3話
トイレに籠もってすぐスマホを見る。すぐ行きますとだけ書かれたメッセージは10分前のものだ。気づいてくれたことにほっとしながら、MAPアプリを起動する。
駅からここまでと、店の周辺がわかるようなMAPの写真を撮って送った。これなら助かるかも!
ジリジリとしていると、ガタンとドアのすぐそばで音がした。
鍵を開けてそっと外をみようとした。うん、全然開かない。
周囲をみるけど窓は狭くて出られないし、どうしたらいいんだろう?
武器になりそうな物は掃除用具くらい。お腹を壊させるくらいは出来ると思うけど、今すぐここから逃げるにはちょっと役に立たなさそう。
外ではなにか大きな音がしている。言っている言葉は全然聞き取れない。
「川田くん、助けて……」
自分でもわかる、半泣きだ。だって涙が溢れそうになっている。
東京に来て二日目で死にかけるか、同じくらいヤバイ状況に追い込まれるなんて、わたしはなにかしたんだろうか。
試される大地なんて言われてるけど、北海道は平和だったんだね、気づかなかったよ。
「やっと見つけた。大丈夫ですか?」
必死に涙が流れないようにしていると、いきなりトイレのドアが壊されて、いつもどおりの川田くんが見えた。
ドアの破壊音が大きくて、驚いた拍子に涙が全部ひっこんでしまったのはわたしのせいじゃないと思う。
店に戻ると、スタッフは誰もいなくて、木下先輩がぼーっと椅子に座っていた。
「何があったの?」
川田くんは振り向きもしない。
「なにかを気にしている場合じゃないですよ。行きましょう」
確かにそうかもしれない。後で聞けばいいよね。
怖かったけど、会社に戻った。
ノートPCを置いてきてしまったから不安だったんだよね。呑むなら置いていこうと思ったんだけど、まあ良かったかもしれない。
「そう言えば、よく会社に入れたね。鍵開いてた?」
鍵、持ってますからと手に持っているのはいろんな鍵が収まったキーケース。やっぱりおかしくない?
でもそのおかげで助かったから突っ込まないことにした。
ノートPCと拳銃と分厚い本が入った鞄を肩にかける。むっちゃ重い。
「木下先輩はどうしちゃったのかな。ここを出るまでは普通だったのに。首は痒そうだったけど」
出入り口にいる川田くんから呆れたような声がした。
「なんでついて行ったんですか?気づかなかったんですか」
キミみたいに察しよくないんです。癒やしの女神様があんなことになるなんて普通思わない。
「だって、女子会出来そうで嬉しかったんだもん」
今思うともうちょっと警戒してもよかったかもしれない。
「ああ、そう言えばここでこんなメモを見つけましたよ。見るのはここを出てからにしてください。早く出たほうがいいですから」
渡されたメモをジャケットの内ポケットに入れて外に出た。
「今日はありがと。また明日ね」
途方に暮れながら歩き出そうとしたら引き留められた。
「先輩の家に戻ったらどうなるかわかりませんよ?」
なんてこと言うのかな、この人。
「じゃあどうしろって言うの?他に帰るところなんてないし、北海道に戻るお金もないよ?」
口にしたらなんだか情けない気持ちでいっぱいになった。泣きたい。
「僕の家に行きましょう。車ありますから乗ってください」
……えっ。準備いいんだね?
後部座席に乗って、メモを見る。
“奴らは宇宙からやってきた。昆虫は樹木の中で孵化して、脳に巣くう。
殺したほうがいい。静山ゆかりは昆虫を育てている、大山秀一は昆虫を支配しようとしている、山田和子はもう憑依されている”
なんだか納得がいったようないかないような。
「これ、誰のメモ?」
車の天井近くにある取っ手に掴まる。川田くんの運転はちょっと荒い。なんとなく急いでいる感じがする。
これ、酔いやすい人なら気持ち悪くなるんじゃないかな?
