73 お宅訪問です
リビングに行くと一人の男性が座っていた。
どことなく玉山に似てはいるが、どちらかといえば穏やかそうなところが父親に似ている。
「こんにちは」
男性はソファに座っていたが、敦子を見るとすぐにたって挨拶してきた。
「誠也とは初めてね。竜也の弟なの」
母親が敦子にそう紹介して誠也も敦子にぺこりと頭を下げた。敦子も挨拶をした。
竜也と敦子は、隣同士でソファに座った。向かいに父親、母親が座り玉山の斜めの一人がげソファに誠 也が座った。犬たちは玉山にくっついてきて一匹は玉山の膝に座りもう一匹は父親の膝にちょこんと座った。
「マイケル、今日はずいぶん兄さんに懐いているね」
玉山と犬をよく見て誠也が言った。
そしてまじまじと玉山の顔を見た。
「兄さんずいぶん雰囲気も変わったね。でも俺こっちのほうがいいや」
誠也があっけらかんと言い、玉山が一瞬唖然とした顔をしたがゆっくりと口元が緩んでいった。
その顔を玉山の両親も見ていたが、同じように笑顔になっていた。
「敦子さん今日はよく来てくれたね」
父親がそういった。
敦子は持ってきたお土産を差し出した。
それを合図に玉山がちょっと背筋をすっと伸ばすしぐさをしていった。
「隣にいる滝村敦子さんと結婚を前提にお付き合いをすることにした」
「まあ、よかったわね」
「そうかおめでとう」
「とうとう兄さんも彼女もちか」
家族皆が賛成の言葉を言ってくれたおかげで、それまで緊張して玉山の言葉を聞いていた敦子もほっと胸を撫でおろした。玉山から絶対に反対されない、むしろ応援してくれているという言葉を聞いてきたがやはり緊張していたらしい。
それからみなで他愛ない世間話をしていたが、その最中インターホンが鳴った。
どうやら出前を取っていてくれていたらしい。
気が付けば昼になっていた。
きたお料理は出前というよりお弁当みたいだった。
ただ何段にもなってて開くと懐石料理が出てきた。
割りばしの袋には、敦子でも知っている名店の名前があった。
お料理はおいしくて、皆の話も弾んだ。
「敦子さんと竜也、どこでお式上げるの?この前お呼ばれしたあのホテルとってもお料理おいしかったわ~」
しかし母親が言った一言で敦子は料理にむせてしまい、慌てた竜也にお茶をもらう羽目になってしまった。
「かあさん、まだ早いよ」
むせた敦子を見た父親が母親に苦笑しながら言った。
「そうだよ。兄さんだっていろいろ段取りがあるだろうしさ」
「そうなの?ごめんなさいね。でも私早く敦子さんのきれいなドレス姿見たいわ~」
敦子はもう一度むせる羽目になってしまった。
おいしいお料理を半分涙目で食べ終えた敦子は、母親を手伝うべくキッチンについていった。
「今日はありがとう敦子さん。実をいうとね竜也の事心配してたの。犬たちも昔から竜也には懐かなかったのよね~。遠巻きに見ているだけで。子どものころから皆とちょっと違っていてねあの子。でも今日見て安心したわ。つきものが落ちたみたいになって。」
母親はそう話しながらも、手慣れた手つきできれいなソーサーに紅茶をいれ、ケーキを準備してくれた。
加護をつきものといったところにちょっと吹きそうになってしまった敦子だったが、本当に玉山の事を心配していたであろうことが言葉の端橋に現れていて、玉山は愛されているなと思ったのだった。
母親と一緒にダイニングにデザートを運んで、また皆で楽しい時間を過ごした。
食後はよく手入れされた太陽の光がさんさんと降り注いでいるサンルームに案内された。その頃には犬たちも敦子に懐いて、一匹は敦子の膝によじ登ろうとして父親に連れていかれて行ってしまった。
もう一匹もこれまた敦子の膝にのろうとしたので、玉山に連れていかれてしまい敦子は一人になった。
敦子がのんびり庭を眺めていると、隣の席に弟の誠也が座った。
「滝村さん、兄の事知ってますか」
