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俺たちに神の声は届かない  作者: 群像劇フェチ
Chapter1 潰し愛
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第五話 最愛の人

 一日では解決できそうになかったので、「また、後日、ここに来るよ」と言って家を出た。幸は神や運命について深く掘り下げた話をしようとしていたらしく、残念そうに俺たちを見送った。


「なあ、伊美、先に帰っていてくれないか」

「……わかった」


 俺の意図を汲み取ってくれたのか、伊美は一人で帰ってくれた。一人で歩いていくと、青空公園という場所に到着した。


 青空市には至るところに丸く太った猫の像が置いてある。この街のシンボル的な存在だったらしく、昔は大切に扱われていたが、現在は誰も気にかけなくなってしまい、汚れが目立つようになった。


 しかし、そんなものを愛でている金髪の女性が一人だけいた。


「ふわああっ! 可愛い~♡」


 こんな寂れた公園だとしても、彼女がいるだけで、絢爛豪華なものになる。彼女が触れたものが、全て美へと昇華していくようだった。金色の長い髪が暗闇の中で輝きを放っていて、思わず見とれてしまう。目が大きくて、顔の輪郭は少し丸い童顔だが、仄かに大人が持つ気品も感じられる。服装は和風というより西洋寄りで、日本人には見えない。


 彼女の名前は――アンマリアという。


 アンマリアは入り口にある不細工な丸い猫の像の頭を撫でている。ここまで顔が崩れても可愛いままなのが、彼女の顔がとても端正であることを如実に物語っていると思う。


「……何処が可愛いんだ」

「可愛いだろ⁉ なんか不思議な力が宿っているようなこの感じ! 糸目! 幸福を呼ぶ招き猫のような手! まんまるボディ! この猫像がなかったらあたしはこの街に来てない!」

「ははは、そうか」

「ほら、キミも頭を撫でてあげて!」

「わかったよ」


 俺は像の頭を撫でる。すると、アンマリアが俺の頭を撫でてきた。


「よしよし……」

「……なんで、俺の頭を撫でているんだ」

「それは悟も猫像と同じ、いや、それ以上に可愛いからだよ。それに……とても頑張っている」


 アンマリアの撫で方はとても不器用な感じだった。あまり慣れていないのだろう。だけど、とても優しくて気持ちがよかった。


「…………(チラッチラッ)」


 アンマリアは俺を撫でながら、チラチラと公園の方を見ている。遊びたくて落ちつかないらしい。


「……俺さ、もう、大人なんだが」

「ああ、知っている」

「だから、こんな年で公園で遊ぶのは――」

「勿論だ、あたしにまかせろ! なんでも教えてやる!」

「いや、だから――」

「あはは、わかったよ」


 言いながらアンマリアはブランコの方へ走っていく。板の上に立ち、左右の上から垂れ下がっている鎖を持つと、振り子のように揺れ始めた。聞く耳を持ってくれない。どれだけ遊びたいんだこの人は。


 諦めて俺もブランコで遊ぶことにする。約三分後、アンマリアは揺れるのを止めて、板の上に腰をおろした。


「ふう……どう? 楽しかったか?」

「ま、楽しかったよ」

「それならよかった」

「……あのさ、公園と全く関係ないんだけどさ」

「ん、なんだ。こたえられる範囲のことならこたえるぞ」

「霊についての確認がしたいから、少し話してくれ」

「……それは悟の方が詳しいと思うが」

「考えるよりも、人の話を聞いた方がなにかに気づけると思うんだ」

「うーん……わかったよ。でも、あたしが知っていることが全てじゃないと思うから、そこは留意してくれ」

「十分だよ」


 アンマリアはゆっくりと説明する。


「霊については謎な部分が多い。わかっているのは死者が成仏できずにこの世に迷い出て現す姿だってことと、成仏できないのは現世に強い未練がある場合ってこと」

「他にもなかったか」

「ああ、通常、霊は普通の人間には見えなくて、触ることができない。だけど、霊からは人間を見ることができるし、触ることもできる。まあ、なにかを持ち上げたりするほどの力はないらしいけどな」

「……普通の人間ということは、俺たちみたいな異能力者には見えるってことだよな」

「そうだな、普通の人間となんら変わらないように見えるはずだ」

「〝霊能探知〟の力がない異能力者から見れば、人間と霊は同じように見えるってことだよな」

「そうだな、異能力者は見えるだけじゃなく、触れることもできるし。ま、ものを持ち上げられないんだし、観察していればすぐにわかるだろうがな」

「確かに」

「あ、あと、本当かどうかはわからないが、一部の霊は普通の人間と変わらずにものを持ったりすることができるらしいぞ。流石に普通の人間には見えないみたいだが。条件は未練がとても強いこと。なんか、ロマンチックじゃないか?」

