しました。
蝋燭の灯りが生暖かい風に揺られ、真っ暗な通路にハグキさんのシルエットを映し出します。
それは例えるなら――
「犯人、だな……。」
「ですよね。」
一向にエントランスから動かない私たちを見て、ハグキさんが再びニタァと笑いました。
このヒト絶対何か事件を起こしますよね?
もう帰ってもいいですか? いいですよね?