68 家に連絡しました
敦子は翌日の日曜日、朝から実家に電話を入れた。昨日の夜からなんて言おうかとグダグダ悩んでいたが、結局そのままいうことにした。
実家に電話に入れるとすぐ母親が出た。
「おかあさん、私敦子」
「おはよう、ずいぶん早いわね」
「今度の土曜日そっちに帰るんだけど、巻物をある人に見せてほしいの。いい?」
「この前も帰ってきたばかりだけど。また帰れるの?よかったわね。あっ、巻物?別にいいわよ。誰が来るの?」
「えっとね、この前画像見せた玉山さんて人なんだけど」
「あ~あ、敦子の隣のお部屋の方?」
「そう、よく覚えてるね~」
「その玉山さんと帰ってくるのね!」
母親は玉山の名をずいぶんと強調していった。やはりというべきか玉山さんとの仲を聞かれたので、仕方なく結局お付き合いすることになったとだけ伝えた。
「ちょっ、ちょっと待っててよ」
お付き合いという言葉に急に母親は慌てた様子で、電話を放り出しどこかへ行ってしまった。
「もしもし?もしもし?」
敦子が何度電話に向かって読んでも母親は出ないので、一度切ることにした。
何やってるんだろうと一人つながっていないスマホに向かって愚痴っていると、スマホが鳴った。
「もしもし?」
「お母さん、電話おいてどっかに行かないでよ~」
「ごめんなさいね。びっくりっしちゃって。今みんな呼んできたのよ。代わるわね」
「ねえちゃん?ほんとに玉山さんと付き合うことになったの?ドッキリじゃあないよね」
弟の聡が言った。
確かに敦子だって第三者だったら同じことを言うかもしれない。
やっぱりみんな不釣り合いだと思うのかなあと思っっていると聡が言った。
「俺さ、玉山さんねえちゃんに気があるんじゃないかと思ったのよ」
「えっ、どうして」
弟の聡が急に思ってもいなかったことを言ったので敦子はつい聞き返した。
「だってさ、俺がねえちゃんの部屋から出てきたときのあの玉山さんの顔すごかったぜ。俺殺されるかと思った。すごい殺気出しててさ。でもあまりにスペック高そうだしなあ俺の勘違い?と思ったわけ」
「そうなの?」
「まあ土曜日連れてきてよ。俺ちゃんとみてやるからさ。おやじと代わるね」
「敦子か?土曜日待ってる」
おいそれだけかよ~という聡の声が電話口から聞こえた。
「お父さん、もういいの?敦子?じゃあ待ってるから」
敦子がもう少し何か言う前に母親は電話を切ってしまった。
敦子はリビングにいるであろう家族の事を考えるとなんとなく笑いがこみあげてきた。今頃きっと向こうでは家族会議の真っ最中だ。玉山さんの事をあれこれ聡が言って、主に母親がいろいろ聞いているに違いない。
敦子はそんなことを考えながら、朝食をとりまた掃除洗濯をしてのんびり過ごした。
翌週はあっという間に過ぎた。最近視線を感じることが多くなったが、慣れとは恐ろしいもので敦子自身だんだん気にならなくなった。というべきか気にしなくなってきた。
ただ会社に行く途中や帰りの電車で声をかけられたりしたが、敦子が何か言う前に声をかけてきたある人は、急にスーツのズボンが脱げてしまい慌てて逃げて行ってしまった。
またある人は敦子に声をかけたとたん、知り合いらしい別の女性に引きずられて行ってしまった。また別な人は、バッグに入れてあった水筒のふたが急に外れたらしく、バッグからお茶がしたたり落ちて慌てふためくといったようなことがあった。
会社でも声をかけてきた人がいたが、ちょうどそこを通りかかった笹川さんに仕事の話で連れていかれたり、別な人は敦子の名前を呼んだとたん、ちょうど上司に呼ばれて行ってしまったりという風に敦子にとっては幸運続きだった。敦子に声をかけてきた人にとっては、不運というべきだったが。
玉山とお付き合いすることをランチ仲間の奈美や結衣に言おうかとも思ったが、ちょっと恥ずかしくて言えなかった。家族に報告してからにしようと考えた。
また来週にでも会社帰りにちょっと時間を取ってもらって、いうことにした。きっとまたいろいろ聞かれるに違いない。お昼の時間では足りないだろう。
金曜日には、会社の帰りに有名な和菓子店に寄った。一応家に持っていくお土産を買うことにしたのだ。何を持って行こうかと悩んだが、やはりというべきか母親の好きな和菓子にした。
そして金曜日の夜玉山から連絡があった。
『連絡遅れてごめん。明日の朝7時でいい?』
『いいですよ。家族にはいっておきました。よろしくお願いします』
敦子はすぐ返事をした。玉山からの返事も早かった。
『ありがとう。明日よろしく』
土曜日はまたお天気が良かった。玉山の部屋に向かうと、すぐ玉山が出てきた。お互い挨拶をしたが、いつもさわやかな挨拶をくれるはずが、なぜか今日の玉山の顔は少しこわばっている。
敦子は車に乗り込むと玉山に聞いた。
「竜也さん、どうしたんですか?」
「わかる?実はちょっと緊張してるんだ。あっちゃんのご両親に挨拶するからね」
「大丈夫ですよ。そんな緊張するような人たちじゃないですからね」
敦子はそう言ったが、敦子もこの前初めて大家さんの家で玉山のご両親にあった時にはずいぶん緊張したことを思い出した。敦子は話を変えることにした。
「そういえば今日竜也さん紙袋持ってましたね。もしかして家へのお土産ですか?」
「そうそう、初めてお伺いするからと思って買ったんだけど」
そう、玉山は有名なお店の紙袋を持っていたのだ。あそこのはとってもお高いので、名前は知っていても食べたことはなかったお店のものだった。
「うれしがりますよ。うちの母親はミーハーなので、そこのお店の事知ってると思うんですけど、お値段お高いので買ったことないし食べたことないんです。私だってちょっとうれしいかも」
敦子がテンション高く言ったのを聞いて、玉山もほっとしたようで顔のこわばりが少しとけた気がした。
「よかったよ。じゃあこのお土産喜んでもらえそうだね」
朝早く出たので道路は空いており、昼前には敦子の家に着いた。
敦子が先に玄関に行くとまず犬のしろが飛んできたが、何やらくんくんしたあとまた部屋のほうに戻っていってしまった。そしてすぐ母親が出てきた。
「おかえり~」
玄関のドアを開けた母親の洋服は、いつもの普段着ではなくよそいきの洋服を着込んでいる。そしてその後ろから同じくよそいきの服を着た父親が顔を出した。
敦子は両親の洋服を見て思わず吹き出しそうになりながら、玉山を紹介した。
「こちら玉山さん」
「初めまして玉山です」
そうして玉山の顔を見た両親は、見事直立不動の恰好のまま固まったのだった。