70 ふたりで神社に行きました
「今日は泊まっていったらどう。明日ゆっくり帰ればいいじゃない」
巻物を見ていた敦子と玉山にそう母親が言った。
「せっかくだからいいんじゃないか。ねえ玉山さん」
父親のすがるようなまなざしが玉山に注がれている。たぶん先ほどの失敗を敦子たちが帰ってから母親に言われるのを恐れているようだ。
玉山も自分がやってしまった自覚があるのか、うかがうような視線を敦子に向けた。
敦子も玉山がよければ泊まってもいいかなと思っていた。というのも今から神社に行ったり滝を見たりしたいのだ。ゆっくり見れるとうれしいと思ったのだった。
「玉山さんいい?」
「もし皆さんがよろしければ、ぜひ泊まらせていただきます」
「そう!じゃあお夕飯何しようかしらね~。そうそう玉山さん、下着は新しいものが予備であるから大丈夫よ」
母親は玉山が泊まるといったとたんものすごく顔が崩れていた。半分ミーハー気分になってるのかもしれない。
スキップでもしそうなぐらい浮かれている。
「かあさん、イケメンがいるからってそんなに喜ぶなよ。恥ずかしいじゃないか。すみませんねえ玉山さん」
あまりのはしゃぎっぷりにたまりかねた父親が玉山に謝っている。
「そうそう!」
聡もあまりに浮かれている母親にくぎを刺した。しかし母親はどこ吹く風で何か用事をしにどこかにいってしまった。
「ごめんね」
敦子は小声で玉山にわびた。
「いいよ。歓迎されて反対にうれしいよ」
玉山の素直な言葉に敦子や父親たちがほっと安心した。
敦子と玉山は神社に行くことにした。
「気を付けて」
父親の言葉に見送られて家を出た。
車に乗り込んでから敦子はもう一度玉山に尋ねた。
「ごめんね。急に泊まることになっちゃって」
「気にしないでいいよ。明日も休む予定だったし。泊まらせていただいた方が楽だし。反対にこっちこそお世話かけちゃってわるいなあ」
「全然!みんな喜んでいたし。特にお父さんがね」
敦子が先ほどの父親と玉山のアイコンタクトを見ていたので、そう茶化した。
玉山は敦子の言葉を聞いて苦笑いを浮かべたのだった。
2人話しているうちに神社の広場に着いた。
車から降りて参道を歩く。
箱根の神社とはちょっと違う何かに包まれたような気がした。
ふたりで神社の境内に入り、参拝をした。
それから横の細い小道を通って滝へと向かった。
先ほど感じたものがより強くなった。
手をつないでる玉山の手が熱くなった気がした。
滝に着いた。
「ここだ」
横にいる玉山の口から言葉が零れ落ちるように出た。
「ここって?」
敦子が横に立っている玉山のほうを見て聞いたが、玉山はまだ滝を見つめ続けている。
玉山は言った。滝を見続けたまま。
「よく夢に出てきた滝なんだ。ここだったのか。本当にあったんだ」
半分信じられないとでも言ったように呆然としている。
敦子も玉山から視線を滝に戻した。
その時周りの音が聞こえなくなった。目の前の滝の水が落ちる音も。
あっという間の出来事だった。
いつの間にか敦子と玉山は水に包まれていた。
玉山はびっくりして敦子を見た。玉山の目が金色に光っていた。玉山もまた敦子の目が光っているのがわかったのだろう。玉山のあっと驚いた顔が物語っていた。
『よく来た。ふたりとも』
いつの間にかあたりを包んでいた水がなくなり、代わりに白色の景色の中にいた。
そして目の前に玉山に似ている男の人と敦子が夢でいた女の人が立っていた。
そしてその男の人のほうが言葉を発した。頭の中にずんと来る神々しい声だった。
『ありがとう。あつをみつけてくれて』
『ありがとうございます。りゅうさまのところに連れて行ってくれて。私の心の破片がすべてそろわなければりゅうさまの元へは帰れなかったの』
