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俺たちに神の声は届かない  作者: 群像劇フェチ
Chapter1 潰し愛
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第一話 静謐な街

 夜の街は、静謐せいひつな空気に満たされていた。


 それほど都会でもないこの街――青空市は、二十四時を過ぎれば走る車はなくなる。空き巣被害も聞かないし、人殺しなんて十年近く起きたことがない。だから、夏なんかは風を取り入れるために窓を開けっ放しにして寝る家が殆どだし、鍵を掛けずに出かけるなんてことも日常茶飯事だ。一見、平和に見えるかもしれないが、言い方を変えれば、危機感に欠けている街とも言える。


「……ふう」


 隣を歩く少女――雨無伊美あめなしいみはため息を吐き出す。吐き出した息は寒さのあまり白く染まり、すぐ空気中に溶けて、透明になった。


 低い身長に加えて、声は高く、童顔のためなにかと中学生に間違われるが、実際は十八歳だ。身長とはミスマッチな豊満な胸以外、時間に取り残されているように見える。髪は腰まであって長い。彼女には活力というものが欠乏しており、自分から声を発することはまれだ。いつも眠たそうで、なにを考えているのかわからない。


「寒いか」

「……うん、でも、大丈夫」


 今は冬だ。


 厚着をしなければ凍死するんじゃないかと、心配になるくらいの寒い季節だ。空を見上げると、日光すらも通さない、灰色の分厚い雲が全体を覆っているのをよく目にする。だが、今日は天気がいいようで、夜が明けて朝を迎えようとしている冬の空は雲一つなく、心が吸われてしまいそうなくらいに透き通っていた。夜の闇が、遠くにいる太陽の光を浴びて、少しだけ薄い青色に見える。ずっと眺めていても飽きることはない。この一瞬を絵画の中に閉じ込めてしまいたいくらいだ。


 だが、その美しい景色を堪能するにはこの寒さは厳しい。伊美は熱を生み出そうと小刻みに体を震わせている。きっと、分厚い手袋の下は真っ赤に違いない。


「缶コーヒーでも買うか……伊美、コンビニに寄るけど大丈夫か」

「うん……」 


 伊美は頷いて、俺の手を強く握った。俺たちは踵を返して、まだ眠っている街の中へ歩いていった。


 コンビニの前にたどりつくと、四人の不良らしき男たちがたむろしていた。人を見かけで判断するなという言葉があるが、それ以前に見られる立場の人間がしゃんとしていればいいと思う。たむろしている男たちは、こんな寒さの中でも、刺青が刻まれた腕を露出させており、指にはいくつもの指輪、耳にはピアスが飾られ、着ている服の背広には『液路死苦』と、達筆でプリントアウトされている。絵に描いたような不良だ。


 きっと、「『液路死苦』ではなく、『夜路死苦』じゃないんですか?」と、指摘したらただではすまないだろう。関わらない方がいい。こいつらが不良だろうが、実は朝から清掃活動に勤しむ清き人間だろうが、俺には関係ないのだ。今の俺の目的は缶コーヒー(あったかい)を購入することだ。


「おいおい、聞いたか? 最近、一家殺人事件が起きたらしいぜ」

「おう、聞いたきいた。十人くらい一気に殺されたんだろ?」

「証拠がなに一つないらしいな」

「ひええ、おっかねえなあ。しかも、犯人は見つかってないんだろ? もしかしたら、出会うかもしんねえ」

「そんときは俺が捻りつぶしてやるよ。ひゃっはっはっは‼」


 奴等は入り口から三メートル離れた場所にいて、大きな声で騒いでいる。迷惑この上ない奴らだった。


「大丈夫か伊美」

「うん」

「そうか、なら行くぞ」


 ほつれた手袋にくるまれた小さな手が、俺の手を握り返してきた。


 不良たちは横切る俺たちを見ることはなく、「あの漫画のあのシーンがエロくてな……」とか、「誰も寄りつかない、声を出しても気づかれない場所があるらしいぜ、げへへ……」とか、下世話で下品な話題で盛り上がっていた。