「佐藤さんの残した資料に挟まってたんですよ」
そう言えば資料整理してたよね。
「これ、本当だと思う?山田さんって鬱病で辞めた人だよね」
これが本当なら間違っても山田さんに会いに行かないほうがいい。
あと、わたし逃げられない。トマト夫人は夢まで追ってくるし。きっとあの夢は本当に追ってきたんだと思うし。
北海道に帰って夢でトマト夫人にあっても、きっと誰にも助けてもらえない。
「本当だと思いますよ。先輩だってわかっているんでしょう」
嫌です。理解したくないです。
「……わたし、なにかしたかな」
溜息が出る。疲れたし、近い未来が不安すぎる。
なんだかすっごく背が高いマンションに入っていく。え、これ何階建て?
エレベーターで結構上がった気がする。えっ、どういうこと?
ぽかんとしながら部屋についた。
「すっごく汚い」
助けてもらって、しかも泊めてもらうのに言うことじゃないけど、絶対洗ってない服とかがそこらへんに散乱しているのはどうなの。特に下着。
誰か来る予定がなかったのはわかる。でも片付けようよ……。
キッチンはゴミ袋はあるけど食器がない。使った形跡がほぼほぼ無い。
極めつけに、やつはこんなことを言ってきた。
「あ。この服とかまだ奇麗な方なので着てください」
わたしは無言で汚れた服を纏めた。キレイとか言われたのも一緒に。
「近くにあったよね?買いに行くよ」
返事は聞かずに靴を履く。
「外に出たら危険ですよ?ここは誰にも知られていませんし、大丈夫ですけど」
だからなんでそんなに用意周到なの?助かるけど。
「でもね?わたしは汚い服は遠慮します。見つかってないならいいよね」
えぇー。とか言われても拒否したい。
「仕方ないですね……考えたらご飯もないですしね」
なんにもないじゃないですかー。彼女できないよ?川田くん彼女できなかった説がわたしの中で浮上した。
家にあげた途端に別れを切り出されそう。
買ってきたお惣菜とご飯を食べながら、今日あったことを話す。
セクハラから始まる恐怖体験。セクハラ体験はまだまともな方だった。もう受けたくないけど。
「部長の机に虫がいたんですか?」
もう思い出したくないけど説明した。思い出して思わず身体が震える。
「うん……なんか釘っぽいのが刺さってたけど、アレは絶対生きてたよ」
箸を置く。食欲さんが全滅しました。食事時にするんじゃなかった。川田くんは普通に食べてるけど。
「なら、今奪えば部長の力を無くすことができそうですね」
893系統は残りそうだけどね。
「少なくとも洋館からは手を引けそうだね」
そうしたら、平和に仕事できそう……でもないかな?セクハラ力は消えないし。
「じゃあ、行ってきますね」
えっ。今から?
「今しかチャンスはないと思いますよ?」
エスパーですか?
「全部顔に出てます……留守番しててくださいね?外へは行かないでください」
秘密のおうちだもんね。
「わかったけど、家探しするかもよ?」
はいはいと適当な返事をして行ってしまった。
The・宝探しターイム!
本当にやるよ?川田くん、怪しすぎるもの。
エロ本発見したくらいなら知らないふりしてあげるから。
目的はそこじゃない。彼の正体暴きである。
いろんな人が誰も怪しすぎて、川田くんさえ実は人間じゃないのでは…?なんて考えてしまう。
自分の安心のためだ。割とだめな理由なのは自覚してる。
でも、彼が人間で、ただのオカルトマニアだっていう確信がほしい。だからごめんね川田くん!
しかし、4LDKとかどうなってるの。本当に興味だけでバイトしてるんだね。お金持ちはやることが違うな。
んん!クローゼットか……汚い服だらけだったらどうしよう。
でも好奇心が勝って開けることにした。使われていない服が詰め込まれているので安心して近くにどかす。
「……土星?祭壇作るほどのアイドル?天体好きの土星推し?」
土星の写真が祭壇に飾ってあった。川田くんのことが本当にわからない。
なんだかエロ本以上に見てはいけない物を見てしまった気がして、丁寧に元に戻した。こう言うのは得意です。
結構時間が経ったみたい。鍵が開く音がしたので出迎えに行くことにした。
「おかえりなさい……どうしたのその怪我!」
服の前が赤黒いんだけど!?後ろは大丈夫そう。
「大した傷じゃないですよ」
そんなこと言っても玄関に座り込んでる時点で信用できない。
なんとかドアを閉めることができるくらい彼が入ったので、慌てて薄手のシャツの中からきれいなものを選別して水に濡らす。
服を脱がして身体を拭いたら確かに傷は軽そうだったけど、じゃあどうしてあんなに血がついていたの?
