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47 ほっとしました その後映画に行きました

 次の日敦子が会社に行くと、なぜか更衣室がざわついていた。


 後輩の子たちがいてひそひそしゃべっている。

 敦子が挨拶すると、後輩の一人が話してきた。


 「滝村さん、昨日すごかったらしいですよ」


 「何が?」


 「小池さんです!夕方私物を取りに会社に来たそうなんですけど、一階のロビーですごい声を出しながら出ていったそうなんです」


 「そう...なの?」


 「しかもなにか訳の分からないことを叫びながらのようですよ。ちょうど会社に戻ってきた人の中で見ていた人がいたようで。びっくりしたっていてました」


 「そう...」


 「あの様子じゃあもう会社きそうもないですね」


 後輩の子たちは、そういって嬉しそうに更衣室を出て行った。


 お昼もランチの時にその話題が出た。

 いつものメンバーである奈美と結衣が教えてくれた。


 「あっちゃん聞いた? 昨日の小池さんの様子」


 「今朝更衣室で後輩の子たちから聞いたよ」


 「あ~ああの子たちね。結構怒っていたみたいだからね」


 「えっ~、何に」


 敦子が奈美に聞くと、結衣が代わりに答えた。


 「小池さん、ろくに仕事しないで定時になるとすぐに帰っていたんだって」


 「それにね、男性陣の受けがいいのを利用して、仕事怠けていたらしいのよね」


 「へえ~、それで後輩の子たちあんなにうれしそうだったんだ」


 「まあ女性と男性で、態度が違ったからじゃない?」


 奈美が吐き捨てるように言った。


 「奈美ちゃんもおかんむりね。無理もないけどね」


 「どうしたの?」


 「坂口さんにも粉かけてたらしいのよね」


 「あんな少ししか勤めていなかったのにすごいね」


 敦子が素直な感想を言うと、ふたり笑顔で言った。


 「やっぱり罰が当たったのね」


 「そうそう昨日の顔すごかったらしいわよ。あれじゃあ100年の恋もいっぺんに冷めるって感じ?」


 それからも奈美と結衣の二人は、喜々として昨日のロビーでの出来事をさも見たかのように話していた。


 敦子はほっとひと安心した。

 どうやら敦子を見て小池が逃げたのは誰も見ていなかったらしい。


 おかげで午後の仕事は、ずいぶんはかどったのだった。


 いつもの日常に戻った木曜日の夜、玉山から連絡があった。


 『土曜日ドライブいかない?』


 敦子は待ってましたとばかりに返信した。


 『ショッピング行きたいです』


 いつもごちそうになっているお礼を買いたかったのだ。

 本当なら敦子から連絡すればよかったのだが、なかなか恥ずかしくてできなかったので玉山からのお誘いは本当にうれしかった。


 『じゃあ映画を見てからはどう?』


 『いいですね』


 『時間はまた10時にしよう。お休み』 


 敦子はこの前買った洋服を着ようと思った。


 もう寝ようと思っていたときに急に思い出したことがあった。

 桜色の目を見た時から考えていた。

 あの桜色どこかで見たことがあるとずっと気になっていた。

 さっき玉山と連絡を取った時ふと頭に思い浮かんだ。


 「あの桜色、あのネイルの色に似ている」


 敦子は布団からむくっと起きだし、急いであのネイルを探した。

 箱からあの桜色のネイルを取り出す。

 明かりの下でよく見てみた。


 やはりあの時の光った目と色が似ている。


 キラッ____


 その時またネイルが光った。

 

 敦子は半ば確信した。

 このネイルを塗った時からいろいろ不思議なことが起こり始めた気がする。

 今度玉山にこのネイルを見てもらって、この前光った目の事も聞いてもらおうと思った敦子だった。


 土曜日が来た。

 敦子は、この前買った洋服を着て玉山の元へ行った。


 玉山はいつものさわやかな姿で現れた。


 「まず映画に行こうか」


 「いいですね」


 ふたりは電車で映画館へ向かった。

 映画館に着くとSFもの、恋愛もの、ホラーものいろいろ上映しているようだった。


 「どれにする?」


 玉山が聞いた時、敦子は一つの映画の予告ポスターを食い入るように眺めていた。

 それは、最近ヒットしている恋愛ものだった。


 「これにしようか」


 玉山は敦子の横に並んで、予告ポスターを眺めながら言った。


 「いいんですか?」


 「うんいいよ」


 そういって玉山は映画館のチケット売り場へ行ってしまった。

 

 あと5分で始まるというので敦子たちは慌てて会場に入った。

 席を見つけて座るとすぐ映画が始まった。


 映画は評判通り素晴らしかった。


 しかし涙なくては見れないもので、映画が終わって会場を出た時には敦子の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

 玉山もなんだか目がウルウルしている。

 普段見ない姿にキュンとなってしまった。

 目の下が赤くなっていて、それがまたそこはかとなく色気を漂わせており、玉山の顔を見た人は皆一瞬ぼ~となっている。


 その玉山が敦子の顔を見るなり、涙でぐちゃぐちゃの顔をハンカチで拭いてくれた。

 しかもなんとなく強くごしごし拭いてくれている。


 敦子は不思議に思い、自分で涙のあとを指でぬぐった。

 なにげなくぬぐった指を見ると、なんと指が黒くなっている。


 敦子は、あせって玉山に断ってトイレへと急いだ。

 急いで洗面所の鏡をのぞいてみた。

 あまりのひどさに自分の顔でありながら、思わず後ずさりしたくなった。


 なんと敦子の顔は、真っ黒い涙のあとがいくすじもついていて、ホラー映画ばりのメーキャップができていた。

 今日は、ちょっとでもかわいくしようと慣れないマスカラを塗ってきたのだった。

 玉山はきっとこの真っ黒いすじをとろうとしてくれていたに違いない。

 今ほど穴があったら入りたいと思ったことはなかった敦子だった。


 急いでメイクをなおし、普通の顔になって玉山の元へ戻った。


 玉山の顔は、先ほどの顔よりだいぶ赤みは抜けたが、まだ色香が漂っているようで、ちらちらと玉山を見ている人たちが多かった。

 玉山は敦子に気が付くと、先ほどのホラー顔の敦子を見ていたはずなのに、そんなことをおくびにも出さず満面の笑みで出迎えてくれた。



 敦子は改めて先ほどの自分のホラー顔を恨むのだった。

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