歓迎会と後輩ちゃん
「これからよろしくねって事で、かんぱーい!」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
近くの席のあちこちから、コップがぶつかる音が聞こえる。
「真子ちゃん、かんぱーい!」
「かんぱいっ。」
私も後輩や同期と乾杯をして、最後に真子ちゃんとする。
今日はバイキングの店に女バレの皆でやって来て、新部員歓迎会をしている。
この店は種類も多いし、騒いでも大丈夫な雰囲気だしで、ことあるごとに女バレはお世話になっている。
今日は土曜の練習後で、皆いったん家に帰ってシャワーを浴びたり着替えたりしてきているから、私服での集まり。
私も今日はオシャレして、明るいグレーのプリーツワンピースを着ている。オシャレで、腰が引き締まってる分スタイルがよく見えるからお気に入りのやつ。
さらに薄く化粧をして、普段より大人っぽく仕上げた。
って思ってたんだけど…私より真子ちゃんの方が大人っぽくって可愛かった。
黒のパーカーにオフホワイトのロングプリーツスカートを着ている真子ちゃん。
化粧はしてないみたいだけど…素の顔で十分過ぎるほど美しい。
結局元のスペックなのか…。
「真子ちゃんすごく綺麗だね。スカートはちょっとだけ意外だけど、似合ってる」
「…ありがとうございます。先輩もとても可愛いですよ。」
「あれっ?かわいい?私は結構大人っぽくて良いと思ったんだけど」
「先輩は可愛いですよ。背伸びした感じも可愛いです。」
「うーん、狙いとは違うけど…可愛いならいっか!ありがとね!」
「いえ。」
それにしても、私は可愛いみたいだ。
んー、大人が分かんない。
まあいいや。時間制限もあるし、ドンドン食べないとね!
「先輩、どこに行くんですか?」
「あ、うどんでも食べようかなって」
「バイキングに来たのにですか?」
「あはは…ま、まあ大丈夫よ!今日はお腹空いてるし!」
「そうですか…。じゃあ私もついていきます。」
「うん、いいよ。何かないか探しに行こー!」
「色々あるんですね。」
「うん。ここは種類が多いから良いんだよねー。後でお寿司も頼もうね」
「はい。…あっ、ありがとうございます。」
「いえいえー!私の好みぐらいのゆで具合だけど大丈夫?」
「はい、先輩と同じで大丈夫です。」
「おっけ。じゃあ戻ろっかー」
それから皆いっぱい食べて、少し空腹が落ち着いてきた頃。
私たちは後輩ちゃんたちからの質問に答えていた。
「うーん…私たちの中で一番上手な人かー」
「やっぱり紫苑ちゃんじゃない?」
「いや、サーブだと千咲ちゃんの方が上手だし…」
「みんなそれぞれ上手だしねー!一番下手なのは私なんだけどね。運動できないし」
私がそうやって茶化して言うと、真子ちゃんが私の顔を見つめてきた。
「ん?真子ちゃんどうかした?」
「先輩って、別に運動が出来ないわけじゃないですよね?」
「えー、全然だよ?ジャンプも低いし、足も遅いし」
「でも、水泳は得意だって言ってました。」
「それはまあ、幼稚園から小6まで習ってたからね」
「…あの、先輩。」
「なーに?」
「先輩って、運動が出来ないんじゃなくて、胸が邪魔なだけじゃないですか?」
「……えっ?」
「あ、真子ちゃん言っちゃったかー…」
「……えっ??」
「皆思ってたんだけど、言わなかったんだよねー」
「……えっ???」
「あ、希未の思考が停止してる」
ふぇ?どういうこと?
私って運動できないよね???
なんで胸???
「先輩を見てて思ったんです。ジャンプするときも走るときも、胸を庇ってますよね。それって、揺れすぎると痛いからですよね。そして、痛くなる理由は…先輩の胸が大きいからです。」
「…?」
「先輩は以前、身体が硬いと言っていましたが、そんなこともありません。長座体前屈などで記録が伸びないのは、胸が邪魔で身体を畳めないからです。」
「えっと…つまり?」
「先輩は、その豊満な胸を庇ったり邪魔されたりするせいで、バレーボールが上手く出来ないんです。水泳が得意なのは、水中だと重くないからです。目をそらさないで思い出してみてください。胸が大きくなる前は運動が出来たのでは?」
「え、えっと、そんなことは…」
よく考えてみると、小学校低学年の頃は走る速さはトップだった気もしてくる…。
スポーツテストの記録も良かった気が…。
「図星ですよね。先輩は今まで、目を背けていただけなんです。周りが上手になったから、私が下手だから…そう思って、その大きな胸から目を逸らしていたんです。いつも下を見れば、地面の代わりに胸があったはずなのに。」
「真子ちゃん、そこまでにしとこ?希未が混乱してるよ」
紫苑ちゃんの声が聞こえてきた気もするけど…。
あれ?全ての元凶は、私の胸なの…?
気付いたらバイキングの制限時間がやって来ていて、解散していた。
隣には真子ちゃんがいて、今は家に向かって歩いている。
「その…ごめんなさい。言い過ぎてしまいました。」
「ううん、大丈夫。今まで事実から目を逸らしていたのは私だから。皆は私を気遣って言わなかっただけだし、真子ちゃんは正直に教えてくれただけだから。誰も悪くないよ。悪いのは、私の胸だから。」
今も下を向くと、靴ではなく胸が見える。
こんなに自己主張が激しいのに、私は現実を見ていなかったみたい。
「別に、先輩の胸は悪くないと思います。」
「じゃあ、悪いのは私かな?」
「そんなことないです。先輩も言ってましたけど、誰も悪くないんです。」
「あはは…慰めてくれてありがとね」
「……私は、先輩の胸も好きです。」
「えっ?あ、うん、ありがと?」
ごめんね真子ちゃん。
気を遣わせて、変なことを言わせちゃって。
「まあ、えっと…どうしようもないし、これからも何とか付き合っていくよ」
私は胸に軽く手を当てながら、そう言った。
「あ、真子ちゃんの家だよ。また月曜日ね!」
家に帰って、お風呂に入ったあとスマホを見ると、真子ちゃんから謝罪のメッセージが届いていた。
『ごめんなさい。先輩方があえて言わなかったことを、無神経に言ってしまいました。』
私は、『大丈夫だよ。気にしないでね』と返信し、スマホを置いた。
鏡を見ると、身長に対して明らかにアンバランスな胸があった。
そういえば、身長が伸びなくなったのも、胸が大きくなり出してからだなぁ。
…栄養が全て胸に吸われたのかもしれない。
「ふぅ…気にしてもどうしようもないか。これからもよろしくね、私の胸」
そんなことを言って、私は髪をドライヤーで乾かし始めた。




