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天然(7)

「マリナちゃん」


 ヨシオが彼女の名前を呼ぶ。恐がっているのだろう、ビクッとして上目遣いに俺達を見る。


 ヨシオは彼女の目線にしゃがみ、そしてそっと抱きしめた。突然のことにまた戸惑う西条マリナ。


「ーー頑張ったね」


 彼女の耳元で囁くその声はまるで親身に、親切に、温厚に、温和に、寛容に、寛大に、慈悲に、慈愛に、そんな感じだった。


 あまりにも以外で優しいその一言に彼女は崩れた。一筋の雫が頬をつたうと、それに伴い彼女の心から色々な思いが溢れ、涙が止まらなくなって……


「恐らくマリナちゃんには過去にどうしようもなく耐えられない経験があったんだろう。逃れるために人格を作った。でも今となっては逆にそれが仇となり、苦しんでるんじゃないかな? 電話での会話やここに来てからの態度、そして多重人格の事実を知って分かったよ。多分、友達も出来ずに……」


 まるで彼女の過去を知ってるようなそんな言い方。


 辛かったね、苦しかったね……


 しかしその言い方は決して他人事のようには聞こえなかった。気付けばヨシオも彼女と同じように涙を流していた。


 俺はなぜか恐怖を感じた。これは果たして同情して流した涙なのか? 悲惨、無惨、凄惨、惨憺、本当に彼女のことを思って泣いているのか? ヨシオの涙そのものが演技だとしたらそれは才能以外の何者でもない。


ーーさっきまで殺すとか言っといて……


「小さい頃わたしは虐待を受けました。これにより新たな人格が生まれました。でも人格のせいで周りからは気味悪がられ石をぶつけられゴミ扱いされました。ある時は珍種の動物を観察するようにジロジロ見て、笑いものにされました。両親はいません、わたしを残してどこかへ消えました。残されたのはわたしの中にいる彼らだけ」


 トラウマと言ってもいい辛い過去を淡々と話す。 


「わたしは友達が欲しかったです。誰でもいいから助けて欲しかったです。そんな時HEKAKINの動画を見ました。言う通り出てきました。だって、友達が欲しかったから」


 あ……と思い出したように、

「ごめん。あの動画は偽物なんだ」


「ニセ……モノ……?」


「でも決して騙したわけじゃない、僕達の本当の目的はCfの所有者殺害じゃない、所有者同士で世界を良くしようと集めるんだ」


 また都合のいい嘘を言ってる。


「世界を良くする……ですか?」


 力強くポンッと彼女の肩にヨシオの両手。


「そう、世界を良くする。平和にする。今の世の中は自分のことしか考えない馬鹿ばかり……ねぇマリナちゃん、僕達と共に世界を変えようよ。この世界を平和でいっぱいにしようよ」


 その両手をつかみ床に置く。


「……でもさっき言いましたよね? わたしのこと殺すって、決定事項だって」


「さっきのは嘘。君が何か隠してる感じがしてね、だから少々強引に言ってみたんだ」


「……でもわたしが多重人格だって知った時気持ち悪いとか思いませんでした?」


「なんでだい? どこが気持ち悪いんだい? こんなに可愛いのに」


 可愛いと言われて嫌な顔する女子はいない。照れ臭そうに顔を赤らめる。


「実は一目見た時から君のことが気になってたんだ。守ってあげたくなった、愛おしく思った、抱きしめたくなった、だから抱きしめた」


「多重人格だと知って抱きしめたくなった……なんて、おかしな人ですね」


 当然さ、だってーーそう言うヨシオは彼女に改めて向き直る。




「ーー僕は君に恋をしたんだ」




 不意に2人の唇が重なり合う。


 重なり合って溶け合って……彼女は急に恥ずかしくなったらしい、顔を背けようとする。


 しかし、ヨシオはそれを許さない。逃げようとする彼女をぎゅっと抱き、情熱的なディープキス。見ているこっちも恥ずかしくなる。

 

「……僕と一緒に来てくれるかい?」


 ただ素直に頷く西条マリナ。


「イイコだ」


 頭にポンポンと手を置き、頭をなでなでとしてあげる。恥ずかしそうに嬉しそうにしている西条マリナ。


「ヒラク君、今日からこの子は僕達の仲間だ。ちゃんと名前を呼んであげるんだよ? マリナちゃんって」


 『マリナちゃんって言え』そういうことだろう。


「……マリナちゃん。よろしく」


「はい、ヒラク様」


 ……しかしヨシオは本当にマリナちゃんのことが好きになったのか? いや、多分違うと思う。

 


ーーマリナちゃんはヨシオの手に落ちた。こんな風に可愛い可愛い言って、ミホもヨシオの虜になったんだろうか


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