51 インパクトのある画像でした
翌朝敦子が会社に行くときに玉山の玄関の前を通ったが、何も音がしなかった。
昨日は敦子が寝るときまでかすかに聞こえていた気がする。
もう会社にいたのだろうか、それとも寝過ごしていないだろうかなどと考えながら駅に向かった。
途中連絡してみようかとも思ったのだが、大人なんだしと思っているうちに会社についてしまった。
いつもの日常が始まった。
月曜日に敦子が贈ったネクタイをしていくと玉山が言っていたので、朝から玉山を探してしまう自分がいた。
お昼にランチに行くときにもあたりをきょろきょろ挙動不審な行動をする敦子を、ランチ仲間の奈美と結衣が冷やかに見ている。
「あっちゃん、今日なんか変だよ。誰かさんをさがしてるのかな?」
「結衣ちゃんそれをいっちゃあおしまいですよ」
敦子は、二人にいろいろ言われながらもなおきょろきょろしてしまうのだった。
それはランチを食べてる最中の事だった。
敦子のスマホが鳴った。
敦子が画面を見る。
敦子は画面に目を向けたままなぜか固まっている。
それを見た奈美が敦子が見ているスマホの画面をのぞいた。
奈美も敦子のようにピシッと固まってしまった。
「どうしたの?」
結衣は硬直している二人に聞いたのだが、二人の返事はない。
仕方なく敦子のスマホの画面をのぞき込んだ。
「なに、これ___?」
結衣は、二人のように固まりはしなかったもののつい大声を出してしまった。
そばのテーブルの人たちが、何事かと声を出した結衣に視線を向けた。
結衣は周りに頭を下げて謝ると、固まっている二人に小声で声をかけた。
「あっちゃん、この画像なんなの?」
結衣の問いかけに、先に戻ってきたのは奈美だった。
「これすごいよね。あまりのインパクトにやられちゃった」
敦子もやっと復活した。
スマホに映っていたのは、自撮りした玉山の顔だった。
普通にスーツ姿なのだが、自撮りで照れているのかちょっとはにかんでいる。
それが半端なくグッとくるのだ。
「玉山さん、まさかこんなの送ってくるとは思わなかった~」
敦子が呆然とつぶやいた。
「ねえあっちゃん、なんでこんな画像送ってきたの?」
結衣がまた畳みかけるように聞いてきた。
「たぶん玉山さん、ネクタイ姿を私に見せたかったんだと思う」
敦子の答えに二人はもう一度画像を見直した。
どこからどう見てもごく普通のネクタイにしか見えない。
「あっちゃん、このネクタイかわってるとこないよ」
敦子は、食事のお礼としてネクタイを贈ったことを二人に話す羽目になってしまった。
「それにしてもすごいね。あっちゃん、玉山さんによく選べたね~」
結衣の問いかけに敦子は、ついデパートのネクタイ売り場での出来事を二人に話してしまっていた。
二人は半ば笑いながら敦子の話を聞いてくれた。
すべて敦子が話し終えた後、ぽつんと奈美が言った。
「あっちゃんそれにしてもすごいよ。やっぱり慣れ?慣れなの?」
「なんのこと?」
「あの玉山さんと一緒にお買い物とか。私なんて顔見てるだけでおなか一杯になりそう~」
「私も!奈美ちゃんと一緒であっちゃんすごいって思うよ」
「少しは慣れたのかなあ?でも時々異次元の人といる気がする時がある」
敦子の答えに奈美と結衣の二人は、ひどく同意したのだった。
「わかるわ~~~」
その後も奈美が玉山から送られてきた画像がほしいとか、いろいろしゃべっているうちにお昼時間が終わりそうになっているのに気が付いた。
三人は、焦って全力疾走で会社に戻る羽目になってしまった。
敦子は席についても、まだぜいぜいが収おさまらず、しかも急に走ったせいでおなかまで痛くなってしまった。
しばらくお腹を抱えていると上司が言った。
「滝村さん、どうしたの?腹痛?」
「いえ大丈夫です」
敦子が顔色悪くそう答えると、上司はあたりを見回して、同じようにぜいぜいしておなかを抱えている奈美を見つけたようだった。
「運動だよ。運動は大切だからね」
なぜか上司は、それから結衣のほうを見て敦子に言ったのだった。
結衣はといえば涼しい顔でもう仕事をしていた。
敦子はそういえばと思いだしたことがあった。
結衣はよく仕事帰りにジムに行くのを日課としている。
会社の福利厚生で確かジムが安く入会できたはずだ。
敦子は、結衣を感心した顔で眺めていると視線を感じた。
上司がほらね~といった顔つきで敦子を見るのだった。
敦子は思った。
(奈美と一緒に結衣が通っているジムに通おうかな)
それから敦子のぜいぜいと腹痛は、30分ぐらい続いたのだった。
奈美のほうを見やれば奈美も同じように続いていたようで、敦子はなぜかほっとした。
敦子は、家に帰ってから玉山にあの画像の返信をしていなかったのを思い出した。
慌てて返信した。
『つけてくれたんですね。うれしいです』
しばらくして玉山から返信があった。
『今日はよく仕事がはかどったよ。ネクタイのおかげかな』
敦子はその返信を見て、鼻がつんとした。
思わずティッシュを鼻に当てるが何も出ていなくてほっとした。
敦子は、玉山の画像を保存しておいた。
たぶん一生の宝物になるだろう。
今度コピーでもしておこうかななどと考えてみたりしたのだった。
その週は仕事が忙しかったが、疲れた夜に玉山の画像を見るとなんだか元気が出た。
敦子は、今度の土曜日にはカメラを持って行こうと決意したのだった。
ただ夜玉山の顔を見るからだろうか。
毎日あの不思議な夢を見るようになってしまった。
玉山似のあの人の夢を。
夢の中でもずいぶんいろいろ話をしているようで、そのせいもあって玉山に変な緊張がなくなってきたのかなと考えた敦子だった。
ただ夢の中で何を話したのかは起きるとほとんど忘れてしまっているのだが。