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俺たちに神の声は届かない  作者: 群像劇フェチ
Chapter1 潰し愛
3/11

第三話 ドリームシアター

「――そりゃ大変だったな」


 髭面の屈強な男が、唾を飛ばしながらそう言った。


 今、俺がいるのは街の外れにひっそりと店を構えている、『ドリームシアター』という名前のバーだ。目の前にいるタキシードの似合わない男は杉井徳郎すぎいとくろうといい、このバーのバーテンダーであり、俺の仕事仲間でもある。


 あの後、家に帰った俺たちは適当に時間を潰し、夜になったのでここに来た。そして、今日の朝あったことを話したのだった。


 徳郎は腕を組み、目を閉じて何度か頷いた後、


「……それでさ、俺、今日女とデートしたんだがな」

「おい」


 勝手に自分の話を始めた。


 こんな風だから、いまだに独身なんだと思うが、こいつは結構、男前なため、意外と女にはモテる。バーテンダーなんて職業上、稼ぎはよくなさそうだが、親が金持ちであるため、余計に女はすり寄ってくる。いつでも結婚はできたはずなのにできないのは、放浪癖が酷いからだろう。きっと、今回の話に出てくる女性も、いつも話している女とは別の女のはずだ。


「半年くらい前に出会った女なんだがな、まだ高校を卒業したばかりなんだよ。本当に素晴らしかった。思い出しただけで気持ちが昂る……よし悟、尻を突き出せ!」

「なにがよしだ。お前に捧げる穴は何処にもない」


 こいつの脳味噌は頭ではなく、下半身にあるのだろう。過去の発言を顧みると、そうとしか思えない。


『……そういえば、六十キロで走る車から手を外に出すと、おっ〇いの感触が感じられるって聞いたことがあるな』

『いきなりどうした』

『……おお、これはっ!』

『運転中になにしているんだ……危ないぞ』

『待てよ……ってことはっ‼』

『人の話を聞け――って、なに顔を外に出しているんだ』

『こうすればお〇ぱいの感触が顔全体に感じられるだろっ‼ おっぱ〇パフパフだああああああ! オレってやっぱ天才‼』

『危ないだろ、ハンドルが狂っているぞ』

『ピ――――――――――‼(規制音)』

『……あほか』


 このようなことを真剣に言う男なのだ。彼は性魔獣と言っても差し支えないほど、性欲に忠実な生き方をしている。


「そういえばお前、少し前から交際している女がいたよな。そいつとはどうしたんだ。別れたのか」

「……あのときの俺は愚かだった。問題を先送りにして……」

「三角関係は面倒だって言っていたじゃないか。二人のこと、どう考えていたんだよ」

「二人とも孕ませてからでいいやって……」

「最低じゃねえか」逮捕されてもおかしくない。「まさかどっちも」

「ああ。二人とも身籠ってしまって――」


 そこからは言葉にならなかった。いや、させなかったと言った方が正しいか。隣に座っていた伊美が、徳郎の顔面にコップ(林檎百%ジュース)を投げつけていた。


 残当だ。同情する余地もない。


 伏臥する徳郎の背中に、伊美はありったけの軽蔑と侮蔑のこもった視線を注ぐ。


「……死ねばいいのに」

「同感だ」


 ろくな死に方をしないだろう。きっと、裏切られた女の誰かに後ろから刺されるとか、そんな人生の幕切れを迎えるはずだ。もしくは十八禁な本やゲームを買った帰りに事故死とか、見た人を笑わせてくれるような死に方だろう。


「……っていうのは流石に冗談だ。だが、三角関係の渦中にいるのは事実で……暫く雲隠れするから二つの仕事ができないわけよ」

「質の悪い冗談だな……というか逃げるな、関係を清算しろ」

「そのためにオレのところに舞い込んできた依頼をお前に頼むんじゃないか。よろしく頼むよ、霊・能・探・偵・さ・ん?」

「……そんな大層なものじゃない。で、どういう依頼なんだ」

「お、引き受けてくれるのか。やっぱ持つのは親友だな!」

「別にお前のためにやるわけじゃない。早く依頼内容を話せ」


 徳郎が一枚の紙切れを俺に渡してくる。そこには、家の住所が書いてある。


 徳郎はバーテンダーと並行して霊能探偵をしている。昔、かなり大きな仕事で成功を納めた彼のもとには、多くの依頼が舞い込んでくる。それをある目的のために利用させて貰っているのだ。


「依頼主の話だと隣の家から毎夜、悲鳴が聞こえてくるらしい」

「ふーん、よくある話だな」

「あまりよくあって欲しくない話なんだがな。まあ、確かにそこまではよくある話なんだよ。ここからがいつもとは違うんだ」


 遠回しな言い方をする徳郎。焦らしておいて、本当はしょうもないことなんだろう。依頼主が美人とか、成功報酬が高いとか。だが、予想に反してその内容は驚くに値することだった。


「その悲鳴は男女交互に聞こえてくるらしい」

「……それは聞いたことがない事例だな」

「一昨日は男性の悲鳴だったのに、昨日は女性、今日は男性……みたいに日替わりらしい。悲鳴は毎夜一回だけみたいなんだが、怖くて仕方ないからどうにかしてくれってさ。行ってくれるか? 恐かったら断ってもいいぞ」

「恐いわけがないだろう。わかった、今から行ってみる」

「そうか! センキュー! じゃあ、もうここに用はないな」


 そこからは一瞬だった。俺たちを店の外に追い出すと、入り口を閉め看板を『open』から『close』に変え、店内の電気を消して戸締まりをした。一分もかけない、迅速すぎる閉店だった。


「向こうには俺から伝えておくから! あ、お代はいいや! じゃあ、後は頼んだ!」


 去り際、そう言い残して、徳郎は闇に姿を溶かした。


「……行くか」

「……うん」


 手を繋いで目的地に向かう。その途中、二人の美女と出くわした。


「すみません、『ドリームシアター』という名前のバーを知りませんか?」

「はい……知っていますけど」

「教えてください!」


 片方の気が強そうな女性が、切羽詰まった様子で聞いてくる。


「えーと、そこを曲がって、真っ直ぐ行けば」

「ありがとうございます!」


 礼を言ったのは、もう片方の高校を卒業したばかりのような若々しさに溢れた女性だった。二人は徳郎のバーへ向かって走っていく。小さくなっていく二つの背中を見つめながら伊美が言う。


「……殺されるのかな」

「さあな。あいつに死んで貰うと、俺たちの仕事はなくなったも同然だからな。ま、逃げ足だけは速い奴だ。大丈夫だろう」

「うん」


 返事とは反して、伊美の手は地獄に堕ちろの形をしていた。今回の件で、徳郎が更生することを祈っておいた。

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