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この僥倖と、憂愁を  作者: くゆる
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第1章 1話 -昼下がり-

 ――偉大なる五人の古代賢帝が現在の魔法界・コンティの基盤を作られたのは、今から約3500年前になります。彼らはこの世界の次元とは異なる軸から我々の軸へ訪れ、この次元に空間を創世したとされています。この五人の賢者はオリジンと呼ばれますが、その各々の消息を知るものはおらず、コンティの繁栄を見守るかのようにその姿を世から消していったといわれています。

彼らのそれぞれは、(きょ)なる者、(つい)なる者、(けん)なる者、(さら)なる者という異名でも広く知られており、信仰の対象とする地域もあります――



 ぱらぱらとページを(めく)る音だけが室内に響いている。アンティーク調の家具で(まと)められた茶と白の落ち着いた色合いの部屋は、差し込んだ()を受けて、その色を明るく(にじ)ませた。部屋に置かれたベッドや本棚、照明器具などの家具には、どれも品格が漂っている。

 シックなテーブルに置かれた何十冊もの古書を前に、難しい顔をしているのは、(よわい)十二の少年。この部屋の主である。椅子の肘置きに頬杖をつき、片側に重心を寄せて退屈そうにしている。彼の目線はじっと見開いた本に向けられてはいるが、彼の目は文字通り、()()()()()()()()()()だった。

 少年の座った椅子の一歩後ろで立って、十数分の間黙ったまま彼の様子を見ていた執事が、(しび)れを切らしたように口を開いた。

「しっかり読んでるのか? 坊ちゃん」

 赤目の少年は、露骨に嫌な表情を浮かべたが、何とも言わず本を読み続ける。男は少年の傍らまで歩を進めて、テーブルに手をつき、横から覗き込むように彼の顔を伺う。

「おっと、ものすっげぇ顔。失礼だったか? ページを捲る速度がものすげぇもんだから、ついね」

「…うるさいよ」

 子供は図星だったのだろうか、今度は無視しきれずに執事から目を背けた。が、すぐさまハッとして、また本を読むことに集中を向ける。

「坊ちゃん~~? 読むにしちゃ乱雑すぎませんかねえ?内容、頭に入ってます?」

「ルーには関係ない。僕はこれを終わらせないと、とりあえずの自由さえ無いんだよ。形式的にだけでもこの読書地獄を終わらせて、早くこの部屋から出たいんだ」

「…へ、まだ後四十冊以上も残ってますがねェ」

 付き人の男は、ぴくりと眉を(ひそ)めて悪態をついた。男は高級感のあるスーツをはためかせてため息を一吐きすると、少年の読んでいた見開き一ページを自分の手の平でそっと隠した。作業を妨害された少年は、その赤目を不服そうに執事に投げつけてじっと睨んでみせる。

「何で邪魔するの、やめてよ」

「いいや。坊ちゃん?これは読書より大事なことだ。お前さん、今後お偉いさんになるんだろ?」

「…それは、別に僕がそうしたいわけじゃない」

 少年は文句を垂れたが、男は、自分の耳には入らなかったと言わんばかりに話を続ける。

「読み書きも大事だがな、発音はもっと大事だ。これ言うのもう三回目ですよ。どれほど言ったらわかってくださるんだか。自分の一番使う言語ってのが、一番身分が滲み出るんだぞ。俺は、ルーじゃなくて、ルゥ。ほら言ってみ」

「…ルー」

 ルゥは、ハァと大きなため息をつく。やれやれといった調子で肩も竦めてみせた。

「あのな、俺はアール・イー・ダヴリュのルゥだ。お前そりゃアール・オー・ユー・エックスの発音だぜ。やっぱ東で生きてた人間には難しいか?」

「……もういいよ。だいたい何もかも、僕には関係ない話だから」

「くっ、ははッ、タクト様ぁ、そりゃないぜ」

 付き人が吹き出したのを、少年は怪訝(けげん)そうに見つめた。執事は笑いを堪え切れないと言ったように声を漏らしている。

「ふふッ、本当にそう思ってるのか? この数日間でわかったろ? 毎日の豪勢な食事、こんなキラキラのでっけぇ部屋、子供に与えるには十分すぎる多くの書物。そりゃ全部あんたの言う『関係ない話』のおかげなんだぜ?」

