75 うれしい贈り物をいただきました
敦子は翌日玉山にもらったネックレスを付けて会社にいった。
もちろんおそろいのボールペンも持っていく。
敦子のつけたネックレスにすぐに反応したのは奈美だった。
「あっちゃん、素敵なネックレスをしてるね。なになに?またランチの時ね」
そういって奈美は更衣室から出ていった。
案の定ランチの時に奈美と結衣の二人から追及されて、敦子は玉山と付き合うことになったことを言った。
「わあ~おめでとう!」
「すごいね。あの玉山さん!でしょ」
2人はしきりに感心していた。
ただランチの終わり際奈美が結衣にこそっとつぶやいたのは敦子には聞こえなかった。
「笹川さん残念だったね。さっそく坂口さんにいわなくっちゃあ」
敦子は毎日玉山からもらったネックレスを付けていった。
なんだか仕事がはかどる気がした。それにそれを付けているだけで玉山がそばにいるような気がして元気をもらえる気がしたのだった。
こうして敦子の日常は過ぎていった。
クリスマスイブの日には、会社帰りにデートをするという奈美や結衣の話を聞いて少しだけ寂しくなったが、ネックレスに手をやれば玉山を感じて心が穏やかになった。
クリスマスイブ前の日曜日の夜、いつものように敦子がのんびりしているとスマホに連絡が入った。
玉山からだった。
『クリスマスイブの日、会社に早く戻れることになったから一緒に食事しよう』
敦子は思い切りガッツポーズをして玉山に返信した。
『はいOKです』
『ふたりで初めていったレストランにしよう』
今度は敦子が返事をする間もなくまた玉山から連絡が来た。
『6時に一階のビルの前で。おやすみ』
『おやすみなさい』
敦子は、買ってあったクリスマスプレゼントを渡せると思ってうれしくなった。
つい昨日クリスマスプレゼントを買いに行ったのだ。町はクリスマスムード一色で町全体が華やかな感じになっていた。敦子の気分も玉山のプレゼントを買うということで浮き立っていたので、クリスマスの雰囲気の中での一人での買い物も楽しかった。
クリスマスプレゼントは悩みに悩んでキーケースと小さいペンケースにした。きちんと作られた皮製のものだ。 それをきれいなクリスマス用のラッピングにしてもらったのだが、家に帰ってから渡すのはクリスマスを過ぎていると思いだしたとたん、ラッピングをし直そうかと昨日は悩んだのだった。
でも悩んだ挙句そのままにしたいたので、それがよかったと一安心した敦子だった。
クリスマスイブの日仕事を終えた敦子は、一階に向かうべくエレベーターに乗ろうと待っていた。
「滝村さん」
声をしたほうを見ると笹川がすぐ隣にやってきた。
「お疲れ様です。笹川さんも仕事終わりですか」
敦子が何気なく聞くと笹川は、まあねと言ってちょうど下に向かうエレベーターに二人乗り込んだ。
「滝村さん今日はデート?」
敦子のちょっとこぎれいな格好を見てそう思ったのか笹川が聞いてきた。
「ええまあ」
敦子は隠すこともないのでそういった。
「そうかあ~」
敦子の言葉にそう大きく声を上げて笹川は上を向いた。
「俺さ、滝村さんが好きだったよ。もっと早く言っていれば何か変わったのかなあ」
「えっ」
敦子は、びっくりして笹川を見た。笹川も敦子のほうをしっかり見ている。
「今更だけど幸せになって。何かあったら俺がいるからさ。いつでもいってよ」
ちょうどエレベーターが一階に着いたので、敦子が笹川に続いて降りた。
「じゃあ、お休み~」
笹川は敦子に背を向けて手を挙げて去っていった。
敦子は先ほどの真剣な表情の笹川を思い出して、なんだか少しだけ懐かしさを感じた。
そしてそんな感情を抱いた自分にびっくりした。
いつまで去っていく笹川を見つめていたのだろ。
不意に自分を呼ぶ声がした。
「あっちゃん」
声のする方を振り返ると玉山が立っていた。
敦子は先ほどまでの気持ちはすっかり消えて玉山に笑っていった。
「おかえりなさい。それからこんばんは」
「ただいま」
玉山がそういって車を置いてあるという駐車場にふたり並んで歩きだした。
敦子が車に乗り込むと、玉山が尋ねてきた。
「さっきの人、以前にも一緒にいた会社の人だよね。何かあったの?」
玉山は疑問形にしながらも何か確信を持っている風だった。
敦子は先ほどの事を言おうかどうしようか一瞬悩んだが、隠すほどのこともないとエレベータでのことをすべて玉山に打ち明けた。
玉山は敦子は話している最中、敦子の表情をひと時も逃すまいとじっと敦子の顔を見ていた。敦子はついさきほど笹川に抱いた不思議な感情を言ってしまった。懐かしかったことを。
玉山は黙って聞いていたが、そうかとだけ言って車を発進させた。
車の中では、何も会話がなかった。
敦子は先ほど敦子が言った何かが玉山の気に障ったのかもしれないと思い立った。
「ねえ、怒ってる?」
敦子はこの沈黙がたまらなくなって玉山にいった。
「あっごめん。考え事をしてたんだ。別にあっちゃんに怒ってるわけじゃないよ」
玉山はそういって敦子のほうをちらっと見た。その顔は悪いことをしてしまったというようなしまったというような顔をしていた。
「それならいいの。今日はクリスマスソングなのね」