女の人が言った。まるで鈴を転がすようなかわいらしい声だった。
夢の中では会社にいた小池さんに似ていると思ったのだが、実際間近で見るとそれよりも可憐で清らかな感じの女性だった。
目の前にいるふたりは、古式ゆかしい着物姿だった。まるで竜宮から来たようなきらびやかな着物を着ていた。そしてそれがとてもよく似合っていた。ただ人間というよりあまりに神々しい姿だった。
『我はここに住んでいる竜だ。あつは昔ここに住んでいた人間だ。』
こうして人間の姿をした竜が話し始めた。
竜が話し始めると同時に、敦子や玉山の頭の中にいろいろな映像が流れてきた。
竜とあつと呼ばれた人間の少女が出会ったところから、雨を呼ぶために竜が空に昇っていったところ。そしてあつが願って竜からもらった玉の中に吸い込まれていき、それが砕け散ってそのかけらの一つが宇宙にまで飛んで行ってしまったところ、すべて声と映像が敦子たちの頭の中に流れていった。
それから竜が光とともに消え去る前に、自分とあつの破片を人間世界に放出したこと。
それをふたりの妊婦のお腹が取り込んだところ。
宇宙に消えていった破片がやっと地球まで戻って、敦子が買ったネイルの中に入ったところ。
さまざまな映像が敦子たちの頭の中に次々に入ってきた。
『お前たちは、我とあつの破片を持ったものなのだ。しかし我は最近まで最後の力を使い果たして眠るしかなかった。だがやっと力が戻ってきてこの世界に干渉することができたのだ。そしてお前たちが生まれ、おかげであつも我のもとに戻った』
『あなたは私の血を受け継ぐものです。だからあなたの中に入ることができたのよ』
目の前の少女は敦子に言った。
敦子と玉山はただただ聞いていた。
『ただね。りゅうさまの破片が入ったあなたは、人間の世界ではちょっと特殊な存在だった。だから私の破片を持った敦子さん、あなたにもちょっと加護を加えてみたの。どうだった?」
少女は可憐な笑みを浮かべながら、でもちょっといたずらっぽく玉山のほうを見ていった。
玉山は思い当たることがあったのか、はじめびっくりしていたがだんだん顔が険しくなった。
「あっちゃんの良さは僕だけがわかればいいんです。加護は外してください。それと僕についている加護なのか呪いなのかわかりませんけどそれもはずしてください」
『我はちゃんと守りを加えたぞ。それにあつが、その者に加護を加えてほしいといったからやっただけじゃ』
自慢げにりゅうさまがいった。
『そうね。ちゃんとりゅうさまの守りが役立ったわ。でもあれほどとは思わなかったわぁ』
あつと呼ばれた少女が言った。
『敦子さんあなたはどうなの?今のままでいい?』
敦子は先ほどの玉山と少女の会話で、最近自分に起こったことを思い出していた。その加護とやらで皆がおかしくなっていたのか。あまりに変わった周りの反応に戸惑っていたが、ほんの少しだけ期待していた。もしかして自分に少しだけ魅力が出たのではないかと。でもどうやら違ったらしい。
敦子はほんの少しそうほんの少しだけがっかりした。もしほんのちょっとでも魅力的になれたら、玉山にふさわしくなるかもしれないのだから。
しかし敦子の心は決まっっていた。
「加護はいりません」
きっぱりといった敦子に少女は満面の笑みを向けたのだった。
「僕もいりません」
玉山もきっぱりといった。
りゅうさまはしばらく思案していたが、敦子と玉山にいった。
『わかった。人間世界では強すぎるようじゃ。加護は取り消そう。だがなお前たちは我とあつでもある。幸せになれ』
声がしたかと思う間に白色世界が消えて、いつの間にかふたりは滝の前に戻っていた。
玉山と敦子の目もいつもの黒色に戻っていたのだった。