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幕間 玉山竜也の弟、誠也視点

 誠也は初めて見た。人が恋に落ちる瞬間を。

 

 隣にいる兄の竜也は、先ほどからずっと一人の女性を凝視している。

 穴が開くほど見るという言葉があるが、もしその言葉が当てはまるのなら、兄が見続けているあの女の人の体は穴だらけだなと考えたらにやけてきた。

 いつも人を良く観察している兄なら、すぐにつっこみが入ったことだろう。何をにやけてるんだと。

 しかし今はそんな余裕はないらしい。先ほどからずっと目で追い続けている女性が見えなくなった。しかし兄はまだ見続けている。もしかしたら兄なら壁の奥まで見えるんじゃないかと思った誠也だった。


 誠也の兄竜也は、とても変わっている。変わっているといっても変人というわけではなく、とてもかっこいいしモテる。かっこいいといったが、その言葉では言い表せないほどのオーラをまとっている。蛾が電灯の明かりの下に吸い寄せられるように、竜也を見た人は必ず目を奪われる。

 それに兄にはある秘密がある。誠也だけが知っている。

 

 小さいころから周りに比較され続けて、両親に何度あんなおにいちゃんいらないといったことだろう。

 そのたびに両親は何を言うわけでもなく、ただ誠也を抱きしめてくれた。今思えばそれをしてほしくてわざと言っていたのかもしれない。そんなひどい言葉を兄の前でも言っていた。自分は兄に対してなんと残酷な言葉を言っていたのだろう。

 それによく考えれば、兄だけでなく両親も誠也が言った言葉に傷ついていたのかもしれない。なんといっても一番近くで兄を見ていたのだから。

 

 それでも兄も両親も誠也をかわいがってくれた。特に兄は、そんな嫌なことをいつも言う弟の面倒をよく見てくれた。誠也だってあんなおにいちゃんいらないというくせに、いつも兄の後を金魚のふんよろしくついて回っていたのだ。もし自分に自分のような弟がいたら、自分は迷うことなくそいつを川に捨ててくるだろう、我ながらそんな嫌な弟だったと思う。

 しかも兄の友達より誠也を優先してほしくて、友達と楽しく遊んでいる兄に、お腹が痛いとか足が痛いとか言ってもう帰ろうといっていた気がする。それを聞くと兄は、誠也をいつも優先してくれた。

 友達の誠也を見る目がきつくなっても、兄の後ろに隠れてべーと舌を出して喜んでいた気がする。

 そんなことをしてばかりいた罰が当たったのだろう。

 兄がいない誠也一人の時に、兄の友達たちに囲まれてこづかれて少しけがをしてしまった。

 

 「誠也!」


 兄の声で蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 「大丈夫か」


 兄は誠也のけがしたところを痛ましそうに見た。

 それから自分の手をそのけがの部分にかざした。誠也が唖然としている間もなく、そのけがは跡形もなく消えていた。


 「にいちゃん」


 誠也がびっくりして兄の顔を見ると、兄の目が金色に光っていた。

 あまりの驚きに目が離せないでいると、兄の目は瞬く間に黒に戻った。

 それでも誠也は、それが怖いとか気持ち悪いとかまったく思えなかった。

 二人で家に帰ると、兄はそのまま玄関で倒れた。すぐに意識は戻ったけれど。

 母親は、倒れた兄と誠也の土と血で汚れた洋服を見てびっくりしていた。

 ただ誠也はあの日のことは、母親にも誰にも言っていない。

 これは二人だけの秘密だ。

 

 そしてどうやって懐柔したのか、いつの間にか誠也を連れてきても友達たちは文句を言わなくなっていた。


 そんな面倒かけてばかりいた誠也だからこそ、兄の幸せをずっと願っていた。

 

 中学校、高校に入ると兄目当てでいろいろな女の人が誠也に寄ってきた。思えばあのころのおかげで女の人を見る目が少しは養われたのかもしれない。

 兄は女性に何の興味もなく、いつも平然としていた。ただ誠也に何か不利益なことをした人に対しては容赦なかった気がする。周りも味方につけて、二度と自分たちに近づきたくないというほどのダメージを負わせていた。

 

 ただそんな中一人だけ、誠也でも兄の隣にいることを認めてもいい女性がいた。すごくきれいで性格もさっぱりしていると聞いていた。兄はその女性の孟アタックに根負けして一回だけデートらしいものに行ったが、それだけで終わってしまった。なぜかその女性は、二度と兄の元へ訪れることはなかったのだ。

 とてもきれいな人だったので、気になって後で兄に聞いてみたがまったく要領を得なかった。兄に紹介した人にも聞いてみたのだが、よくわからないという。とにかく女性のほうがもう会いたくないらしい。でもその女性は学校生活を満喫しているようだったので、もう兄に興味がなくなったのかもしれないとその時には思った。


 兄がずっと見つめている女性を、誠也も観察した。

 外見はまるで平凡を絵にかいたような女性だった。だからどうしてこんなにも見つめているのだろうとその時には思ったものだった。


 日本に一時帰国していた兄は、またアメリカに戻っていった。しかし日本に帰ってくるたび、あの女性会いたさに頻繁に叔母さんちにいっていた。

 自宅より先に叔母さんちにいくなんてとうちの両親も半分あきれていた。

 それでも誠也達家族は、兄の遅い初恋を陰から応援している。どうしてかって?今まで何事にも執着したことのない兄が唯一ほしがっているものだからだ。



 兄が日本に帰国してすぐ叔母さんちの上のアパートを借りるといった日には、両親も誠也も叔母さんもびっくりした。あのひとめぼれから3年ずっと思い続けていたのだ。近くにいったら兄のタガが外れてしまわないか、むしろそっちの方が心配になったくらいだ。

 叔母さんちからの情報では、会社も兄の会社と同じビルの中にあるらしい。それを聞いた時の兄は、運命だとつぶやいていたが、誠也たち家族は思っている。

 これは執着が運命を変えたのだと。少しばかり女性に同情した。もうあなたは兄から逃れられないと。


 ついにその兄の願いはかなったようだ。

 今日やっと兄は、あの時の彼女を家に連れてきた。

 あの時には平凡だと思った女性だったが、こうやって話をすると人を優しく包むような温かさを感じさせる人だった。女性の方も兄に好意を持っている。そう確信した。


 だからちょっとだけスパイスをあげよう。

 兄はこの女性には何も言っていないようだ。

 

 「実は、あのアパートで滝村さんを初めて見た時の兄の顔と来たら......」


 「えっ、アパートで?」


 誠也の視界の端にものすごい勢いでやってくる兄が目に入った。

 弟にそんな目を向けないでくれよ、応援してるんだからさ。がんばれ兄貴!

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