72 反応が変わりました
その夜は今までになく豪華な夕食だった。天ぷらにお刺身、煮物おまけに揚げ物まであった。
母親が気合を入れて作ったのがよくわかった。
「これは、神社にいつも奉納する地酒でね。おいしいんだよ。ぜひ飲んでみて」
父親は、玉山にお酒を勧めてきて聡と三人で飲んでいた。しかし父親は歳のせいかそうそうにダウンしてしまい聡と玉山だけがのんびりと世間話をしながら飲んでいた。
聡も玉山が今朝と印象が違うことを話題にしたが、こっちのほうがいいとずいぶん楽しそうに言ったので、玉山も顔を崩して笑っていた。
結局お酒に強い玉山はあまり変わらず、父親に続き聡もダウンして夕食会はお開きとなった。
玉山は客間で寝ることとなり、翌朝は家族みんなゆっくり起きた。
「玉山さんお酒強いんだね~」
まだ半分酔っているようでちょっとろれつがまわらない父親が言った。
「そうだよ。俺も結構強いんだけどさ。玉山さんにはかなわないよ」
確かにそういったちょっと二日酔い気味の聡とは違い、玉山は朝からきりっとした顔をしている。
こうしてみんなで遅い朝食を取り、ゆっくりと家を出た。家族皆が見送りをしてくれた。
ちなみに犬のしろは玄関先まで玉山に抱っこされてご機嫌だった。
「気を付けてね。敦子をよろしくお願いします」
母親の言葉に玉山は、深くうなずいて家を後にした。
途中パーキングで母親が持たせてくれたサンドイッチをふたりでとりアパートに戻った。
もう夕方になっていた。
「 じゃあまた連絡する。今度は、うちの実家に行っていい?」
玉山の言葉で少し驚いたが、うなずいた敦子だった。
敦子が部屋に入ろうとしたとき、玉山が敦子の腕を取った。
気が付けば玉山の顔が近づいてきた。思わず目をつぶるとまた唇に感触を感じた。
「おやすみ」
敦子が目を開けると、玉山は敦子の背中を押して部屋に促した。
「おやすみなさい」
敦子は部屋に入ると、がくっと足に力がぬけてしまった。
またいつもの月曜日が始まった。
敦子が更衣室に行くと、奈美がいた。
「あっちゃんおはよ__」
挨拶が途中でとまった。
奈美が敦子を見て口を大きく開けていた。
「あっちゃん、また感じが変わったね」
「そう?」
理由を知っている敦子なので、奈美の驚きぶりにそうかと思っただけだった。
というのも実は会社に行く途中でも同じことがあったのだ。
会社に行くときに何度か声をかけてきた人と今朝会った。
敦子を見つけると敦子のほうに一目散に走ってきたが、敦子の顔を見るとあれっといった顔をしてどこかに消えてしまった。
それが今朝だけで何回か続いた時には、さすがの敦子もちょっと落ち込んだが、会社に着くまでに心が落ち着いていた。玉山がいるということが大きいのかもしれない。玉山は敦子の加護がなくなってもこんな反応はしなかったのだから。
いまだ首をかしげている奈美とともに敦子は更衣室を出た。
やはりというべきかついこの前まで声をかけてきた人たちとすれ違ったのだが、皆あれっといた顔をしてそのままろくに挨拶もしないで通り過ぎていった。
「あの人、この前あっちゃんに声かけていなかった?」
真相を知らない奈美が、先日までと今の態度の違いに敦子の代わりに憤慨していた。
結局それは会社を出るまで続き、さすがの敦子もあまりの態度の違いにちょっとだけ気持ちが落ち込んだ。
会社を早く終わったので、アパート近くのスーパーに寄り材料を買って数品だけ作った。
無心で料理を作り食べ終わるころには、少しだけ落ち込んだ気持ちも跡形もなく消えていた。
夜のんびりとテレビを見ていると、玉山から連絡があった。
『今週土曜日実家に一緒に行ってくれる?』
敦子は迷うことなく了解の返事をした。
玉山からのお礼と時間の連絡の返事も早かった。
それからは玉山の実家に何着ていこうかと思い悩むのに忙しくて、気が付けば夜遅くなっていて慌てて寝る羽目になってしまった。
謎のモテ期もなくなり今までの日常が戻ってきた。
金曜日にはデパートに寄って、玉山の実家へのお土産を買った。
以前会ったことはあるが、少しでも好印象になればと思い顔のパックやら爪のお手入れを念入りにおこなって時間をかけた。
洋服は以前買って数回しか着たことがないスーツで行くことにした。
やわらかいアイボリーのスーツだ。これにコートを羽織っていくことにした。
布団に入るときには、眠れないだろうと思っていたが、いつの間にか眠っていて土曜日の朝は、睡眠がたっぷりとれたおかげで元気いっぱいだった。
朝から爽快な気分だったので、洗濯や軽く掃除をしてから支度をした。
時間の10時になったので、玉山の部屋に向かった。
玉山はいつものようにすぐ出てきた。
駐車場に向かい車に乗り込む。
「竜也さんのご実家ってどこでしたっけ」
そういえば敦子は聞いていなかった。
アパートを借りるぐらいなので、ここから一時間ぐらいかかるだろうと思っていたが、聞いてびっくりした。
玉山の家は、なんと敦子たちのアパートから一駅のところだったのだ。
もちろん車はすぐについてしまった。
都会なのに駐車場が広く敷地も家も大きかった。
敦子は今まで気にもしていなかったのだが、目の前の大きな家を見てさすがにちょっと心配になった。
「竜也さんのおうちってお金持ちなんですね。おうちも大きいし」
敦子があまりに不安そうに言ったからだろう。
「昔からこのあたりに土地を持っていたからだよ。普通のサラリーマンだしね」
玉山は敦子を安心させるように慌てていった。
玉山の後について門の中へ入っていく。
都会でこの敷地はなかなかないと敦子は思いながら玄関に向かった。
玉山が自分が持っている鍵でドアを開けるとすぐ、わんわん叫びながら転がるように二匹の犬が出てきた。どうやら玉山の家でも犬を飼っているようだった。二匹とも茶色い毛がふさふさのトイプーだった。
トイプー達は玉山を見つけると、玉山から少し離れたところで急停止した。そして玉山を左右に首をかしげてよ~く見ている。しかし一匹が玉山の足元に飛んでじゃれてきた。するともう一方の方も負けじとばかりに玉山の足元に張り付いてきた。これには玉山も目を大きくして驚いているようだった。
敦子がそんな二匹と一人をゆっくり観察していると、スリッパの音がした。
「いらっしゃい」
やってきたのは、玉山の母親だった。玉山の母親はまず敦子にそう笑顔であいさつした後、玉山に張り付いている犬たちを見てぎょっとしたようだった。
そして玉山の顔を見て今度は、固まっていた。
もう一つスリッパの音がした。
「いらっしゃい。こんなところにいないでどうぞあがってください」
今度は父親がやってきた。玄関先で突っ立っている敦子にそう呼びかけると、父親も犬にじゃれつかれている玉山に視線を向けた。そして母親同様固まった。
そんな父親を見たせいか父親の声を聞いたせいか固まっていた母親が、これ以上ないというぐらいの笑顔で玉山にいった。
「ずいぶん雰囲気が変わったのね。犬たちも懐いているし」
そういってほっとするような顔をした。敦子はそんな母親の顔を見て、母親が玉山に今までどんなに苦労、心配をしていたかよくわかったのだった。
「ずいぶんメリーとマイケルに懐かれているな」
父親も呪縛から溶けたように快活にそういって皆でリビングに行ったのだった。