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俺たちに神の声は届かない  作者: 群像劇フェチ
Chapter1 潰し愛
7/11

第七話 足の引っ張り合い

「…………」


〝記憶解析〟が終わると、俺は目を開いた。時計を見てみると、力を使ってから十秒も経っていない。誰かの記憶を読み取るには、一瞬もあれば十分なのだ。


 短針はあと少しで0を指そうとしている。今が動くべきときだろう。


「伊美……行くぞ」

「……うん」


 伊美が頷く。俺たちは足音を盗み、部屋を出た。


 俺たちは階段をかけ降りる。幸に聞こえるか聞こえないかは、既にどうでもよくなっていた。居間の扉を蹴破る勢いで開けると、目を丸くした恵美子がソファーに座っていたが、気にせずに台所の方へ向かった。


 中から金属と金属がぶつかり合う、耳に悪い音が聞こえてくる。閉められた扉をゆっくりと開き、僅かにあいた隙間から中を覗く。暗闇の中で、鈍くなにかが光った。人の心を恐怖に陥れる、殺意に満ちた光だ。俺は意を決して、中に入る。


「……なにしているんです」


 声をかけると、ビクッと相手の肩が動く。恐るおそるとこちらに振り向かせた顔は、微かに強張っている。その手には包丁が握られている。俺は怯えた目をしている相手の名前を口にした。


「神谷満」


 こたえはあまりにも単純で明快だった。間違えることの方が難しいだろう。トリックやギミックは欠片もなく、ただ当たり前になり上がった狂気によってこんな馬鹿げたことがまかり通っただけの話だった。


「ふふっ……ふふ……ははははははははははははははははは!」


 満は哄笑する。狂ったように笑い続ける。


「さっさとこの世界から消えろ」

「ははっはは……うるさい」


 その目は血走っていて、手には包丁が握られている。霊であるはずなのに、とても人間らしい。満は聞いてもいないのに、饒舌に語り始める。


「……なあ、俺の話を聞いてくれよ。いいだろう? この世界の未来を背負う若人さんよ。全て……幸と恵美子が悪いんだ。俺は難関大学の卒業生で、エリートコースまっしぐらだったのによ、嫁が懐妊しやがったせいで全部パアになっちまった。綺麗だからって調子乗りやがったんだよ。産後太りでデブりやがったし、その癖、結婚しないと、俺の悪行をばらすと脅してきやがった。だから、仕方なく結婚してやったんだよ。ああ……もっと遊びたかったのにな」酷薄な言葉を羅列していく。「そんなときに……俺は神に触れた。神の代行者のことだが、奴には感謝してるぜ。幸せを創造するという奇跡に気づくことができたんだからな。あのときは嬉しさで裸になって踊ったね。だがな、せっかく、神から奇跡を頂いたというのに、あいつは才能がないのか、俺たちに幸せをもたらしてくれなかった!」


 内側の怒りを包丁に込めて、地面に投げつける。刃先が満の足を貫通するが、痛がる素振りも見せず、出血する気配もない。


「……なあ、若人。幸せって、なんだ?」

「伊美、準備はできているか」

「うん」


 こんな奴に説いてやる言葉などない。さっさとこの世界から抹消して、家に帰って休みたいのだ。俺たちは満に近づく。だが、彼は勝手に話を進める。


「わからないか? じゃあ、俺が教えてやるよ。幸せなんてこの世界には存在しないんだ」また哄笑するが、今度の声には力がない。「俺は幸に金を創造させた。最初は豪遊しまくったさ……でもさ、金じゃ幸せになれないんだよ。俺は……一人で生きたかったんだ。俺は家族っていう呪縛に束縛されていたんだよ。でもさ、そんなのは認めたくはなかった。絶対に、俺は幸せになる、そう決意した。でも、やっぱりできなかったんだ」

「…………」

「そして、俺は思ったのさ。全部……上手く育たなかった幸と、育てられなかった嫁が悪いんだってな。普通、女が子を育てるものだろう? 俺はなにも――」

「黙れ」


 その後の言葉は言わせなかった。無理矢理に言葉を塗り重ねてやったのだ。


「死んだ人間の責任放棄や失敗人生なんて、俺にとっては糞ほどの価値もない。耳障りな声で、耳障りなことをペラペラしゃべるな」 


 俺は漫画や小説に出てくる、正義のヒーローではない。いちいち、他人の心を改心させようだなんて考えない。


「……死んだ? なにを言っているんだ。俺は確かにこうやって生きているじゃないか。お前には俺の姿が見えているんだろ? 確かに、俺は嫁に殺されたさ。でも、俺は神の奇跡によって、こうして生き返っているんだ……」

「……はあ」


 俺はため息をついた。都合のいい部分だけを見て、悪い部分は見ないふりをしていやがる。残酷でもなんでもない真実を、俺は告げる。


「違うな、お前は幸が創造した、神谷満という器に取りついている霊でしかない」


 考えてみればとても単純なことだった。俺たちがいないときに、幸が神谷満という器を創造したのだろう。多分、それは彼女の部屋の押し入れに隠されてあったのだ。部屋を出ていくときに聞こえた物音は満が動き出した音だろう。


