第十二夜 夜会当日 〜それぞれの欲望〜
夜会を控えた、星都アウローラの王城。
貴族達が既に続々と集まっていて、空の色はもうすぐで夜へと変わるだろう。
そんな城の控え室で、一人の男が顔を汚く歪ませながら嗤っていた。
「いやあ、守備よくここまで来れたものだ。 ティナ国に続き、カッツェ、リリフィリア、それにシェンルゥ! まさかこんなに上手くいくとは! やはりお前に任せていて正解だったな」
男はスタレイン家当主、ジェム。
金に目が眩み、他国にこのアウローラの情報を横流ししている男だ。 そしてジェムはその汚い笑みを、自分の後ろに控えていた令嬢へ向ける。
「なあ、ルゥエとやら!」
「アタシは全てを知っているので、この後もジェム様は気にすることなく過ごしてくださいね〜」
黒の髪に灰色の瞳。
あの日、ティナ国の第一王子を寝取った女、ルゥエだ。
そして彼女は、ベネトナシュと同じように『転生』した女性だった。
「それにしても、この星都アウローラを狙うとは……。 お前も大胆不敵だなあ」
「アタシの狙いは最初からここだったのよ。 アウローラは、アタシの大好きなキャラがいる場所だから、どうしても自分のものにしたいの!」
「そうかそうか、それで、誰がお前の意中の人なんだい?」
ルゥエはニヤリと笑って、頬を朱に染めながらうっとりとした様子でその男性の名前を口にする。
「ガラハッド・アルデバラン様!」
今、波乱の夜会が幕を開けようとしていた。
⭐︎★⭐︎
真っ暗闇の森の中を、可憐な令嬢が必死になって馬を走らせていた。 燃えるような赤い髪は汗と泥でベタベタで、着ていたドレスは動きやすいデザインだが、それでも裾は破け、血で濡れている。
息を荒げ、令嬢は急ぐ。 追っ手から逃げているわけではないが、自分の国から抜け出してきたのは事実だった。
「はあっ、はあっ……! もっと、もっと急がなきゃ……!」
美しい顔立ちの令嬢、彼女の名はユイリア・エンヴィル。 先日、ティナ国の第一王子に婚約破棄を言い渡された令嬢で。
「早く、早くアウローラに行って……! このふざけたバグイベントを阻止しないと!」
彼女もゲームをプレイしたことのある『転生者』だ。
このゲームは【セレネ】という、魔法世界を舞台にしたファンタジー乙女ゲームで、ファンも多く大人気だった。
最初の作品の舞台はティナ国。 海を舞台とする話で、第一王子と恋に落ちるゲーム。 王道の展開が多いものの、キャラクターの見た目が良い事から人気が出た。
そして人気に応えた続編が【セレネ 星の降る国】だった。 空に浮かぶ国、星都アウローラを舞台に、ファンタジー要素増し増しの物語が始まる。
主人公は薄紫色の髪をした、優しくて少し怖がりな少女。 デフォルトネームは『シア』という。 プレイヤーはシアを通して様々なキャラクターと触れ合い、攻略ルートを選ぶ。
第一王子のレグルス、星詠みのアルファルド、カストル、次期騎士団長と言われているアカデミーの先輩……。 大勢のキャラクターが攻略できる、とすぐに話題になった。
そして驚くことに、この【セレネ 星の降る国】ではヒロインと攻略対象よりも爆発的人気を誇ったキャラがいた。
ヒロインの良き友人、ベネトナシュ・アルスハイルである。 ベネトナシュのルートは絶対に存在しないのだが、この優しき友人に惹かれるプレイヤーが続出し、ブームを引き起こした。
ベネトナシュが好かれる理由、それは様々だが、決定的要因が一つあった。
ベネトナシュは、絶対に死ぬのだ。 どのルートに行こうとも、彼女を救うことはできない。
あるルートでは攻略対象を守って死に。
あるルートでは魔女に取り憑かれて死ぬ。
あるルートでは、ヒロインを邪魔する悪役令嬢に利用されて殺されてしまうし、ヒロインを守って夜会で死ぬ事もある。
この、必死で馬を走らせているユイリア嬢も、生前はベネトナシュの大ファンだった。 だからこそ、イレギュラーすぎるバグイベントに気づいた瞬間、ベネトナシュの心配を優先した。
「待っててねベネトナシュ! 絶対、死亡ルートを回避させて……! あなたを幸せにするんだから!!」
12話です、よろしくお願いします