第六話 記憶解析
「今日も来てくださったのですか……ありがとうございます」
深夜にやって来た迷惑な俺たちを、幸は快く受け入れてくれた。
警察が来たとでも思ったのか、恵美子は警戒を強めていたが、適当に「天航会に興味がある」と言うと、快く受け入れてくれた。俺たちが昨日、来ていたことは覚えていないらしい。
「では、こちらへ」
また、あの祭壇のある部屋に連れていかれるのかと思ったが、連れていかれたのは幸の部屋だった。年頃の女の子だというのに、部屋は必要最低限の物しか置かれていない。その最低限な物も、修理をした痕跡が残っていたり、幸とは違う名前が刻まれたりしている。自分で欲しいものを創造しないのだろうか。
俺は用意されていた座布団に座り、部屋を出ていこうとする幸を呼び止める。聞きたいことがあったからだ。
「幸は想像したものを創造できるのか」
「……ああ、昨日のこと、見ていたんでしたね。はい、その通りです。わたしは、頭に思い浮かべたものを作り出すことができます」
「そうか……じゃあ、青い鳥を作り出してくれないか。興味がわいたんだ」
「……わかりました」
そのとき、幸が僅かに迷ったのを俺は見逃さなかった。彼女は自分の異能をひけらかすことに、抵抗があるようだ。
幸は目を閉じる。瞼の裏に青い鳥を描き、それを顕現させようとしているらしい。
暫くして、あのときに見た淡い光が空気を燃やした。
そして、光の中から、澄みきった青空と同化しそうなほどの真っ青な鳥が、弾け飛ぶように飛び立ち、青い羽を羽ばたかせながら、部屋の中を旋回……することはなく、エンジンが切れたように、地面へ垂直に墜落してしまった。
「……やっぱりか」
一人納得する。幸は命までは創造できないようだ。彼女が生み出しているのは、精巧な模造品でしかない。
「すまない、もう一つ頼んでもいいか」
「……次はなんですか」
「そうだな……よし、ペラビフユシャパシブを創造してくれないか」
「……は?」
幸は言っていることの意味がわからないという顔をする。それもそうだろう、そんなものはこの世に存在しないのだから。今のは適当に作った言葉だ。
「俺はそれを見たいんだ。自分が死ぬとき、最後にそれを見ながら死にたいというくらいに……」
「そんなに⁉ で、でも……」
「お願いだ幸……一生のお願いだ」
「っ⁉ わ、わかりました! 創造してみせましょう!」
寒いはずなのに幸は汗をかいていた。彼女は青い鳥を生み出したときと同じような所作で、〝創造力〟を発動する。光の中からは……なにも現れなかった。しかし、幸は自信ありげにない胸をはった。
「……なにも見えないんだが」
「悟さんが言ったそれは……人間の目には映らないものなのです! そうです! 絶対にそうです! と、もうそろそろ時間ですね。行きましょう!」
幸は逃げるようにして部屋を出ていく。俺は確信する。やはり、彼女は神の子なんかじゃなく、普通の可愛らしい女の子なのだ。
時計は二十三時近くを示している。ある宗教が聖地に決まった時間に礼拝をするように、祭壇へ行く時間は定められているらしい。
俺と伊美はあの祭壇がある部屋に向かう。後ろ手で扉を閉めたとき、部屋の中からガタッ――という、不可解な音が聞こえた気がしたが、扉が閉まる衝撃でなにかが落ちてしまったのだろうか。
*・*・*
「――――――――」
幸が呪文のように唱え続けている。
凄まじい集中力だ。このまま部屋を出ても、気がつきそうにない。
「……悟」
「なんだ」
「……幸の記憶を見ないの?」
「見るよ、今から」
俺の〝記憶解析〟があれば、幸の記憶から真実を知ることが可能だ。
周囲を見渡し、地面に置いてあった数珠のようなものに触れてみる。瞼を下ろし、意識を集中させる。身体中を駆け巡る血液の速度が早くなり、身体中が沸騰したように熱くなる。
瞼の裏に様々な光が浮かび上がる。それぞれ覗いてみると、幸の父親や母親の記憶も混じっていた。俺は数多の記憶の中から幸に関する、今回の奇妙な話を終わらせるためのものを探し、見つけ出した。
それに触れると視界全体が白に染まり、幸の記憶が映し出される――
*・*・*
こんな生活はもうたくさんです。
昔、母は家事をせず、父は仕事をせず家で酒ばかり飲んでいました。二人とも、この世界に辟易しているようで、瞳から生気を感じられませんでした。
そんな二人を変えたのは天航会という宗教でした。
教祖である狐の仮面をつけた男は自分のことを〝神の代行者〟と名乗り、わたしのことを見るなりとんでもないことを口走りました。
