第十八夜 知己
本当になんという運命の巡り合わせだろうか。 たまたまなのか、それとも必然だったのか。
ベネトナシュはもう二度と会って話せないと思っていた友との再会に喜ぶが、少し気掛かりもあった。
「でも楓。 ここは楓が好きだったゲームの世界だけど、もうゲームのストーリーは終わってるでしょ? アウローラなんてゲームの中で聞いたことないし……」
「はあ?!」
ユイリアはベネトナシュの言葉に、大きな声で驚愕していた。 彼女はベネトナシュの肩を揺さぶりながら、捲し立てる。
「優香?! あんたもしかして、全部プレイしてないの?! あたしがあなたに託した【セレネ】はコンプリートエディションっていって、三作品入ってるのよ!?」
「ど、どういうこと?」
「だから! あの時とっくに発売されていた【セレネ】と【セレネ 星の降る国】、そしてコンプリートエディションにのみ同封された新作の【セレネ 夢都への旅路】がまとめて入ってるってわけ!」
「なるほど、だからあんなに大きな箱に入ってたのね? 予約票をもって受け取りに行った時びっくりした」
ベネトナシュは前世の光景を思い浮かべる。 渡された封筒に入った予約票を持ってゲーム屋に行き、手渡されたのは両手で抱えられる程の箱だった。 ベネトナシュの前世である優香は、本当に全くゲームとは無縁だったので、大きいなあ程度しか思えなかった。
「あんな馬鹿でかい箱になんでゲームが一作品だけ入ってるのよ! ああ、なんてこと……! 【夢都への旅路】! どうしてもプレイしたかった……! ファン必見のIFストーリーだってあったのよ!? 神がいれば呪うわ」
「まあまあ、落ち着いて……。 それより、早いところ傷を治してほしいな。 凄く痛いから」
「そうね、すぐに治すわ。 じっとしてて」
傷口に手をかざして、ユイリアは魔力を込める。 青の柔らかな閃光が部屋に溢れ、傷がみるみるうちに癒えていく。
傷が消えるのを見つつ、ベネトナシュは訊ねる。
「ねえ、続編があったってことは……。 私もいたの?」
「いたわ。 あたしが凄く好きなキャラ、それがベネトナシュ・アルスハイル。 攻略できるキャラクターではなかったけど、かなり人気があったのよ」
「そうなの……。 楓はいつから自分が転生者だってわかったの? 私はユイリア嬢が婚約破棄された時に思い出したの」
「生まれてすぐに……。 最初は凄く嫌だったわ。 ユイリア嬢は悪役令嬢だったから、このままだと断罪されてしまうんじゃないかって。 だから、努力をしたわ。 勉強して、王妃教育を受けた。 第一王子とも仲が良くて、今度こそ幸せな人生になれるって思っていたの。 でもダメだった……。
イベントに沿った世界じゃないことはすぐに分かったわ。 入学する時にヒロインがいなかったもの。 そしてそのヒロインは、卒業をする一ヶ月前に編入生として現れた。 同級生としてではなく、後輩として。
あたしとウィル殿下は、周りが羨むくらい仲が良かったの。 ウィル殿下もあたしに良くしてくださっていた、あたしもウィル殿下の事が大好きだった。 愛し合っていたのに、たった一ヶ月で、誠実なウィル殿下の心が変わるなんてありえないわ」
ユイリアは手を離した。 傷はすっかり癒えていて、痛みもなくなった。 ベネトナシュは体を伸ばして、柔らかい毛布から体を出すと、寝台の縁に座った。
【セレネ】のストーリーは朧げだが覚えている。 なので、ユイリアの言っている事がベネトナシュにもわかった。 ゲーム内であったイベントが軒並み消えていて、ヒロインが異常な行動をしている。
そして何故か、他の国でも急に婚約破棄を言い渡す第一王子が続出した。 ティナ国を始めとして、各国に波紋が広がりつつある。
アウローラは少し違っていたが、あの黒装束の男は確実に殿下の婚約者になるシアを狙っていた。
だが、そこで疑問になるのはベネトナシュの存在だ。
「楓なら【星の降る国】のストーリーがわかる?」
