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転生したら、乙女ゲームの世界の隣国の令嬢でした。  作者: おおとり ことり
星に愛される令嬢と星の威を捨てた青年
16/18

第十六夜 巡る運命

 ベネトナシュが目を覚ましたのは、夜会から一週間も経った頃だった。

あの後すぐにベネトナシュには回復魔法がかけられ、国の癒し手が意地でも死なせてたまるか、と言って彼女をなんとか救うことができた。 

しかし出血が多く、長い時間魔法を受けたため、精神と魔力の回復に時間を有してしまった。 そのため、一週間もずっと昏睡状態に陥った。

 目を覚ましたと言っても、ベネトナシュは動けなかった。 瞬時に傷が癒える回復魔法をかけても、何故か傷の治りが遅かった。 今も腹部には傷の跡がしっかりと残っていて、痛みも若干ある。 

父親のサリルから、従者だったコルは取り調べの後に処刑されたと告られた。


「どうやら、コルは最初からお前を殺そうとしていたわけではないらしい。 会場にいたキャサリン嬢と同様に、魔法薬で操られていた。 キャサリン嬢と違うのは、コルに使用された魔法薬がかなり強力で、五年前から効力があったようだ」

「五年も……? そして、私はそれに気づけなかった……」

「……高位の魔法使いになればなるほど、魔法薬は強力なものになる。 飲まされてもその存在に気付けず、そして解くことは不可能に近い」


 サリルはベネトナシュの頭を撫でた。 慰めるような声色で、娘に言う。


「ベネのせいではない。 そしてコルのせいでもない。 ……体が自由に動けるようになれば、コルの墓に行こう。 ガラハッド殿が必死になって魔法薬の効力を解こうとしてくれていたが、彼にも手が出せなかった」


 ベネトナシュが覚えているのは、ガトーが圧倒的な力でコルを吹き飛ばした後、彼がコルを引き摺って会場から出た。 それだけだった。 

コルは操られていたが、星詠みの令嬢を殺害しようとしたその罪は、消せなかった。 このアウローラでの処刑は、年間に二件あるくらいだった。 それほど、コルが引き起こした罪は重かった。

 ベネトナシュは寝台に横たわったまま、涙を流す。

コル、幼い頃からずっと自分に仕えてくれた従者。 友人のような存在だった。 いつも明るくて、嬉しそうな足取りで、よくメイド長に叱られていた。 そんなコルが、ベネトナシュは大好きで、隣にいると心強かった。

気づけなかった。 コルが操られていることに。


「私は……、主人失格ですね……!」

「ベネ……」


 サリルが、涙を流す娘に掛ける言葉を言い出せずにいると、ドアが控えめにノックされた。 ドアを隔てて、恐る恐ると言った様子でメイドが尋ねてくる。


「サリル様、ベネトナシュお嬢様。 アルデバラン家のガラハッド様がお見えです」

「ガラハッド殿が? お通ししろ」


 ドアが開く。 宮廷魔法師の軍服をしっかりと身に纏い、愛剣を腰に提げたガトーが部屋の中へ。 

彼は寝台に横たわるベネトナシュを見て悲しげな表情をした後に、サリルと向き合うと唐突にその場に肩膝をつき、首を垂れた。

サリルが何かを言う隙も与えず、ガトーは言う。


「サリル・アルスハイル公爵殿。 私はベネトナシュ嬢に騎士の宣誓を捧げました。 ですが、私は夜会でベネトナシュ嬢を護ることができなかった。 いかなる罰も受け入れる所存です。 私に罰をお与え下さい」

「ガトー様……! そんなこと、しないでください! ガトー様は私をちゃんと護ってくださった! そのことを私が一番良くわかっています!」

 

 ベネトナシュはガトーの言葉を聞いて、悲鳴にも近い声で否定した。 すぐ側にいるサリルを見て、ベネトナシュがまた続ける。


「お父様! もしガトー様に罰を与えたら、私は一生お父様のことを恨みます! ガトー様は何も悪くありません!」

「ベネトナシュ、大丈夫だ」


 サリルはベネトナシュを落ち着かせるように言うと、ガトーに向き合う。 彼はガトーに「どうか顔をあげてくれ」と言った。


「ガラハッド殿の話は騎士団でもよく聞いていた。 そんな君がベネに騎士の宣誓を捧げてくれたと知って、俺はとても嬉しく思っている。 夜会でも君は、フューリーに言い寄られていた娘を助けてくれた。 罰など無い、むしろ感謝を。 ありがとう、ガラハッド殿」

「……私には、もったいないお言葉です」

「それに、君がコルのためにやってくれたことを俺は聞いた。 コルを元に戻すために、古い魔法や禁忌魔法も使ったと聞いた。 下手をすれば、君の金の階級が奪われる可能性だってあっただろうに。 そこまで尽力した君を、どうして俺が罰することが出来るだろうか。

 ……確かに、騎士としての在り方を問われれば、俺は君を罰せねばならないだろう。 騎士とは、自分の命に変えても主人を守り、常に気を張って居らねばならない。 だが、君は魔法使いだ。 君は君なりに、これからもどうかベネを護ってほしい。 もう二度とこのようなことがないように」