「――キミは神の子だ」
そして、わたしには特別な力が備わっていることも教えてくれました。〝創造力〟という、想像したものを創造できる力のことを。
それからの生活は一変しました。
母と父のわたしに対する態度が激変したのです。わたしは自分が普通の人間と違うことに嫌悪感を覚えたのですが、両親が喜んでくれるならと、渋々力を使いました。そんなわたしを二人は称賛してくれたのです。
そんな日々が続きました。ですが、それが異常だということに気づいたのは、それから間もなくのことです。
わたしの両親が宗教にはまっていることが学校に広まったのです。そして、わたしに対する虐めが始まりました。
虐めは暴力を伴うこともありましたが、大体は罵倒や陰口(本人に聞こえている悪口をそう言っていいのかわかりませんが)でした。
いくつもの言葉が、わたしを傷つけようと、悪意という猛毒を棘の先に塗って襲いかかってくるのです。わたしの心をジワジワと痛めつけていって、次第に抗体ができたのか、なにも感じなくなってしまいました。
でも、心の表面に突き刺さる棘の痛みには、どれだけ経っても慣れませんでした。
子供の持つ純粋さは、決して美しいだけとは言えないのでしょう。きっと、彼らは自分の行動や言葉の意味など理解していないのです。親の言葉はそのまま子供の言葉になるのですから……
わたしは孤立しました。
そして、気づいてしまったのです。
授業参観で他人の親を見れば、どれだけ自分の親が異常なのかを理解してしまいます。知らなければいいと思いました。でも、その事実はあまりにも衝撃的で、判子を押したようにわたしの心に色濃く残ってしまったのです。
学校でも、家でも、安心はなかったのです。
そんなわたしが安らぐことができたのは、図書館にいるときだけでした。
本を読むことは、なによりも好きでした。わたしが通っていた図書館は小さくて、利用する人は多くはいなかったので、殆どわたし一人だけでした。囲うように設置された本棚に、眠るように閉まってある本には、生命が宿っているように思えました。ただの紙切れの集合体だと言われればそれまでなのですが、そこには作り手の情熱や思想が、これでもかという具合に込められているように、わたしには感じられたのです。読書は素敵です。本たちは、わたしに沢山のことを教えてくれます。様々な世界観や、価値観、倫理、親が教えてくれないことを、まるで子守唄を聞かせるように、わたしに教えてくれるのです。
そうして毎日読書に耽るようになって、わたしの世界は劇的な変化を遂げました。
もしかしたら、人間とは一冊の本ではないのかと思うようになったのです。主人公が様々な人物と出会い、冒険にも似た日常を過ごしていくように、人間もそれぞれの人生を生きていくのです。
だけど、本とは決定的に違うのは、わたしが読みたいものを選択できないことでしょう。
自己顕示欲というのは、人間にしかない感情ですが、彼らはわたしが聞きたいと言ってもいないのに、自分の思想や考え方や思い出を、一方的に語りかけてくるのです。それは自分の人生という一冊の本に書かれてあることを、自分で開いて見せつけてくるようなものです。
お前みたいな愚図には価値はない。苛められて当然。親にはどんなことがあっても、無償の愛を。戦争は絶対に駄目。向こうが殴ったから殴り返した。世界は平等であるべきだ。間抜けに人権はない……エトセトラエトセトラ。
読みたくもないのに……読みたい本ですら、選ばしてくれないのでしょうか?
そうして、余計にわたしは、読書に入れ込むようになりました。声なき住人は、いつもわたしを無言の祝福で出迎えてくれました。
だけど、それ以外の部分はなにも変わっていないのです。相変わらず虐めの日々は続き、母と父はわたしを神の子だと崇め、力を使うことを強要してくるのです。
でも、神の声なんてわたしに届いていません。母と父が喜んでくれるから、わざと聞こえるふりをしたのです。二人とも凄く恐いです。わたしは異能なんて使いたくありません。だけど、二人は強要してきます。これはお前が幸せになるためには必要なことなんだ。そのためにはお金が必要だ。お前のために言っているんだよ……
次第に色々なことがストレスになって……異能を使おうとすると嘔吐してしまうようになりました。
そんなわたしを母と父はゴミを見るような目で見ました。失敗だ、神の子になりそこねた。そう言うのです。
そういえば……わたしは一回も誰かに褒められたことがありません。母にも父にも。
誰でもいいです……わたしをこの闇から救ってください……