「そうだな、ロマンチックだ」

「そうだろう? えーと……これくらいがあたしの知っていることだな。役にたったか?」

「ああ、ありがとう」

「力になれたなら嬉しいよ……と、難しい話はこれで終わりにして……あたしと遊ぼうか!」

「嫌だ」

「えええええええっ⁉ なんでなんでっ⁉」


 涙目になるアンマリア。俺はそんな彼女の頭を撫でてやった。


「……今度、遊んでやるから」

「おかしくないか⁉ なんであたしが子供みたいになってるんだ⁉」

「ははっ、嘘だよ」

「もうっ! たとえ悟が無理でも、今度、無理矢理連れてくるからな!」


 そうして、俺はアンマリアとの時間を楽しんだ。それから少し会話もして、一人で待ってくれている伊美のことを思い出し、帰ることにした。


「……じゃあな、アンマリア」

「ああ、また明日」


 俺はアンマリアに背を向けて歩き出す。だけど、すぐに振り向いてしまう。しかし、既に彼女の姿は何処にも見えなかった……


 *・*・*


 家に帰り、俺は依頼について考えてみる。だが、謎は解けなかった。


「……面倒だな」


 俺はソファーに背中を預け天井を見上げた。だが、そこにこたえが映し出されることはない。


「……なあ、伊美」

「なに」


 返答に重なって、パシャ――ンという心臓に悪い音が響いた。


 音のした方向を見ると、屋敷の中だというのに手袋をはめて厚着をしている伊美がいた。床は水浸しになっており、白い破片が浮かんでいた。お茶を持ってきてくれようとしてくれたらしい。その途中で熱い茶の入った器を落としてしまったのだろう。熱い紅茶を足に浴びたというのに、伊美は顔色を全く変えない。


「ちょっと待っていろ」

「……(コクリ)」


 俺はしゃがんで、伊美の体に触れないように、服と下着を脱がせた。


 伊美のすべらかで、胸以外まだ幼さという禁忌に浸かっているような裸体が露になる。彼女は着せ替え人形のように微動だにせず、お腹を見せている猫のように警戒心に欠けていて、このまま体をまさぐっても、抵抗しなさそうだった。そんなことをするつもりは毛頭ないが。


「よし、風呂で冷やしてこい……ってどうした」


 伊美がなにか言いたげな瞳で、俺を見つめていた。


「…………」


 だが、伊美はなにも言わず、プイッと視線を俺から引き剥がすと、風呂場へ歩いて行ってしまった。無断で服を脱がしたのが悪かったのだろうか。取り敢えず、後で謝っておくことにしよう。


 棚から雑巾とほうきと塵取りを持ってくると、散らばった破片を片づける。その後、濡れてしまった伊美の服を洗濯カゴの中に入れると、箪笥タンスの中を漁った。


「……まじかよ」


 しかし、一着もなかった。洗濯の仕事は伊美に全て委ねているのだが、洗わずにためていた服を今日一日で全て洗濯したからだろう。仕方なく、前の屋敷の住人の服が残っている倉庫へ行って代わりの服を探すと、伊美の体躯にあっているものが一着だけあった。


「……裸よりはましか」


 俺はそれを持って洗面所へと向かった。


 *・*・*


 夜になって、俺たちは依頼主の家にお邪魔した。例の如く、伊美に聞き込みをお願いすると、さほど情報を聞き出せなかったのか、十分ほどで帰ってきた。


「なにか収穫は」

「一応あった……『私と神谷家の人たちは仲がよくなかったんですよ。神谷家の皆さんは宗教にはまっていました。別に宗教が悪いと思っているわけではないのですが、彼らの行動は常識をいっしていました。彼らは十年ほど前に隣に引っ越してきたのですが……毎晩、呪文のような声が聞こえてきたり、宗教勧誘をしてきたりして……死人のことを悪く言うのははばかられるんですが、とても迷惑でした。


 彼らの行動で一番衝撃的だったのは、幸ちゃんをこの娘は幸せを運んでくる神の子って、話していたことです。幸ちゃんも神や運命のことを語っています。きっと、親の教育なんでしょう。でも、私には洗脳されているようにしか見えませんでした。それくらい、二人は幸ちゃんに入れ込んでいたんです。


 私は……満さんを殺したのは、恵美子さんだと思います。満さんが――お前のせいで幸は神の子になれなかった――そう恵美子さんに対して叫んでいたのを聞きましたから。恵美子さんが誰に殺されたかはわかりませんが……』だって」


 それは、幸の環境の劣悪さを、短絡的に物語っていた。親は子供に無償の愛を注ぐだろう。自分達が欲しいと願って産んだのだから。だが、幸の親は神の子として、彼女を愛していた。想像したものを創造できるのなら、幸せも創造できるだろう。まさに、神の子だとも言える。


 だが、神は存在しない。だから、その子供もいるわけがない。


「……伊美、わかったか」

「うん……大体、予想通り」

「そうか」


 俺たちは立ち上がり、神谷家に向かおうとする。


「……あ、そういえば」

「なんだ、まだなんか言っていたのか」

「うん……『なんでメイド服なんですか?』って」

「…………」


 指摘されたくない部分を指摘されていた。伊美は黒と白を基調とした長いスカートのエプロンドレスを身に纏っている。これしか彼女が着られるような服はなかったのだ。


「『その……あまりそういう姿で外を出歩くと、通報されかねませんよ?』とも」


 要らぬ心配をかけさせてしまった。

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