八十八夜とお茶と師範と その三
茶の流派で「茶が好き」というのを条件に入れているというのは珍しい。どちらかといえば、金の生る木とみているところが多いはずだ。
「だあって。茶が好きでなければ、覚えようとも広めようとも思わないでしょう?」
マスター的には気持ちはわかるが。
飲み干した湯呑に、再度煎茶を注ぐ。
静かに時間が経過していく。
「ねぇ、どうして蘊蓄をおっしゃらないのかしら」
「あなたに茶の説明は、釈迦に説法でしょう」
「探究者の茶師にそうおっしゃっていただけて嬉しいわ。これでわたくしも長生きできるかしら」
うふふふ、と楽しそうに笑って静縁は呟く。
「さて、如何なものでしょうか。八十八夜前後に摘まれた茶がおいしいといわれておりますが」
八十八夜に摘まれた茶を飲めば長寿の恩恵がある、と言われている。旨味と栄養価は日に当たる時間が短いほうが高いとされ、茶葉の収穫量は日が当たるほうが多くなる。そのバランスが取れているのが八十八夜付近、というだけの話だ。
つまりは地域によって変わってくる。それゆえ、マスターはそこまで重要視していない。
「わたくしとしては、験を担ぐのもいかがかと思いますが、それを気にする方々も多いのですもの」
「なるほど。茶は美味しく飲めればいい私には不向きですね」
「あら、記念日ごとにいろいろイベントをやられている方のお言葉とは思えませんわ」
そちらは茶が好きになる方が増えればいい、その程度である。
「ですから探求者の茶師の傍にはお茶を求めて人が集まりますのね」
あっさりとマスターの意図をくみ、静縁は微笑んでいた。
「茶の家に産まれますと、どうしても初煮会などの行事が優先ですもの」
「ご子息は」
「それで休みを潰されるのが嫌だった子供時代を過ごしておりましたの。今でも格式の高いものは苦手なようですの。……できないわけではないのですよ?」
自分から苦労はしたくないということだろう。マスターなら嬉々として茶会に参加するのだが。
「現役の頃はそうやって、様々な茶会に出ておりましたわね」
「付き合いもありましたので」
主に茶葉の仕入れで。茶会で使う特別な茶は、迷宮近くにある茶園の茶葉を使いたいとごねる家元もいたのだ。その辺りの茶園に出る害虫関連は、時折魔獣化しており、茶葉を大切にしながら、魔獣を狩るというのは難しい……らしい。何故かその茶園の茶葉はかなり美味しく、各国にファンがいる。そこと取引をしているのは、魔獣を狩るマスターだけであった。
現在、その仕事は弟子パーティがやっている。師弟関係を結んでから暇があればやっていたせいか、弟子は物凄く狩り方が上手い。おかげで茶園の持ち主にも、大変気に入られている。
弟子が引き受けたからか、最近ではマスターの所のみで取り扱っているわけではなくなった。
他に比べれば、安く提供できるというだけだ。