19 昔話を聞きました
翌日敦子は、朝から、母親に借りた電動自転車に乗って、湖のほとりの神社にやってきた。
もう一度滝に行ってみたかったのだ。
自転車を広場において、ひとり歩いていく。
せっかくなので、先に神社でお参りをすませる。
裏の道を歩いて、滝の見えるところまで来た。
途端に強い風が吹いた。
滝の前に来ると、また昨日起こったような感覚を覚えた。
( 滝の流れる音がしない? )
そう思っていると、また何本もの水の縄が、敦子に迫ってきた。
あっという間に敦子は、水の縄のトンネルの中にいた。
懐かしいという気持ちが、昨日よりより強く湧き上がる。
ふと声がした。
『 あつ、待っているぞ。あつ、早く我の元へ。早く来い。 』
気が付けば、水の縄は、いつの間にか消えていて、滝の流れ落ちる音がした。
( 今のは、誰だったんだろう。‟あつ”って誰なの? ひどく懐かしいあの声は、誰? )
どのくらい滝の前にいたのだろうか。
「 滝村さん! 滝村さん! 」
後ろから声がした。
後ろを振り返ると、林が立っていた。
「 林君。 」
敦子は、林のほうに歩いていった。
「 広場に自転車があったから、来てみたんだ。 」
境内にいなかったから、ここかと思ったらしい。
自転車に母の名前が書いてあったので、もしやと思ったといっていた。
2人で、広場の方へ歩いていく。
「 それにしてもびっくりしたよ。さっきは、いくら呼んでも返事がなかったからさ。 」
「 そうなの。気が付かなかった、ごめんね。 」
敦子は、一応謝っておく。
「 今日は、どうしたの? 」
「 昨日の水柱で、この神社に興味持ったから、またなんだかきたくなったの。 」
「 そうなんだ。僕は、てっきり滝にでも身を投げるんじゃないかと思っちゃったよ。振り返った時もなんだか深刻そうな顔だったし。なんかあったの? 」
「 ううん、別に何にもないよ。ただ・・・ 」
「 ただ? もしかして失恋でもしたの? 」
「 やだぁ、林君でもあるまいし、そんな恋バナなんてないよ。あっ、ごめんね。 」
言い過ぎたと敦子は、慌てて謝った。
とうの林といえば、なんだか苦笑いをしていた。
「 みんな知ってるんだな。自分が失恋したからって、ほかの人までそう思うなんて、しょうがないな。 」
「 大変だったね。 」
敦子は、なんと言葉をかければいいのかわからなかった。
「 林君は、どうしてここへ来たの? 」
「 う~ん、一人になりたかったからかな。家で普通にしてても、みんなに腫れ物に触るようにされて、なんだか息苦しくて。まあこうなったのも自分が悪いんだけどね。 」
林は、湖を見ながらいった。
敦子も横に並んで湖を見た。
「 林君てこの神社の由来とかなにか知ってる? 」
「 えっ、あ~あ、言い伝えなら知ってるよ。前に郷土史を研究している人に聞いたんだ。 」
「 なに? どんなもの? 」
林は、話し出した。
昔この湖のほとりに一人の少女がいた。
その子の家は、代々湖と滝にいるという竜を静めるという舞を舞う一族だった。
当時は、滝の下に祠があった。
その少女は、毎日毎日祠に来ては、お参りしていた。
竜は、毎日やってくるその少女を見ていた。竜は、もう長いことその場所にいた。
なぜいるのかもどこから来たのかも忘れるくらいに。
そんな竜は、毎日お参りしてくれる少女と話してみたくなった。
ある日の事、その少女の前に姿を現す。
人の形をとって。
しかしやはり竜だけあって、とても見目麗しく、人間とは思えないほどの姿かたちをしていた。
少女は、はじめびっくりして慌てて逃げ出したが、やはり次の日もお参りにやって来た。
そうして少女と人の形をとった竜は、交流していった。
最初こそびっくりしたものの、慣れてくれば恐ろしくない。
少女は、毎日の生活、家族の事など他愛もないことを竜に話した。
一方竜も、少女の話す他愛のない話を聞くのが、楽しかった。
最初に竜が、ほかのものに決して話してはいけないといったので、少女は、約束を守って、誰にも竜の事を話さなかった。
しばらく交流の続いたある日のこと、少女が、突然来なくなった。
毎日毎日竜は、待っていたが、少女はやってこない。
こうして待っていると、10日ぐらいたって、やっと少女がやってきた。
聞けば、山を越えた隣の村まで、一族皆といってきたらしい。
というのも山を越えたその村にも、湖があったが、日照り続きで、とうとう湖の水が干上がってしまったとのこと。そのため雨を降らせるために、その村で、舞を舞ったのだといった。
竜は、久しぶりに見る少女をもう、どこへもやらせたくなかった。自分が少女にどんな感情を持っているのかわかってしまった。
竜は、自分の分身ともいえる竜玉を少女に渡した。
何かあれば、これを使うようにと。これがあれば、どんな願いも一度は、かなうと。
竜玉は、少女の手のひらにのるほどの大きさだった。
少女は、それを大事そうに家に持って帰った。
それをはじめに見つけたのが、少女の母親だった。
毎日出かける少女をいぶかしく思っていた。
どんな雨の日でも、寒い日も暑い日も出かけていくわが子が心配で、後をつけた日もあった。
しかし滝のところに来ると、ふっと少女が消えてしまった。
びっくりして、慌てて名を呼び、探していると、どこかから声がした。
慌てずとも、また返すと。それは、まさしく母親には、神の声に感じた。
ずっとその場で待っていると、しばらくたって、少女がどこからともなく現れたのだった。
だから少女が、その竜玉を持って帰ってきたときには、少女にきつく言った。
これは、誰にも見せてはいけないよと。
竜玉を入れる袋を作ってもらい、少し大きすぎるが、首からかけることにした。
決して見えないように、着物の中に入れておいた。
それから、少女が、大人の女性になるころ、ここ一体に大干ばつが起こった。
まさしく千年に一度といわれるほどの干ばつで、滝の水も少なくなり湖の水も干上がっていった。
農作物は枯れ、みな生活に困るほどになっていった。
少女も、どんどん顔色が悪くなっていく。
竜は思った。
この竜玉で、何とかしよう。自分がこの世から消えても少女を助けよう。
竜は、少女にいった。
『 我に竜玉を返せ。 』
長く一緒にいたせいだろうか。少女には、竜が、しようとすることがなぜかわかった。
同じように竜にも皆を助けたいという少女の願いがわかった。
『 いつまでも一緒にいます。 』
この願いが通じたのか、少女が竜玉の中に吸い込まれていった。
竜は少女が吸い込まれた竜玉をもって、天に昇っていく。
人々が、空に昇っていく竜を見上げると、竜の手には、しっかりと竜玉が握られていた。
もう少しで竜が見えなくなるというころ、急に空いっぱいにまぶしいほどの光があふれ、空に雲が湧き出て、雨を降らせた。雨は、あちこちの湖の水が、いっぱいになるぐらいまで降り続いた。
皆は、それを見て、竜のおかげだと喜んだ。
しかし、その日を境にある一族の少女が、突如としていなくなった。
母親は、泣くばかり。
父親が、やっとのことで聞き出せば、少女は、竜と空へ上ったのではないかと。
そこで、父親から話を聞いた村の人たちが、ここにお社を立てて、竜の住んでいたとされる滝と湖をご神体とした。
そう林は、話し終えた。
「 なんだか、切ないような、悲しいような、話だね。 」
敦子は、林にそう言った。胸がつきっとした。