 死んでから霊になるまでには時間がかかる。霊になり、自分の器に憑りつき、殺すための準備をしていたのが今だった。


 幸の〝創造力〟の力は凄まじい。きっと、内臓や筋肉まで精密に創られてある。だから、出血はするし、殆どの霊にはできないものを持つということもできてしまう。


「……ははっはははははははははは!」満は壊れたように笑う。「そうだ、そうだよな……どうして忘れていたんだろう。記憶が曖昧だ……でも、ちょっとだけ思い出した。なあ、どうして俺が嫁を殺したかわかるか」

「別に知りたくもない」

「はははっ! よかろう、教えてやる!」


 会話が成立していなかった。満は勝手に一人で喋りだす。


「嫁が俺を殺したからだよ」


 それはあまりにも単純な理由だった。そして、あまりにも愚かだった。


「……俺さ、お前がしっかりと育てなかったから、幸は神の子になれなかったんだって、嫁に言ったんだよ。多分、それで嫁はずっと我慢していた感情が爆発して制御できなくなって、俺を包丁で滅多刺しにして殺したんだ。男っていう生き物は……いや、俺って生き物は無駄にプライドが高くってさ、嫁の下に立つことが死にたくなるくらい嫌なんだよ。だからさ、ずっと上に立っていたんだよ。でも、あの殺された瞬間だけは、あいつの下にいた……それが許せなかった。だから、あいつと同じやり方で殺したいと思ったんだ。だが、死んだ俺は包丁を持てなかった。このままじゃ殺せない。だが……幸には俺が見えていた。だから、俺は幸に器を作れと命令したんだ。あいつは従順に創造してくれたよ。体の中に入ると、包丁を持つことができた。これで殺せる……気がついたら嫁を殺してたよ。それで俺の未練は果たされた……と思ったんだが、違った。家族に縛られない自由気ままな生活を送りたいって願いがあったんだ。俺はこの体で新しい人生を歩もうと考えた。だが、それは叶わなかった。同じように嫁が俺を殺したんだ。幸に器を創造させてな。それから……ずっと同じことの繰り返しさ」


 本来なら、満が死んだところで話は終わっていたはずなのだ。彼が霊になっても、直接的に恵美子に手を下すことはできず、彼女がなんらかの方法で死ぬまで彷徨うだけだから。


 だが、幸が器を創造してしまったことによって複雑化してしまった。


 幸が満の器を創造してしまったせいで、恵美子を殺すという未練が果たすことが可能になってしまったのだ。満が恵美子を殺す。霊となった恵美子は幸が創造した器に憑りついて満を殺す。霊となった満が――それの繰り返しだ。


「伊美」


 ずっと、背後で大人しくいた伊美は、俺の呼びかけに頷く。


 メイド服の白いフリルを揺らしながら、満に近づいていく。視線を彼の目の高さにしゃがんであわせると、手袋を外して、頬に優しく触れた。


 伊美には〝霊能探知〟の他に〝霊魂殺し〟という異能を持っている。これは触れただけで相手を強制的に成仏させることができる力だ。


 伊美は満に触れる。そして、いつもは全く動かない表情の一つ一つが動いて、笑顔を形作る。まるで、女神のような、全てを許してくれる神のような、慈愛に満ちた笑みだった。


 浄化されるように、満の体から光の粒が天井に向かって浮上していった。魂が溶けていく。満はワナワナ震え、目を細めた。涙は流れていないが、その表情は泣いているように見えた。


「あああああぁぁあぁああ……」


 消える直前、満はそう叫んだ。直後、光は消えて彼は横に倒れた。


「……ご苦労」

「思ったよりも時間がかかった」

「器を通しているからだろうな。疲れただろうが……もう一仕事頼む」


 ドタドタとこちらに走ってくる音が聞こえてくる。入ってきたのは恵美子だった。


「……えっ……え、え?」


 横たわる満を見て、たじろぐ恵美子。伊美が俺の方を見る。さっさとやってくれという思いを込めて頷いた。


 伊美が恵美子に触れると、満のときと同じように光の粒が舞い上がっていく。


「……え……えっ、え、えっ…………っ⁉」 


 自分の身になにが起こっているのかを理解したのか、体に触れている伊美の手を振り払おうとするが、既にその力も残されていないのか、腕の骨が抜け落ちたように肩から垂れ下がり、膝が折れた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」


 喉がはち切れそうなほどの悲鳴をあげる。だが、その悲鳴も次第に小さくなり、ついには体を横たえ、静かに目を閉じた。


 もう、動くことはない。


「……これで、終わり?」

「いや……まだだ」


 依頼の内容はこれで完遂した。だが、解決するべき問題が残っている。


「幸」

「…………」


 母親が倒れた向こう側に、幸は立っていた。

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