「…………」


 伊美が少し立ち止まり、不良たちを一瞥いちべつする。少し大きめのコートの袖に隠れた、俺の手を握っていない方の手の中指が天を指していた。死ねと言いたいらしい。


 伊美はよこしまな話が苦手であり、下半身に支配されているような人間は生きている価値がないと思っている節がある。おかげで、いつになっても俺の家の棚やベッドの下には、女性の裸が載っている本だとか、淫靡な声と姿が流れるビデオだとか、そういった類のものが並ぶことはない。


 よく伊美の顔を見てみれば、冬の寒さ故なのか、それとも不良たちの話の内容を想起してしまったのか、薄い朱色が頬を染めていた。さて、どっちなのだろう。


「……っ⁉」


 俺が眺めていることに気づき、手を離してコンビニの中へ逃げたのを見るに、きっと後者だろう。外見は幼くとも、中身は思春期を終えた大人だ。興味があるなら、ある、と言ってしまえばいいのに。そんな告白をされたとき、頬が緩むのを抑える自信は、微塵もないのだが。


 俺はコンビニの外で伊美の買い物を待つ。すると、不良の一人が咥えていた煙草を放り捨てた。足元に落ちてきた吸殻を俺は拾い上げる。そのとき〝記憶解析〟という異能を使った。俺が触れたものに付着している皮膚片や体液などから、それらの持ち主の記憶を読み取ることができる力だ。

 煙草を吸っていた不良の記憶が頭を駆け巡る。彼は家で母親に派手なモヒカンのことを怒られて、子供のようにわんわん泣いていた。見た目に反して小心者らしい。


「……ん」


 吸殻を灰皿に捨ててから不良を見やると、一人の少女が背筋を伸ばして彼らに近づいていくのが見えた。注意をしようとしているのだろうか。だとしたら正義感溢れる少女だな。


「……買ってきた」

「お、早いな……って、なんだそれ」


 伊美は片手に破れそうなくらいにパンパンなビニール袋を持っていた。仕返しのつもりなのか、中にはお菓子が溢れんばかりに突っ込んである。


「……お前は子供か」

「…………」

「無言で睨むな」伊美は子供扱いされることを、極端に嫌がる。「ちゃんと缶コーヒーは買ってきたのか」

「……(コクリ)」

「そうか、まあ、今回は許してやろう。その代わり……持ってやらないからな」

「勿論」


 返品しようとも考えたが、向こうも嫌がるだろうし、止めておくことにした。俺たちは手を繋いでコンビニを後にしようとする。


「――いい加減にしろこのアマっ‼」

「……なんだいったい」


 見てみると、さっきの不良たちが少女を恫喝していた。四人とも目が据わっていて、我を忘れているように見える。一触即発の空気。戦闘に自信のない人間であれば、目を泳がさずにはいられないだろう。人間は感情を完全に内へ隠すことはできない生き物だ。どれだけ秘密にしようとも、必ず表情、声音、動作などに滲み出てしまう。


 だが、少女の表情には恐怖が一切見えず、なに一つ感情が感じ取れなかった。まるで、機械のようだった。少女は手にあるチラシとおぼしき紙切れを、不良たちに渡そうとしている。宗教の勧誘か、それともポケットティッシュを配るバイトなのか。


「なんだよこいつは……おい、お前ら行くぞっ‼」


 不気味な少女に不良たちは恐れをなしたのか、その場から立ち去ってしまった。


「…………」

「どうした、伊美」


 伊美が俺の袖を引っ張り、空を指さす。太陽が近づいてきたのか、夜の闇が逃げるようにして山の方へと薄くなっている。


「……ああ、そんな時間か」


 伊美が頷く。俺は彼女の手を握り、屋敷のある方向へ闊歩する。

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