10 初めてお食事に誘われました
「もうしばらくは空を飛ばないほうがよさそうだね」
「......そうですね」
あんなに有名になってしまっていては、いつ顔バレしてしまうかわからない。
玉山の言うとおり、しばらくは空を飛ばないほうがよさそうだ。
敦子が、深刻な顔をしていたからだろう。
「ねえ、もうお昼だしどっか食べに行こうか」
「えっ~」
「僕と一緒に行くのいや?それとも一緒に行ってはいけない訳でもあるの?彼氏がいるとか?」
「......そんな人は、いないんですけど...」
まさかあなたの顔がイケメン過ぎて、目立ってしまうからとは言えない敦子だった。
「じゃあさ、口止め料として一緒に行ってよ。一度部屋戻るから支度できたら、うちのインターホン鳴らしてね」
そういって玉村は、部屋を出て行ってしまった。
敦子は展開のはやさについていけなかったが、現実にもどると慌ててしまった。
「急いで支度しなくちゃあ」
今着ている洋服は、よれよれの部屋着である。
さんざんな格好を見せてしまった敦子としては、どうとにもなれという気持ちだった。
普段の敦子だったら、あんな目立つ人と一緒に行動するなんて考えもしなかっただろう。
洗面所に飛び込んで軽く化粧をした。
そうなのだ。すっぴんで玉山さんの前に出ていたのである。
「あ~あ、なんで寝ちゃったんだろう」
女心としては、少しは身ぎれいにしておきたかった敦子だった。
とはいえ、嘆いてばかりはいられない。
急いでクローゼットを開けて洋服を選ぶ。
少しはまともなものをということで、数少ない洋服の中からお気に入りの水色のワンピースに薄い白いカーディガンを羽織った。
もう一度姿見で確認してから、玄関に行きローヒールを穿いて外に出た。
少し緊張しながら、お隣のインターホンを押す。
すぐ玉山が出てきた。
先ほどのコーヒーのシミのついた洋服から、別なものに着替えている。
「すみませんでした。あのお洋服シミになっちゃいませんか」
「大丈夫だよ。自分でも時々染みつけちゃうことあるしね。それよりずいぶん早かったね。急がせちゃったかな」
イケメンな玉山は、会話もスマートだった。
これじゃあもてるよね~と思ったら、なぜか先ほどの緊張が少し溶けた気がした。
ここまで素敵な人だと、かえって緊張しなくなるのかもしれない。
自分は玉山にとって、あまりに恋愛対象から外れているもんなあと、自虐的に思った敦子だった。
2人で、歩き出す。
「どこ行こうか。おすすめある?」
「いえ、あまり外食しないのでお店よく知らないんです。会社の周りの友達と行くお店ぐらいしか」
「そうか、なら少し遠出してもいい?」
玉山は1階横にある駐車場まで行った。
「ちょうど行きたいところがあったんだ。車でドライブしながら行こう」
玉山は一台の車の前で止まった。
白のおしゃれなセダンだった。
車の事がよくわからない敦子でも、かっこいいおしゃれな車だと思った。
玉山によく似合っている。
「乗って」
さりげなく助手席のドアを開けてくれて、敦子は乗り込んだ。
玉山も運転席に回って乗り込む。
すべてがスマートすぎて、恋愛経験のない敦子にとってはまさに漫画しか見たことのないシチエーションに、思わず心臓が小躍りしてしまった。
「会社に行くには車必要ないんだけどね」
まっすぐ前を見て運転しながら玉村は言った。
敦子はつい声のほうを向いてしまい、玉山の整った横顔を見てしまった。
(かっこいい!こんな機会二度とないから、今日は楽しもう)
2人の乗った車は、どんどん景色が変わっていった。
そしていつのまにやら、海が見えるところまできていた。
車内は、玉山が好きなんだろう曲が小さく流れていた。
会話はほとんどなかったが、敦子には心地よく感じるのが不思議だった。
そして今度は細い道を登っていく。
登った先には白い瀟洒な建物があった。
建物の入り口には看板がなかった。
「ここなんだけど」
玉山に言われて車を降りる。
玉山が先に建物に入っていく。
敦子もついていくが入ってびっくりした。
高台に建っているせいか、正面に、大きなガラス張りの窓があり、太陽にきらきら輝いている海が見える。
係りの人が来た。
「いらっしゃいませ。玉山様ですね。本日は2名様ということでご予約を承っております」
係りの人が先に歩いていく。
そして廊下を通り部屋に案内された。
部屋はこじんまりとしていて4人掛けのテーブルが一つ。
部屋にも大きな窓があり、きれいな海が見えた。
「素敵なところですね」
係りの人が出て行ったあと、敦子は感想を言った。
「この前初めてきて結構気に入ったんだ」
敦子はこの前来たという言葉を聞いて、なんだか胸が少しちくっとした。
しかしその痛みは考えないようにした。
「苦手なものある?」
「いえ、なんでも食べます」
「そう、よかった。ここシーフードがおいしいんだよ」
「ここって看板もないんですね」
「そう、予約した人しかダメなんだ」
そういっているうちに、お皿を持った人が入ってきた。
イタリアンで、前菜からデザートまである本格的なものだった。
見た目にもきれいで、敦子も今まで食べた中で上位に入るおいしさだった。
玉山の会話もさりげないもので、敦子も緊張せずに話せた。
係りの人がデザートを運んできたとき、後ろから男の人が一緒に入ってきた。
「こんにちは。料理いかがですか」
「とってもおいしいです。見た目もきれいですね」
「そうですか。よかった」
男の人が敦子のほうを見ていった。
「今日は急だったのにありがとう」
「いや、大丈夫。それにしてもびっくりしたよ。竜也が女性を連れてくるっていうからさ」
「彼は、小学校からの友人。野波君。ここのオーナーなんだ。いくつかお店を持っていてね。こちらは、滝村さん」
「初めまして」
「初めまして」
玉山が紹介してくれた。
「竜也は、この通りの見た目でしょ。なのに全然女っ気がなくて。みんなで心配してたんですよ」
野波といわれた男性は笑いながら、敦子にいった。
敦子はなんて言っていいかわからず、愛想笑いをするしかなかった。
「じゃあ、ごゆっくり」
野波はそういって、部屋を出て行った。
「彼とは小学校からの友人で気が合ってね。彼の親御さんが、いくつかビルを所有していて、彼もそれに携わっているんだ。まあここは、完全に彼の趣味で出来たものなんだけどね」
「そうなんですね。お料理はおいしいし、雰囲気もあって、素敵なお店ですね」
「僕もこの前、初めて連れてきてもらったんだ」
今テーブルにあるデザートも、とてもきれいに盛られており、見た目だけでも十分満足できるものだったがとにかくおいしかった。
帰るときには、彼が敦子も払うというのを制して、カードで支払ってしまった。
野波は言った。
「夕日が沈むときにもきれいなんですよ。あと月が海に輝いているのもおすすめです。またぜひ来てください」
敦子は、だまって微笑んでおいた。
心の中で、いつかまた来れるといいなと思いながら。