まじめな顔で誠也が言ってきた。
敦子がなにごとかと思って誠也の顔を見ると誠也が話し出した。
「兄は昔から不思議な人でした。昔からすごくモテていたんですけど、彼女を作ろうとしなくて。兄の彼女になりたい子から、協力してほしいとばかりに言われたり、実際嫌なこともありました。けど僕にとっては兄はすごく大事な人なんです。どうぞ兄をよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ竜也さんに会えて私のほうが幸せです」
「実は、あのアパートで滝村さんを初めて見た時の兄の顔と来たら。初めて人が恋に落ちるところを見ました。まあ自分の身内なんで少し勘弁してという感じなんですけどね」
「えっ、アパートで?」
敦子は誠也が何を話しているのかわかわからずそう聞き返してしまった。
誠也は誠也であれっといった顔をした後、まずいといったなんとも言えない顔になった。
「なに話してるんだ誠也?」
サンルームにいた敦子と誠也を見て竜也が慌てて飛んできた。
「いや、何にも。ただ兄さんをよろしくって言っておいただけだよ」
誠也は竜也の顔を見るなりサンルームを飛び出して行ってしまった。
ただ部屋を出るとき竜也に耳元で何か言った。その言葉で竜也は思い切り顔を赤くして敦子を見た。
竜也は、コーヒーを淹れたカップを二つ持っていた。
カップをテーブルに置くと自分も敦子の隣、先ほどまで誠也が座っていた席に座った。
竜也は庭に目を向けたまま敦子にいった。
「誠也がさっき言ってたことなんだけど...」
「何の事?」
敦子がよくわからないまま竜也に尋ねた。
「実は初めてあっちゃんを見たのは、日本に一時帰国した時に叔母さんちに家族でいった時なんだ。あっちゃんは気づいていなかったんだろうけど、ちょうどスーパーに買い物に行った帰りの様だったかな。駐車場から階段に向かうあっちゃんを見て一目ぼれしたんだ。それからアメリカにいても気になっていて。日本に帰国できるって聞いた時から、空いた部屋が出たら借りたいといっていたんだ。今まで黙っていてごめん」
「そうだったの?でもそれって過去に引きずられた思いじゃない?」
「はじめ惹かれたのは、もしかしたらそれもあるのかもしれない。だけどあっちゃんと会うたびにどんどん好きになっていったんだ。前にも何度も言ったけど、これは僕自身の気持ちだよ」
「ありがとう。好きになってくれて。私がいつまでもこだわっていたら、竜也さんだって私が好きになったのは、過去の思いかもって疑っちゃうよね。じゃあ部屋の前で会った時には、もう私の事知ってたってこと?」
「...そうなるかな。ごめん」
玉山があまりにうなだれるので、敦子はつい笑いが出てしまった。
「うふっふっ、ちょっと驚いただけだから。そんなに縮こまらないで」
そのあと玉山の両親の目をかいくぐってまたまた突撃してきたトイプー二匹と遊びながら楽しく過ごすことができた敦子だった。
夕飯までごちそうになり気が付けば夜も遅くなっていた。
「またきてね」
「ありがとうございます」
ご両親と、弟の誠也に見送られて玉山と玉山の家を後にした。
アパートに着くと、玉山は明日の午後も出かけようといわれて敦子もはいと返事をした。
「今日はありがとう。じゃあおやすみ」
玉山は敦子にお礼を言って、敦子を部屋に促した。
敦子は部屋に入ったが、この前の事もありずいぶん身構えてしまっていたのだが、何事もなく肩透かしを食った気持ちになりついドアを閉めるとき玉山を見ると、とうの玉山はわかっているよといった風でにこっと笑っていた。
敦子にはその姿がずいぶん余裕があるように見えて、部屋に入ってからなぜかクッションをサンドバック代わりにしてもやもやを晴らしたのだった。
長いような短いような大変だった一日が終わった。




