素直さへの祝福
少しずつなれては来ましたが、まだまだ未熟です。 感想や評価を励みに精進しますので、よろしくお願いしますm(__)m
「ほぅ…」
この上なく整った顔にこの上ない嫌味な表情を浮かべて、5歳年上の幼なじみはあたしを見下ろしていた。
「何よ…!」
あたしより10Cmは高いだろう長身の彼を見上げるのは骨が折れるが、負けたくはないので目は逸らさない。
彼、五十嵐 暁は嫌味な表情を不適な笑みに変え、その長い指であたしのあごをクイッと上げさせた。
「茜音なんかに告る物好きがいたのか…」
そしてあたしの目を見据えてトドメの一言。
「世も末だな。地球最後の日かもしれないぞ?」
むっかぁ!!
暁の手を払いのけたあたしは出来る限りの怖い目で睨んでやった。
そんなあたしを小馬鹿にしたように一瞥すると、暁はライターを取り出してタバコに火をつけた。そして、一言。
「それで?」
形のいい唇から白い煙がスゥッと出てくる。
「なんでそんな事を俺に言うんだ?」
うっ…!
ごもっともです。なんでと聞かれればそれまで。返す言葉が見つからない。
だけどちゃんと理由はあった。恥ずかしくて言えないだけで。
「そ…それは…」
手近にあった灰皿にタバコを押しつける。そんな彼の手元ばかりを見てしまって顔が見れない。
言わせないで察してよ!などと理不尽な事を考えていると、その声は容赦なく降ってきた。
「お前が誰と付き合おうと、それはお前の勝手だ。いちいち俺に報告するな。」
−お前の勝手だ…−
分かってはいたけど、悲しくなってきた。
暁は成人している。立派な大人だ。
あたしなんて、相手にするはずない。
いつも意地悪で口悪くて、多分よくある
「妹の様に」すら思われていなかったのだろう。
でも、いつも最後には助けてくれて絶対味方でいてくれる暁が大好きだった。
嫉妬して欲しくて、言ったんだよ?
もしかしたら、暁もあたしの事…なんて下らないこと考えて。
暁にとってあたしは、やっぱりただの幼なじみだったんだ。
分かっちゃったとたん泣けてきて、あたしはその場から逃げ出していた。
気が付いたらもう夜で、空に星が瞬いている。
随分、たったんだな。
携帯の画面には21時19分の表示。
全然気が付かなかった。
もう3時間もたっていたのか。
場所は見たこともない公園で、ひとっこひとりいない。
長年の片思いにアッサリ終止符を打たれて、涙が止まらない。
少しだけ、希望を持ってたのに。
バカだったな、あたし。
「ニャー」
ふと、小さくか細い鳴き声がした。声のした方をみると、そこには大きな藤の木が立っていた。
沢山垂れ下がった太いつるのうちの一本にクロブチの子猫が見える。
登ったまま降りられなくなったのだろう。
手をのばせばなんとか届く距離にいた子猫に、手を伸ばす。
その時、
「茜音!!」
後ろから呼ばれたと思うと、温かな体があたしを抱き締めた。
荒い息。
強い腕の力。
最初その人だと思えなかった、それは暁だった。
「さ…とる?」
呼ぶと更に力がこもる。
窒息しそうな程強く、暁はあたしを抱き締めていた。
「お…前、なにしてんだよ…俺、まじビビった…」
途切れ途切れに何を言っているのか。
「何って…あの子。」
藤のつるの上で鳴く子猫を指差すと、一瞬暁は固まったように感じた。
「んだよ…それ…!俺、お前が首吊りそうに見えて…それで…」
大きく息を吐くと、暁は少し腕の力を弱めた。
「ばっかじゃないの!?」どうやら、藤のつるに手を伸ばしている影が、首を吊りそうに映ったらしい。
アホだ。
「……。」
突然黙ってしまった暁。
怒ったのかな?
「暁…」
「俺は」
あたしが呼んだ彼の名前は突然話しだした声に遮られた。
「お前が産まれたとき、俺は五歳だった。」
突然、そんな話がでる。
不思議に思ったが、あたしは黙って聞くことにした。
「小さくて、柔らかくて、さわったら壊れそうなお前が可愛くて、俺はいつも傍にいたんだ。」
そんなとこ、知ってる。
あたしの写真には、いつも隣に暁がいた。
産まれたとき。
入園式。
入学式。
卒業式。
なんだかんだいって、節目には一緒に写真を撮ってくれた。
大好きだから、嬉しくて…写真の中のあたしは、どれもとびきりの笑顔だった。
「ずっと、子供だと思ってた。ちまちま歩く可愛い少女なんだって。」
暁が、緊張しているのが分かった。
あたしを抱き締めている手が、前で組まれている。
手を組むのは、緊張した時の暁のくせ。
「…違うんだ。お前は、いつのまにか女になってた。…俺が、惚れて夢中になるくらい魅力的な。」
え…?
思考回路が停止した。
いま、確かに
「惚れて」って…
「知ってたか?俺が焦るとタバコ吸うの。お前、告られたって、やっぱもう子供じゃないって思ったら焦っちまって…」
ハハ…と暁が笑った。
顔が、熱い。
多分いまかなり真っ赤だ。暁が腕の力を緩め、あたしと向き合った。
「俺に、しろよ。」
どくん、と。
心臓が大きく脈打って、声が出ない。
暁の顔が近づいてくるのを避けないのが、あたしの返事。
暁のせいで、沢山泣いた。
だけど、これからは沢山笑わせてくれるんでしょ?
長かった片思いが、末永い両思いになったこの時を、いつの間にか降りた子猫も祝福してくれているようだった。