71 お互いさまでした
敦子と玉山は、滝のそばにある岩に座った。
ふたりが白色世界にいた時間は、この世界に全く影響がなかった。
ただあまりに膨大な情報が注ぎ込まれたおかげで、ふたりとも立っていられないほどだった。
「加護の事だけど。あの時は勝手にお願いしちゃってごめん」
「なんで竜也さんが謝るの?最近起こったこと、変だなって思ってたんだけど、まさか加護のおかげだと思っていなくて、自分にちょっとだけ魅力が出たのかなって誤解してたの。今思うと恥ずかしいんだけど。でもよかった。やっぱり自分じゃないから。それより竜也さんも大変だったのね」
玉山は言っていた。自分の加護もしくは呪いを解いてほしいと。
「ああ、小さい時から自分を見る目がほかの人と違うのに気づいていたんだ。すごくいやだった。なんで僕はほかの人と違うんだろうって。大人になるにつれて気にしないようにしていたんだけど」
「そうなの」
敦子はそういうしか他の言葉が見つからなかった。
「でも一つだけよかったこともあるよ。あっちゃんと知り合えた」
玉山は敦子のほうをしっかり見つめていった。
「私も!でも私でいいの?今でもちょっと思うの。私でいいのかなって」
「あっちゃんがいいんだ。それに僕だって今じゃあ不安だらけだよ。あっちゃんが、加護がなくなった僕の事好きでいてくれるかってさ」
「竜也さんの事好きに決まってるでしょ!」
敦子は玉山も不安になってると聞いて、玉山には申し訳ないが少し安心した。
ふたりは敦子の家に帰ることにした。
家に着くとまず犬のしろが玄関に飛び出てきた。
玄関に上がると敦子の足元にくっついてくる。後ろを歩く玉山にはちょっと匂いをかぎに行っただけで、あとは敦子に張り付いていた。
「ただいま」
「おかえり」
リビングに行くと、父親がテレビを見ていた。
部屋に入ってきた敦子と玉山を見ておやっという顔をした。
椅子から立ち上がり、ふたりをまじまじと見ている。
「どうかした?」
敦子は父親があまりにこちらを見ているので気になった。
「いや、さっきと様子が違う気がしてな」
「違うって?」
「よくわからないんだけどなぁ」
父親も何が違うのか考えてみたが、よくわからないらしい。
「おかえりなさい。早かったのね」
母親が声を聞きつけたのか急いでやってきた。
敦子たちに声をかけた後、ふたりをじっくり見ている。
そして首を傾げた。
「ふたりともなんだか今朝と違うわね~」
「そうだろう?」
父親も母親に聞いている。
「まあいいじゃない。敦子はともかく玉山さんは、普通の人になったみたい。今までのようにすごいオーラ出してたら、とてもじゃないけど敦子じゃ釣り合わないでしょ。それより夕食6時ごろでいい?」
母親の意識はもう夕食に向かっている。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
敦子と玉山は母親にお礼を言った。
敦子たちは、リビングでお茶を飲んでちょっとのんびりすることにした。
敦子たちがリビングでお茶を飲んでいると、父親はなんだか居心地が悪いのかそそくさと自分の部屋に戻っていった。
犬のしろは敦子に相手にされないので、今度は玉山のところに行って遊んでもらっている。
玉山がしろと遊んでいる間に幼馴染の美代子に連絡を入れた。
『この前話した玉山さんとお付き合いすることになりました。今彼と実家に来ています』
美代子からの返信は早かった。
『紹介して~。挨拶したいよ~』
敦子は、しろと遊んでいる玉山にいった。
「竜也さん、幼馴染に竜也さんとお付き合いすること言ったら、会いたいんだって。ちょっとだけお出かけしてもいい?」
「もちろん。あっちゃんの幼馴染だろ~。僕もご挨拶したいよ」
