49 すべていえました
「お腹すいたね」
玉山の言葉で敦子もおなかがすいていることに気が付いた。
いろいろありすぎて昼食どころではなかったのだが、時間を見ればお昼の時間をとうに超えていた。
「どこにしようか」
敦子はこの時間なら空いているかもと思い、いきたいお店を言ってみた。
「スペイン料理のお店のパエリアおいしいんですけど、いつも混んでいて。今なら空いているかなあと思うんですけど」
「いいね。行ってみよう」
敦子の案内でそのお店に行くことにした。
ちょうどお昼を過ぎていたおかげで席があった。
ふたりでパエリアとちょっとした料理を注文した。
「ここよくくるの?」
「いえ、一回だけ。この前会ったと思うんですけど、大学時代の友人たちときたことがあるんです。けどいつも混んでいて。ここのパエリアがおいしかったので、また来たかったんです。また来ることができてよかったです!」
敦子があまりにうれしそうに言ったせいか、玉山もうれしそうに言った。
「席が空いててよかったね」
出てきた料理を見て玉山が言った。
「おいしそうだ」
テーブルからはおいしそうなにおいがして、それだけでおなかがぐんとすいてきた。
ふたり夢中で食べて、気が付けば空になった皿があった。
その空いた皿を見てお互いに笑った。
「よく食べたね。おいしかったよ」
「そうですね。夢中で食べました」
敦子はここに連れてくることができてよかったと思った。
「おいしい店に連れてきてくれたから僕が払うよ」
そういって玉山はまたもや会計を済ましてしまった。
満腹になった二人は少し歩くことにした。
ちょうど近くに大きな庭園があったのでチケットを買って入った。
庭園に入ると木々に囲まれていて都会にいることを忘れてしまいそうだった。
人も大勢というほどではなくちらほら歩いているぐらいで、ふたりはのんびり散策した。
少し歩いてからそばのベンチに座った。
玉山が言った。
「小池さん会社辞めたんだってね。びっくりしたよ」
「...そうなんです。私もびっくりしました」
敦子はたぶん私の目を見て、逃げ出したんですとは言えなかった。
こんな真昼間に言う話ではないからと自分に言い訳をして玉山に話を合わせた。
「まあ、よかったよ。これで滝村さんに変な誤解されないから」
玉山は単純に喜んでいたが、敦子はなんとなく複雑な心境だった。
「どうしたの? 何か浮かない顔して。別に小池さんとはなんにもないからね」
玉山は敦子の様子に誤解して、弁解するように言った。
「このネクタイありがとう。ほんとに月曜日楽しみだよ」
玉山は急に話題を変えてきた。
「月曜日してくれるんですか」
「もちろん。させてもらうよ」
敦子は、月曜日ネクタイを締めた玉山に会えたらうれしいなと思った。
ふたりしばらくのんびり風にそよぐ木々を見ていたがまた歩き始めた。
広い庭園を一周すると、あたりは夕暮れになってきた。
「今日は電車で来てるから、お酒も飲めるお店にいっていい?」
「はい、いいですよ」
庭園を出て、二人はまた電車に少し乗った。
降りた駅を5分ほど歩いた先にそのお店はあった。
しゃれた外観のお店だった。
入り口にはメニューなどの看板はなく、両横に白い砂利が引かれている小道を歩くとドアがあった。
中に入るとほの暗い感じで、確かにお酒なども扱っていそうなおしゃれな感じがした。
店の人に案内されると個室に通された。
「ここは個室になっていて、ゆっくり過ごせるんだよ」
「ほんとそうですね。隠れ家的な感じ」
「先輩に連れてきてもらってね。気にいったんだ。といっても今日を入れてまだ二回目だけど」
玉山がメニューを見てまずワインを注文した。
それからメニューを見て料理をいくつか注文する。
店の人がワインボトルとグラスをテーブルに持ってきた。
玉山が丁寧な慣れた手つきでワインをグラスに注いでくれた。
「かんぱ~い」
敦子はいつもの癖でグラスを手に取ると、玉山にグラスをあてて声を出した。
玉山も慌ててグラスをもち敦子のグラスに当てる。
敦子は玉山が慌てて敦子のグラスに自分のグラスを当てるのを見て、初めて我に返り玉山にわびた。
「すみません。つい癖になっちゃってて。普段こんなおしゃれなところに来ていないので」
そう、敦子が飲みに行くといえば居酒屋ぐらいなのものなのだ。
敦子はまだ飲んでもいないのに、どうやらこの雰囲気に酔ってしまったらしい。
「気にしないで。かえってこんな店に慣れている方が心配だよ」
優しくも玉山がそういってくれたので、敦子はほっとしたのと同時にうれしくなった。
ふたりで料理をつつきながらワインを飲んだ。
程よく酔った敦子はさきほどの庭園でいえなかったことを玉山にいってしまっていた。
小池とカフェであったこと。
窓ガラスに自分の桜色に光った目が映ったこと。
それを見て小池が逃げたこと。
お酒の力が働いたのか、心の中のもやもやを吐き出すようにすべてしゃべってしまっていた。
玉山は、空になった敦子のグラスにワインを注ぎながら黙って聞いてくれていた。
「大変だったね」
「玉山さんは、私が怖くないですか?」
「怖くないよ。それに前見たんだよ、滝村さんが空飛んだとこ。あれを見た後じゃあ、目ぐらい光っても怖いと思わないよ」
その言葉を聞いて敦子はほっとした。
「でも見たかったなあ。桜色に光った目をした滝村さん」
玉山も顔色は変わっていないが、どうやら少し酔っているようである。
「ねえ、玉山さんって呼ばれるより名前で呼ばれたいなあ」
どうやら玉山は本当に酔っているようである。
「じゃあ竜也さん?でいいですか」
普段ならとても恥ずかしくて言えないことを簡単に言える敦子も相当酔っているようである。
「いいねえ。じゃあ僕もあっちゃんて呼ぼうかな」
もう滝村は完全に出来上がっているようであった。
顔が真っ赤になっている。
敦子も滝村からあっちゃんと呼ばれたせいで、飲んだワインが体中を一瞬で巡って、ほろ酔いならぬ深酔いしたせいかなんだかいい気持ちになってきた。
この後ふたりは、練習と称して何回も名前を呼びあった。
気づけば、この日敦子はグラス三杯ぐらい飲んでしまっていた。
帰りの電車で夜風に吹かれて、徐々に酔いがさめてきたふたりは、お互いに店でやってしまった名前の呼びあいを思い出してしまった。
そのせいでまたふたり酔ったように真っ赤くなってしまい、その顔をお互いに見あってふたたび赤くなってしまうという悪循環に陥ったのであった。
そうこうしているうちに無事アパートに帰り着き、敦子が部屋に入るときに玉山がいった。
「あっちゃんお休み」
敦子は転がるように部屋に入ったが、ドアの隙間から玉山がすこし見えた。
玉山の耳は真っ赤だった。