「わかる。 でも多分参考にならない。 主人公はシア嬢なんだけど……。 ねえ優香、シア嬢はアルデバラン家の血を継いでいるって本当なの?」
「そうだけど……」
「ああ、もうそこからおかしいのよ。 ゲームのシアはジェフシー家だけの血しか継いでいないの! だって、攻略対象にアルデバラン家の三兄弟がいるのよ!」
「……?! ガトー様も攻略対象なの?!」
「当たり前でしょ! あんな顔面も良くて地位も最高の男なんて、まるで『攻略してください』って言ってるようなものでしょ!」
それもそうだ……。 とベネトナシュは思ってしまった。 ユイリアは一度咳払いをした後に、また真面目に語り出す。
「この世界はゲームのストーリーなんかじゃない。 みんながしっかり、生きている。 設定なんか通用しない。 だから注意深く、黒幕のことを探らないと……。
……ベネトナシュ、絶対に今後は一人で行動しないで。 必ずガラハッド様か、わたくしと一緒に行動して」
ユイリアは口調を正して、ベネトナシュを見つめた。 見つめられていたベネトナシュも、いつもの口調に戻る。
「それは、どうしてでしょうか……」
実は、お互いこっちの口調の方がしっくりくるのだ。 もう何十年も令嬢として過ごしてきた。 血が滲むような努力と勉強で培った礼儀作法は、この体と心に沁みついていて離れることはない。
優香と楓の記憶はあるが、二人はもうベネトナシュとユイリアとして生きている。
「ベネトナシュ嬢は必ず死ぬ運命にあった」
「……!」
「わたくしが、馬を走らせてティナ国を抜け出して、アウローラに来たのもベネトナシュ嬢を守るためです。 優しいあなたは、シア嬢を守って命を落としてしまう。 それだけは絶対にさせません」
聞きたいことは山ほどある。
だが、ベネトナシュは頭の中がいっぱいいっぱいだった。 これはたった一日で聞いていい話ではなさそうだ。
彼女はユイリアの手を握り、ハッキリと言う。
「ユイリア嬢、しばらくアルスハイル邸に滞在してはいただけないでしょうか。 恩を返したいのです」
「その申し出は、こちらとしても嬉しい話です。 実は、わたくしがティナ国から抜け出したのはもう一つ理由があるのです」
「理由?」
琥珀色の瞳に影が落ちる。 ユイリアは表情を曇らせて、震える声で呟いた。
「このお話は、ガラハッド様やサリル様も交えてお話をした方が、よろしいかと……」
きっと重要なことなのだろう。 ベネトナシュはそれを了承し、ユイリアに風呂に入って汚れを落とすことを勧めた。 二人で部屋を出て、ベネトナシュはメイドに声を掛ける。
メイドは、動けるようになったベネトナシュを見て大層驚き、そして涙を流していた。 ベネトナシュの言われた通りに、メイドはユイリアを浴室へ連れて行ってくれた。
ベネトナシュはユイリアをメイドに任せて、客室へ向かった。 扉を開くと、窓の外を眺めているガトーが目に入る。
「ガトー様」
「ベネトナシュ嬢。 傷は……」
「はい、ユイリア嬢に治していただきました。 聖女の力とはすごいものですね」
ベネトナシュの言葉に、ガトーはホッとした様子だった。 まだまだ話したいことは沢山あるのだが、ガトーは懐中時計を取り出すと、時刻を確認して蓋を閉じた。 佇まいを正して、ガトーは浅く礼をする。
「すまない、そろそろ戻る。 執務中に抜け出してきてな」
「えっ?! ガトー様も仕事を抜け出すなんてするんですね……」
「お前のことならば、仕事など放り投げて駆けつける」
急にそう言ってくるので、ベネトナシュは思わず息を詰まらせてしまった。 ガトーは少し微笑むと「髪飾りは持ったままでいてくれ」と付け足した。
「傷が癒えたからといって無茶はしないように。 また明日、会いに来る」
「は、はい……。 お待ちしております」
ガトーは靴音を響かせながら、客室から出て行った。
ベネトナシュは顔を真っ赤にしたまましばらくその場から動けなかった。
十八話です、よろしくお願いします。