「それは…」

「王様にも現賢帝(けんてい)様にも、直々にお会いしたろ? あんたは期待の星なんだ。そんで、俺は賢帝候補として、お前をしっかり育て上げる義務がある。まあ安心しろよ。長いこと世話役やってきた俺が言うんだ」

 ルゥは辛辣な言葉を並べながら、にこやかに話す。少年が現実を理解するには、いささか年齢が足りなさ過ぎるが、そんなことは意に介してはいないらしい。

 タクトは泣き出しそうになりながら、耐えきれず椅子から飛び降りて走り出す。ほぼ新品の子供用の礼服は、まだ生地がパリッとしていて動きづらいらしい。もつれる足を必死に動かして、ドアへと駆け出す。ルゥが彼を捕まえる前に、その小さな手が乱暴に扉を開けて、廊下へと飛び出す。が、飛び出た先では、先ほどの執事が余裕そうな顔でテーブルに腰を持たれかけて腕を組んで待っていた。

「よ、お帰り坊ちゃん」

「―――え、ええ?」

 タクトは豆鉄砲を食らったような表情で後ろを振り返る。扉の向こうにも、腕を組んで待っているルゥが居た。こちらに笑顔で手を振っている。ドアを隔てた向こうもこちらも、鏡写しの空間が存在していた。タクトはわなわなと震え、腰を抜かして、その場にストンと座り込んでしまった。その横を執事は淡々と通り過ぎていき、丁寧にドアを閉めた。そしてもう一度扉が開かれると、そこにはいつも通りの廊下が広がっているのだった。

「ね、坊ちゃん。いい子にしてなきゃダメじゃないですか」

「あ、あ…」

 ルゥはゆっくりと歩いてくると、タクトと同じ目線までしゃがみ込んで、柔らかくポンポンと彼の頭を撫でた。少年は何も返せないず視線をゆらゆらとさせ、口をぼんやり開けたままでいる。

「怖かったか? 悔しいか? そんなら、お前さんも同じところまで上がってこればいい。お前さんにも、これくらいはきっとすぐできるようになる。この世界で物を言うのは魔法だ。わかってるだろ?」

 窓からの陽が、だんだんと光を弱めていく。執事の茶髪は()が差し掛かった部分だけ、煌いて鮮やかに光を跳ね返す。男は笑みを浮かべてはいたが、ジッと深紅を見つめる黄金(こがね)の瞳の奥で、もっと獰猛な狂気を孕んでいるように見えた。くぐもった色の雲が段々と空を覆っていく。

「――厄災の落胤(らくいん)。俺がお前を立派にしてみせるさ。お前のことをそう二度と呼ばせないように。だからお前も報いろ。俺を超えて、王を超え、それでも気に入らない世界なら壊せばいい」

 タクトは、感情が抜けた人形のようになって、固まってしまった。執事は少年を抱き上げると、幼子をあやす様に彼の身体を持ってゆらゆらと揺れた。タクトは、ルゥの腕の中でポンポンと背を叩かれ、ようやく安心が戻ってきたようで、彼がふにゃりと表情を崩して声を漏らすと、そのまま雪崩れるように涙と嗚咽が流れ出る。予期していなかった反応に、ルゥは困り顔で笑った。

「んああ……、わかった。俺が悪かったです、坊ちゃん。ちょっと休憩しましょうかねェ」

 タクトを(なだ)めたまま、扉を開けて、彼は庭園のほうへと歩みを進める。曇り空は晴れて、日光はまた、地上に柔らかに降り注いだ。

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