46 逃げていきました
敦子は窓ガラスに映った自分の光る眼を見て、小池どころではなくなった。
腰が抜けたようによろよろと腰をおろした。
「ひぃえぇ~~~」
と同時に小池が、音を立てて椅子から立ち上がり、叫びながらなかば転がるようにカフェの出口と向かっていった。
その声を聞いた小池と一緒にいた連れの人も慌てて席を立って小池の後を追うように出ていこうとした。
しかしながらカフェの出口にいた店員さんにつかまって、お茶代を支払わされていた。
店員さんも遠くから見ていたのか、なぜか敦子にお詫びしながら小池たちのテーブルの注文票を取りに来た。
もしかしたら小池たちの声が聞こえていたのかもしれない。
とうの敦子はといえば、それどこではなく呆然としていた。
しかし敦子としてもいつまでもここにいるわけにはいかない。
震える手で、バッグからコンパクトを出し、自分の顔を見た。特に目を。
しかし目は光っていなかった。いつもの黒い目だった。
足に力を入れてやっとのことで席を立つと、敦子もカフェを出た。
ぼ~と歩いていく。
いつもの街のにぎわう様子を見ていると先ほどの事が、なんだか夢のように思えた。
しかしあの小池の驚き方は普通ではなかった。
やはり自分が見たものを小池も見たのだろう。
ぼ~と歩いていたが、どうやら無意識でいつの間にか自分の部屋に戻っていた。
部屋の中に入って、手鏡を手に持った。
電気をすべて消す。
覚悟を決めて手鏡を見た。
部屋は真っ暗で自分の顔さえわからなかった。
もちろん目は光っていなかった。
自分でも緊張していたのか、安心したあまりしばらく呆然としていたが、電気をつけていつものように家事をした。
忙しくすることで、いろいろ考えなくてもいいようにした。
そうして夜寝る前のゆったりした時間となった。
部屋の隅には、今日買ってきた洋服が入った紙袋が無造作に置かれていた。
洋服を紙袋から取り出しクローゼットにかけた。
買った時の高揚感が全くなくなっていた。
ふと思い出したことがあった。
あの八頭身美人佐代子の言った玉山の金色の目の事を。
玉山は、自分の目が光ったことを知っているのだろうか。
今ここにいたらすぐにでも聞いてみたかったが、スマホを持ち連絡しようとしてやめた。
もし知らなかったら、びっくりするだろうし、敦子の事をどんな目で見るのかわからない。
痛い人だと思うだろう。
敦子だって、玉山似の人の事を夢で見ていたから、佐代子の言葉を信じたが、もし夢を見ていなかったら 佐代子を変な目で見たかもしれない。
そう考えると佐代子の婚約者さんはすごいなと今更ながら感心した。
敦子は悶々としながら寝ることにした。
さぞや眠れないだろう。
やっと寝ることができたとしてもまたあの夢を見るかもしれない。
その時には、是非にでもあの夢の中の女の人の目を見てやろうと意気込んでいたが、精神的に疲れていたのか、思ったより自分の肝が据わっていたのか、朝まで起きなかった。
よく眠れたおかげで月曜日にもかかわらず、すっきりした気分で会社に向かった。
しかし電車の中で重大なことを思い出した。
そういえばあの光る目を小池は見ている。
もし皆に言いふらされたらどうしよう、急に心配になった。
そう考えると会社に行く足取りも急に重いものになった。
不安が押し寄せてきたが、これも昨日しっかり睡眠をとったおかげかポジティブに考えることもできた。
いくら小池が人にいったとしても、実際この目で見なければ絶対に誰も信じないだろう。
言った本人小池が、変な人あるいは痛い人と思われるだけに違いない。
そう思うと心が軽くなり会社に行くときにはいつもの足取りになった。
更衣室に行くと奈美がいた。
「あっちゃん、おはよう~」
「おはよう~」
「金曜日笹川さんと帰ったでしょ、何か進展でもあった?」
奈美の顔がなんだかうずうずしていて、いかにも聞きたそうにしていた。
敦子は、一瞬何のことかとぽかんとした。
そういえば金曜日食事会の帰り笹川に送ってもらったのだった。
そのあとの出来事がいろいろありすぎて、奈美に言われるまですっかりそのことを忘れている自分に気が付いた。
奈美は、敦子のぽかんとした顔を見ていろいろ悟ったのだろう。
急に話題を変えてきた。
「あっちゃん、お昼持ってきた?」
「持ってきてない」
「じゃあ今日は、ランチのお店新規開拓をしよう。結衣ちゃんにいっておくね」
そこでお昼は、まだ行ったことのない店に行くということでふたり更衣室を出た。
お昼になり三人でランチの店に行こうとしたが、結衣がいつものお店にというので、近場のいつものお店に向かった。
席に着くと奈美が不満そうに言った。
「どうしたの? 結衣ちゃん。いつもなら新規開拓すごい喜んでくれるのに」
結衣は、なぜか喜々とした表情で敦子や奈美をゆっくり見ていった。
「だってそれより二人に聞いてもらいたいことができたんだもん」
「なんなの?」
奈美はランチの新規開拓にまだ心残りがあるらしく、結衣に不満顔で先を促した。
「あの小池さん、今日会社来なかったのよ」
「えっ___」
「どうしたの? あっちゃん、そんなにびっくりするところ?」
敦子があまりに反応するので、奈美が不審そうに聞いてきた。
「あっちゃん知ってるの?」
「何を?」
結衣は敦子に聞いたが、敦子のその答えに満足したのかゆっくりといった。
「小池さん、今朝ね人事に連絡があって、会社辞めるんだって」
「うっそ~?」
「まだろくに勤めてないじゃない。それでやめるの?」
敦子が驚きの声を上げた後、奈美が冷静に聞いてきた。
「人事の人が言うにはね、彼女本人からではなくて、代理の人かららしいの。もしかしたら専務本人か、夫人か。体調不良ですぐにでも辞めたいといったらしいのよ」
「体調不良って、金曜日彼女と会った時元気だったわよね~」
奈美は金曜日の事を思い出したのか、敦子や結衣に確認してきた。
「それがね~、元の会社の人に聞いた人がいたらしいんだけど、どうやら玉山さんに振られたらしくて、それで会社に行きずらいのか玉山さんに会いづらいのかそれが原因じゃないかって」
「玉山さんに振られたの~?よかったねあっちゃん!」
奈美はそれを聞いて満面の笑みで敦子に言ってきた。
「彼女、あのか弱そうな顔に似合わず、いろいろなところに彼氏いたらしいから、玉山さんに振られたのがよほど堪えたんじゃないっかていうのが元の会社の人たちみんなの見解らしいのよ」
「そうなの?彼女おとなしそうな感じだったのに、人は見かけによらないってこのことね」
奈美と結衣は、まだいろいろ言っていたが敦子はそれどころではなかった。
敦子は、二人に昨日の事を黙っていたが、たぶん自分のせいかもしれないと確信したのだった。
確信に変わったのは、帰りでの事だった。
敦子が仕事を終えて、ビルの一階のロビーに出た時だった。
なぜかあたりをきょろきょろしながら、向こうからやってくる人影があった。
その不審な動きをしているのは、なんと小池さんだった。
小池さんはその不審な動きのままこちらにやってきた。
敦子と目があった。
「ひぃえぇ~~~。でた~妖怪~」
ものすごい声で何やら聞き捨てならない言葉を叫びながら、走り去っていく小池の後姿を見送った敦子だった。




