5 気分は孫悟空?
散歩から戻った敦子は、まだドキドキしていた。
さっきの出来事が、頭から離れないのだ。
そのままの気持ちで、洗面所でうがいをしようとして、蛇口から水を出したその時、水が玉のようになって敦子の周りをまわりだした。
敦子は、急いで水を止めた。
玉は、この前のように集まって、球となって敦子の前を浮かんでいる。
「この球って移動できるのかなあ」
敦子は、意識して、キッチンの流しをイメージした。
するとどうだろう。
球は、自分の意思があるかのように、ゆらゆらと洗面所を出て、キッチンのほうに行くではないか。
敦子もあわててついていく。
キッチンに行くと球は、待っていて敦子の周りをまた回り始めた。
敦子が、両手を差し出すと、球は手の上にのった。
敦子が、静かに流しにおくと、球ははじけて水になって流れていった。
「またできるようになった。なんで?」
キッチンの洗い桶に水を張った。
今度は、池で見た時のように、細長くなるか実験してみた。
敦子は、心の中で、思い描くと、桶の中の水がどんどん長く縄のようになっていき、敦子の周りを回り始めた。
そして、それはどんどん増えていった。
敦子が、周りを見ると、滝の内側から外を見るような、まるで水のトンネルの中にいるように見えた。
「きれい!」
どれくらい時間が、たっただろうか。あまりの美しさに、つい見とれてしまっていた。
敦子がふと我にかえると、縄のような水は、どんどん桶の中に戻っていく。
気が付けば、すべての水が桶の中に戻っていた。
「これってすごいよね~」
ひとり感動していたが、時間を見れば、またもや夕方になっている。
敦子は、気を取り直し、明日から着ていく洋服を、ワードローブから選び始めた。
敦子は、月曜から金曜までの着ていく洋服を選んでおくのだ。
会社に入ったばかりのころは、朝着ていく洋服を選んでいたばかりに、遅刻しそうになったこともあった。
その時の教訓だ。
まあ敦子が持っている洋服は、どれも似たような色、紺とかグレーとか白とか黒など、華やかさに欠ける色が多い。
キレイめな色の服は、あまり持っていないのだ。
コスパと機能性が一番。洋服や靴などを買う時に、敦子が心がけている言葉だ。
会社に入ったばかりのころは、目についたものを買っていたのだが、流行りがあったり、実際自分が着てみると、なんとなく残念だったりして、今の心境にいきついた。
今までは、それで満足していたのだが、今日は、なぜか月曜から着ていくため選んでいる洋服に、少し物足りなく感じた。
もっちょっと別な色もいいかも。
敦子は、そう思ってしまった。
もしかしたら、非日常体験をしたからなのかなあ、そう思いながら、いつもの洋服を選んだ敦子だった。
簡単に夕食をとり、お風呂に入る。
お風呂で、これまた実験したいことがあった。
「水の上に立てるかなあ。ついでに移動できたらいいなあ」
そう思うとたまらずに、今日も勇んでお風呂に入った。
体や髪を洗うのもそこそこに、バスタブの前で意識を集中した。
バスタブの中に足を入れる。
「あ___、立った______!」
思わずガッツポーズをしてしまった。
水の上に立っている。今度は歩いてみた。水の上を歩ける。
小さいバスタブの上を何往復もしてみた。ジャンプもしてみる。
「そうだ!これはできるかなあ」
敦子は、バスタブから出て、また意識を集中した。
今度は、バスタブの水から玉が出てきて、敦子の目の前で集まって球になった。
大きな球になった水は、今度は、ボードのようにぺたんこになって、敦子の足元にいった。
「いいねえ、孫悟空の金斗雲みたい!」
われながらイメージ通りにできて、気を良くした敦子は、その金斗雲もどきに、恐る恐る乗ってみた。
敦子がそれに乘ると、それはゆっくりと上に上がっていく。
そしてお風呂場の天井に手がつくまで、上がっていった。
「なにこれっ。すごくない!」
敦子は、興奮して何回も浮いたり降りたりして、楽しんだ。
繰り返すことに飽きて、気持ちが落ち着いた時には、体が冷たくなっていた。
仕方なく、もう一度お風呂に入りなおした。
寝るときには、あの金斗雲もどきで、やってみたいことが、いろいろ思い浮かんだ。
「金斗雲もどきに乗って、空に浮かんでみたいなあ」
「いろいろなところに行きたいなあ。夜景見たいかも。あ~、あのテーマパークの夜景もいいかも。ハワイの夕日や、ニューヨークの夜景なんかもみたいなあ」
あまりにいろいろ想像しすぎて、眠れなくなってしまい、寝たのは、明け方だった。
おかげで、次の日月曜日の朝は、寝過ごしてしまった。
急いで、朝食用のパンをかじり、身支度して、玄関の扉を開けた。
ガタ______ン
すぐお隣のお部屋から、大きな物音がした、気がした。
お隣のドアを開ける音がする。
敦子の部屋は、お隣を通らなくてはいけないので、少し会釈しながら通り過ぎようとしたとき、挨拶された。
「おはようございます」
聞こえたのは、涼やかな声だった。
いい声だなあと思いながら、敦子は声のほうを見て、固まった。
声の主は、あの『エレベーターの貴公子』さんだった。