取り敢えず大丈夫そうなので、買ったばかりの服を渡す。川田くんが持って来た袋は絶対見ない。見ないったら見ない!
見ないって言ってるのに。
『ココカラ出セ出セ出セピンヲヌケダセヌケヌケヌクケケケケケケ』
話しかけてこないでよぉ!
「ねえ川田くん。悪いけどそれ煩いからどこかやってくれる?頭おかしくなりそう」
部屋の隅っこで洗濯物の山に隠された。あそこには近づかないでおこう。声も聞こえなくなったし。
「そうでした。先輩、早見部長から貰った本があったでしょう?見せてください」
もう寝ちゃいたいけど、そうもいかないみたい。そう言えば約束してたよね。
「これ、除霊術の本ですね。読むので静かにしていてください」
じょれいじゅつ?なにそれオカルト?
もしかしてガチですか。川田くんが好きそうだね……。
彼の読書中は仕方ないから今まで調べたことでも振り返るかな。
メモ帳を眺めてみると、“ルギハクスの来訪者”という単語が目に入った。なんだっけこれ。
「あ。トンデモ本か」
ノートPCを開いて調べてみたら、なんか会社で見た虫のことに見えてきた。あ、今はあそこで洗濯物に埋もれていますね。
シャン?シャガイ?そういう名前なのかな。どうでもいいや。詳しくは確かめたくない。怖いし。
川田くんはまだ読書中みたい。まつげが長い。こうしてるとイケメンなんだけどな。
恋愛とか興味なさそう。……もしかしておとk……おっと。これ以上は考えないでおこう。
動き出すと残念なっていう称号がつくよね、ほんと残念です。やる時はやるけどねー。
フレーズが浮かんできたのでMIKUさんを起動してすばやく操作する。無調声だけどあとで直せばいいし。
そんなことをしてるとどうやら読み終わったみたい。こっちもノートPCを終了させた。
「さて。作戦会議しましょうか」
なにかするの?
「まず、この本の呪文を覚えてください。虫にあったときに役立ちます」
マジですか!教えてくれるみたいだし、それは覚えておこう。しかし除霊とか陰陽師みたい。ちょっとウケる。
平安時代からこんなの相手してたりして……あれ?割と笑い事じゃないな?
「聞いてます?ちゃんと覚えないと危ないですよ?」
あ。いけないいけない。
「大丈夫。ほら覚えたよ?」
復唱した内容に満足そうですね、川田先生。
「それ、一晩かけるやつなんでがんばってください」
なんですとー!なにそれ12個の国がある小説みたいな設定。折伏って言ったっけ?マジですか、そうですかー。
「あと拳銃ありましたよね。持ってますか?」
あるけど何に使うの?でも聞きたくないからいいや。
「では、作戦ですけど。まず木下さんを呼び出しましょう」
えっ。明日じゃだめ?
「虫……シャンは夜が活動時間ですから、昼間は木下さんも普通だと思います。いいですけど、昼間から除霊は目立ちますよ?」
デスヨネー。今からやるしかないのかっ。
「昼だからと言って何もないとは限りませんしね」
うう。わたしもそう思う。
仕方がないので、さっきのお詫びとして飲みに誘うことにした。
なんで秒で返信が返ってくるんだろう。怖すぎる。
上野の駅で待ち合わせたわたし達は、そのまま誰もいない路地まで移動した。木下先輩は疑問に思っていないのか、黙ってついてきている。
川田くん、見えないけど付いてきてくれてるよね?
「ねえ、木下せんぱ……」
振り向いたら彼女の顔がすぐ近くにあった。
わたしは慌てて飛び退きながら呪文を唱えると、木下先輩はその場で叫び声を上げだした。超怖いです。
銃を鞄から出しておく。もちろん先輩を撃つ気はない。
「ね、ねえこれどうしたらいいの」
集中しろって言われてるからこれ以上は発言できない。
「そのまま頑張ってください」
そんなー。せめてお高いドリンク剤を奢ってください。
仕方なく木下先輩を見つめ続ける。早く女神様に戻ってください!