先ほどまで玉山の様子が気になって、車の中に流れている音楽を聞く余裕なんてとてもなかったのだが、玉山の申し訳なかったといった悔いるような顔を見てしまった後には、ずいぶん気持ちに余裕が出て流れている音楽も耳に入ってきた。クリスマスソングといってもジャズ風で耳に心地よい音楽だった。
夜聞くにはちょうどいいリズムだ。
「いい曲ね」
「そう?今日のために選曲したんだ。さっきはごめん」
車はいつの間にか初めていった白い瀟洒な建物の前についていた。建物の前には木々にイルミネーションがきれいに施されていた。周りが暗い中そこだけきれいに光り輝いていて、まるでクリスマスの世界に迷い込んだような気がした。
建物の中に入ると、前来た時と同じ大きなガラス張りの個室に案内された。
席についてすぐ、この前会った玉山の友人である野波が挨拶にやってきた。
「こんばんは。よく来てくれたな竜也。ちょうど今日キャンセルが出てね。よかったよ。滝村さん、どうぞゆっくりしていってください」
「ありがとう」
玉山が野波に礼を言って、野波は部屋を出ていった。
敦子が部屋の中をよく見ると、窓際にツリーがきれいに飾り付けられていた。
クリスマスソングも小さく流れている。
敦子は初めてこの店に来た日の事を思い出した。あの時には玉山とまた来ることができるなんて思いもしなかった。思わず顔が緩んでしまったのだろう。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
敦子がそ知らぬふりをすると玉山がいぶかしげに敦子を見てきた。
こんなやり取りもあの時にはできるなんて思いもしなかった。
そう考えたらまたまた口元が緩んでしまい、何度も玉山に不審がられたのだった。
そのやり取りを繰り返しているうち、クリスマスらしい盛り付けのおいしいお料理が出てきた。
ふたりで野波の話を思い出して、今日ここが空いていたのはラッキーだったと笑いながら話したり料理の感想をいいあった。
そうしてデザートを食べ終えた時、敦子は玉山にクリスマスプレゼントを渡した。
「ありがとう」
玉山はプレゼントのキーケースやペンケースを手に取ってなでてみたりした。
「手になじむね。さっそく明日から使わせてもらうよ」
敦子はクリスマスプレゼントを喜んでもらえてほっとした。
「さっきの事だけど」
玉山が急に話し出した。
「あっちゃんに懐かしい気がしたって聞いた時、急に思い出したことがあったんだ。彼ってあっちゃんの前世のあつさんの幼馴染じゃなかったのかなあって」
「あつさんの幼馴染?」
「そう。前に滝の前であつさんたちの前世を見ただろう?確かあの時彼を見た気がするんだよ」
敦子は玉山の言葉で滝での出来事を思い出した。
そういえばあつさんのそばにいつもいた男の子がいた。幼馴染らしく小さいころはいつも一緒に遊んでいた。
大きくなるにしたがって一緒に遊ばなくなったが、よく滝に行くあつに滝に行くのを止めろといわれたりしてあの頃は意地悪に感じたが、今思えばあれは彼なりにあつの事を心配していたのだろう。
確かに彼をもう少し大きくすれば笹川のような顔になる。笹川の前世は彼だったのか。
「あっちゃんちにあった巻物の最後に、名前が書かれていたけどたぶん彼だ」
玉山の言葉に敦子は一人の名前を思い出した。
「げんちゃん」
敦子の目から涙がこぼれた。会社でも敦子によくしてくれた。
昔も今も彼は敦子を守ってくれていたのかもしれない。前世はともかく今世では意識してなかったのかもしれないが。
敦子は涙をぬぐおうと大きなガラス窓のほうに顔を向けた。
空には細長い月が浮かんでいる。
目の端に金色が映った。
よく目を凝らせば、その細長い月の前を金色に光った何かが通り過ぎていく。
そしてその金色に光った何かは、まるでこちらに向かってくるようだった。
敦子が驚きの表情で見ているのに気が付いた玉山も外を見た。
ふたりが見ている中、その金色の何かはどんどんこちらに向かってきた。
ふたりは確かに見た。
金色の竜にのって髪をなびかせているあつを。
あつはにこにこと笑いながら、ふたりに手を振りまた向きを変えて飛んでいった。
金色の竜が飛び去った後には金色の帯が夜空にかかっていた。
そしてそれは金色の雪のように空を舞い降りていった。
唖然として見ていると、今度は金色の何かが目の前に降っている。
上を見上げると、天井から金色の粉のようなものが降ってきた。
敦子が思わず両手を伸ばすと金色の粉は敦子の掌に落ちていったが、すぐに雪のように消えてしまった。
「まるでトナカイにのったサンタクロースよろしく竜にのったあつさんサンタみたいだったね」
玉山はそういい、いつまでも降り注ぐ掌の金色の粉を見ていた敦子の手に玉山の手が重なった。
「あっちゃん結婚しよう」
玉山の言葉にびっくりして、掌を見ていた敦子は目の前の玉山を見た。
敦子の手を包んでいる手に力が入った。
目の前の玉山は優しく微笑んでいる。
敦子は最高にうれしいクリスマスプレゼントをもらったのだった。
「はい、よろしくおねがいします」
2人の未来を祝福するかのようにまた金色の粉が敦子と玉山の上に降り注いでいった。