ということで美代子にすぐ連絡を入れて、美代子に家に行くことにした。
ただ今まで玉山に遊んでもらってご機嫌だったしろは、玄関までついてきて玉山に行くなというように鳴いて駄々をこねていた。
「しろ!また帰ってくるから、お留守番お願いね」
敦子がそういうと、しろはそそくさと部屋に戻っていった。
「まるで言葉が通じているようだね」
あまりの変わり身の早さに玉山がびっくりしている。
敦子と玉山は家族に声をかけ、美代子の家に向かった。
家の前に着くと、美代子とご主人そして息子の翔也君までが外で待ってくれていた。
「こんにちは」
敦子がそう声をかけると、美代子が満面の笑みで言った。
「初めまして、幼馴染の大木美代子です。こっちは主人でこの子は息子の翔也です」
玉山に挨拶してきた。
玉山も嬉しそうに挨拶した。
「よかったら家に入って」
「今日はご挨拶だけにさせてもらうね。ありがとう」
美代子が誘ってくれたが、敦子は挨拶だけにした。急なことだし夕方だったので、申し訳なかったのだ。
「じゃあまた、今度はゆっくりきてくださいね」
ご主人が言って翔也君が手を振ってくれた。
そして敦子が車に乗り込もうとしたとき、美代子が玉山のところに飛んできて言った。
「あっちゃんをよろしくお願いします」
そういって玉山に丁寧に頭を下げたのだった。
敦子は思わず涙が出そうになってしまった。
美代子たち家族は、敦子の乗った車が見えなくなるまで見送ってくれていた。
敦子の家に着いたとき、玉山がぽつんと言った。
「今の僕は、普通の人になったんだな。みんなの反応見てそう思った」
確かに今までだったら玉山を見ると、もっとみんなすごい反応をしていたことだろう。
敦子がそう思って玉山を見ると、玉山はなぜかちょっと複雑な表情をしていた。
「やっぱり今までのほうがよかった?」
敦子がついそう聞くと玉山が答えた。
「いや、今のほうがよっぽどいいよ。あっちゃんちのしろだって懐いてくれるしさ」
「今までは違ったの?」
「まあね。なんだか遠巻きにされていた気がするな」
「 じゃあいいんじゃない?」
それにしては、玉山の顔が少し憂いているのが気になった。
「あっちゃんは、いままでの僕のほうがいいんじゃない?」
どうやら玉山は加護にひかれて敦子が玉山を好きになったのではといまだ不安の様だ。
「竜也さんは、どんな竜也でもいいの!今だってじゅうぶんかっこいいよ。竜也さんこそ、あつさんと私じゃあ顔が違うよ。あつさんのほうがすっごくかわいいしいいの?私で。私だってすごく不安だよ」
玉山は真剣な顔でいっている敦子の言葉を聞いて目を見開いた。
まさか敦子も不安になってるとは思いもしなかったようだ。
「僕は前にも言ったけど、あっちゃんがいいよ。どこがいいか言おうか?いくらでもいえるよ」
「いい、別に言わなくて」
敦子は、午前中に玉山がこれでもかというくらい敦子の事をべた褒めしたことを思い出してきっぱりといった。
敦子が降りようとシートベルトを外そうとした時だった。
急に目の前が暗くなって、唇に何かが触れた。
敦子は一瞬何が起こったのかわからなかったが、理解したとたんすごく恥ずかしくなって、急いでシートベルトを外し車から転がるように飛び出した。
車を降りてからちらっと玉山のほうを見ると、玉山も耳が真赤だった。
敦子が先に玄関に走っていくと、ちょうど外出から戻ってきた聡も玄関から部屋に上がるところだった。
「どうしたの?ねえちゃん顔真赤だよ」
聡の何げない言葉に敦子が返事ができないでいると玉山も玄関に入ってきた。
聡は玉山の真っ赤になった耳に気が付いた。
「おじゃまさま」
聡はひとりすたすたと部屋に入っていたのだった。