「はい。 ベネトナシュ嬢を、この命に変えても護ります」


 とりあえず話は落ち着きそうだった。 

ベネトナシュはホッとして、なんとか起きあがろうとしていた体から力を抜く。 少しでも力を入れれば、傷口が狂いそうなほどに痛む。 早くこの傷を治さねば、コルのお墓にも行けない。

傷が痛んでいるのに感づいたのだろう。 ガトーは立ち上がり、心配そうにベネトナシュの側へ。 彼は自分の髪留めを外すと、ベネトナシュへ差し出した。

それはアルデバラン家の血筋であることを示す髪飾りだ。 大きなサファイアがはめられた、美しい髪切り。


「握っていてくれ。 心と体を落ち着かせる効果がある」

「あ、ありがとうございます」

「……コルという従者から、預かった言葉がある。 死ぬ間際、断頭台に上がった後……。 正気に戻ったんだ」

「え……」

「いつまでもベネトナシュお嬢様のお側にいます。 と……。 不出来な従者でしたが、幸せだった。 と言っていた」

「……コル」

「それともう一つ」


 ガトーはベネトナシュとサリルを見て、険しい顔つきになる。


「スタレイン家に気を付けろ」

「スタレイン……!? スタレイン家って確か」

「ああ、フューリーもスタレイン家の者だ。 

 サリル様はご存知かもしれませんが、最近スタレイン家の動きが怪しいため、宮廷魔法師でも目を付けています」

「騎士団にも報告が上がっていたな。 ふむ……。 コルを操っていた者はスタレイン家の可能性が高いな」


 謎は深まるばかりだ。 更に情報を擦り合わせようとしていたが、サリルは騎士団の勤務があるため、城へ出発した。 部屋にはガトーとベネトナシュだけが残される。 先程ガトーから渡された髪飾りのおかげなのか、傷の痛みはだんだんと落ち着いてきていた。


「傷を完全に癒すことが出来なくてすまない」

「命があるだけでも、十分でございます」

「……恐らくだが、その傷は普通の魔法では消えない。 治癒魔法を阻害させる魔法薬がナイフに塗られていたようでな」

「どうにかして、その魔法薬の効力を解かなくては……」


 ベネトナシュは困り果てた。 前世でプレイしたゲームの中に、魔法薬など出てこなかったからだ。 そして今の人生でも、魔法薬という存在はなかなかお目にかかれる代物ではない。 

魔法薬は呪具の一種として扱われていた。 どの魔法薬も、悪い方向に作用する。 人を操り、傷を呪って相手を徐々に死に追いやる。

サリルも言っていたが、高位な魔法使いが使った魔法薬は強力なものになる。 並大抵のものが解くことは出来ない。 金の階級を持っているガトーが解けないとなると、相手は相当な経験を積み重ねているのだろう。

 なんとかせねば、と考え込んでいると、突然外から騒がしい声が聞こえてくる。 メイド達の声と、聞き慣れない女性の声だ。 何やら揉めているらしい。

ガトーはベネトナシュに「ここにいるように」というと、部屋にあるバルコニーから出て庭へ向かう。


「あれは……」


 門番やメイドが必死になって女性を取り押さえていた。 燃えるような赤い髪をしていたのであろう女性は、泥や血に汚れていて、服もぐちゃぐちゃだった。 お世辞にも美しいとは言えない身なりだ。 だが女性の丁寧な言葉使いは、彼女の品位を表している。


「お願いいたします! どうかベネトナシュ様にお目通りを!」

「お引き取りください、お嬢様はいま、療養中です!」

「どうかお願いいたします! 早く手を打たねば! ベネトナシュ様の傷を癒さねば!」


 女性の言葉を聞いて、ガトーはピクリと眉を動かした。 黒い軍服を靡かせながら、騒ぎへ近づく。

女性に近づいて、ガトーは思わず息を呑んだ。

赤い髪、気が強そうだが美しい顔立ちの令嬢。 汚れていてもわかる。 何度も資料で見た顔だ。


「ユイリア・エンヴィル……?!」

「あ、あなたは、ガラハッド・アルデバラン?!」


 隣国のティナ国。 その国の第一王子に婚約破棄された令嬢だ。 ガトーは瞠目しつつも、アルスハイル家の門番とメイドに言う。


「彼女をお通ししてください」

「し、しかしガラハッド様」

「……大丈夫。 ベネトナシュ嬢は、この俺が命を賭けてでもお守りする。

 ユイリア・エンヴィル。 何か不審な動きをするならば、俺は容赦なくお前を殺す」


 門番とメイドはガトーの言うことに従った。 すでにアルスハイル家に従事する者達は、先日の夜会での一件を知っていた。 そして、サリルとエータがアルデバラン家の次男に、娘との婚約を申し入れようとしていることも。 ベネトナシュが夜会でガトーと踊ったとなると、ガトーはこのアルスハイル家に婿入りするのだ。

 ガトーはユイリアに剣を向けて、そのままベネトナシュの部屋へ案内する。 いつ彼女の気が触れるかわからない。 

だがユイリアの態度は依然として気品ある美しいものだった。 身に纏うドレスがどれだけ汚れていても、心までは汚れていない。

ベネトナシュの部屋の前にたどり着いた。 ユイリアはドアノブに手をかけて、深呼吸をする。


「必ず、救います……。 ベネトナシュ様」


 自分に言い聞かせるように、叱咤するようにもとれる言葉を囁いて、ユイリアはドアを開いた。

十六話ですよろしくお願いします

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