あれ?今まで先輩の頭の上になんか乗っかってたかな?あれ??
黒くて、形はてんとう虫に似ている気がする……
恐ろしくて、シャンに向かって思わす撃ってしまった。銃なんて持ってるんじゃなかった!
弾はどこかの壁に当たって、そのまま埋もれてしまったみたい。危なかった……。
当然わたしの集中は切れてしまって、木下先輩は倒れてシャンがこっちに飛んでくるのが見える。
「やだやだやだぁ!」
鞄を捨てて、生まれて初めてスライディングした。とても痛いけどそれどころじゃない。痛みにかまってたら死んじゃう!
自分の中ではこの上なく素早く立ち上がった。ここからどうしよう。
「先輩!もう一度撃ってください!」
それしかないアドバイスが届く。
「君無茶言うね!?」
でも川田くんに渡す時間がない。つまりやるしかない。
見たくないけど、銃を両手で持って狙いをつけた。
集中すると身体の震えが止まってきた。
当たれ。
呼吸を止めて引き金を引く。
お腹に響くような音がして、シャンの身体が半分弾け飛んだ。
「あ、当たったよぉ……」
深いため息をついた。ふらふらしながら途中で鞄を拾って銃をしまう。水島さんありがとう!とても助かりました。
ふとシャンの方を見るとグズグズと溶け出していたので見なかったことにした。
「ねえ川田くん、木下先輩は大丈夫なの?」
それが一番心配です。
「大丈夫ですよ。木下さんはこれで解決ですね」
ああ、よかったあ!!
「先輩気絶してるし、家まで送って行かなきゃね」
微妙な顔して川田くんがわたしを見た。
「ええ、そーですね」
?なんなの??
「どちら様ですか」
川田くんの運転で木下先輩の家まで行く。
予想してたけど大きめの家だ。そして、インターホンを押したらひっくい声の男性が出てきた。コレは木下先輩のお父さんだね!
「夜分遅くに失礼します。牟田川出版の十二原と言います。木下先輩と帰ってたんですけど、途中で倒れてしまって」
自分でも苦しい言い訳に感じる。でも本当のことはもっと信じてもらえない自信があるし!
「娘を渡してもらおうか」
あ、はい。
「まあ、入りなさい」
あ、あれ?このまま帰ろうかと思ったんだけど……まあいいか、な?
お茶を頂いて、世間話をしているとインターホンが鳴って木下先輩のお父さんが出迎えに行った。
なんだろこの状況。嫌な予感がする……。そして予感は正しかった。
木下さんのお父さんと一緒に現れたのは、警官だった。
「刑事さん、こいつらが気を失った娘を連れてきたんです」
あ。刑事さんだったみたい。……えっ。何この状況!?
「まあ、どういうことだか説明してもらえますかね?」
これはやばい。無実だけど、いま川田くんの車を調べられたらわたしの鞄に拳銃が入っていることが知られてしまう。
人生で一、二を争う危機的状況だこれー!水島さんのばかー!
「えっと。わたしは牟田川出版の十二原と申します。彼は同じく川田くんです」
考えるんだっ!信じて貰わなきゃわたしが社会的に死んでしまうっ!
……あ。このおじさんもしかしてあったことある!
「あの、刑事さん。今日の午前中に牟田川出版までの道を教えて頂いた者です」
その時電話で連絡されて、出たのが木下先輩だったはず!
「ああ、あの時の!いやあ、奇遇ですな」
刑事さんの顔が和らいだ。あの時に名刺も渡しているし、話の流れで免許証も見せている。
なんとか信じてもらえて、刑事さんが説明してくれて事なきを得た。
家の外へ出て刑事さんと別れる。ああ、緊張したー!!
「木下先輩のお父さん、あんなに疑わなくってもいいのに酷いよもう」
川田くんがやれやれという顔をしている。全然助けてくれないよこの人……。
まあでもこれで今日は眠れそうなのかな。明日は土曜日だし、寝坊しようそうしよう。
「じゃあ、帰ろっか」
いろんなことがあり過ぎたけど、今はあまり考えたくない。正直寝るのも怖いけど考えない。
今は生き延びて、そして逮捕されなかったことを喜んでおこう。
わたし達は川田くんの車に向かって歩き出した。




