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茶師のポーション~日常編  作者: 神無 乃愛
八十八夜とお茶と師範と
13/16

八十八夜とお茶と師範


 この時期になると、茶摘み歌を口ずさみたくなるマスターである。


 口ずさむことはしない。口ずさめば、阿形と吽形がしばらく帰ってこないからである。


 原因は、魔獣をも狂わせるという音痴ゆえだ。逆に弟子は一度聞いただけで賛美歌もあっさりと歌える。どんな歌詞だろうとあっさりと「音」として覚えている。ある意味能力の無駄遣いだ。


 常連になりかけの客たちから毎度「何もしないの?」と聞かれる八十八夜であるが、マスターはやろうと思ったことはない。

 元々雑節の一つで、立春から数えて八十八回目の夜ということから「八十八夜」となっただけである。そして、その頃に摘まれたお茶が「長生きできる」やら「病気にならない」と考えられているのが理由だ。

 この時期にちょうど一番茶の茶摘みが始まることと、その一番茶は冬からの栄養分を蓄えているという事実もあるのだが。


「こんちゃーーっす。お届けに来ました」

「お疲れ様です」

 探求者の配達人がちょうどお茶を運んできた。


 本日入荷したのは、九州産の茶葉で、この探求者は茶園の息子。そしてその茶園は、マスターが懇意にしているところでもある。


「相変わらず、香りも茶葉自体も素晴らしいですね」

「あざっす。祖父さんと姉貴に伝えておきます」

 マスターは知らない。この感想がかなり高い評価になっているということを。

「ご家族によろしくお伝えください」

「はいよっ。弟子君にもよろしく」

 この探求者と弟子は同い年。そして仲がいい。店で会えばしばらく茶を飲みながら話し込む。

 昨日から迷宮に入っているという弟子は、しばらく来ない。マイニに弟子のための薬草茶を一週間分渡したので、何も狂いがなければ三日で帰ってくるはずである。


 からんからん、という音をたてて探求者は帰っていった。


 それを見越してやって来るのは、猪瀬(いのせ)だ。本日持って来た茶をゆっくりと飲みたいのだ。

「猪瀬様、いらっしゃいませ」

「今日の新茶を」

「かしこまりました」

 上煎茶を吽形から出しつつ、マスターは湯の用意を始めた。

「あ、それからそのお茶百グラム貰えるかな」

 その言葉を受け、黙って猪瀬に二十五グラムの茶葉を渡す。残りは茶葉使い切ったら渡すのが暗黙の了解となっている。

「吽形君、悪いね。僕はうまく保存できないから助かるよ」

 ちなみに、こうやって預かる場合は別料金がかかる。それを知っていても利用する者はあとを絶たなかったりする。マスターとしても吽形が嫌がらない限り、受け入れている。

「やっぱり僕が淹れるよりも、マスターが淹れた方が美味しいんだよね」

「私の淹れるお茶が不味かったら、商いになりませんよ」

 何せお茶を売りにしているのだ。

「ご馳走さん。それから、マスターとこの店を調べているやつらがいたぞ」

「おや、それは穏やかじゃないですね。気を付けておきます」

 情報料代わりに今日飲んだ茶は無料にした。


「……私を調べる輩、ですか。思い当たる節がありすぎるのも困りますねぇ」

 妻の元夫とかその雇用主とか。それに付随する金持ち周辺とか。他マスターの行動が引き金となって罷免された、元ギルドマスターとかその腰巾着とか。他にも色々と多すぎる。


 一昔前なら、マスターの実子や弟子が弱点としてあげられていたが、今はそうでもない。マスターの実子二人は、世界で有数の権力者に庇護される立場となっている。それゆえなかなか会えないのが難点だ。唯一日本にいる弟子は、腕っぷしならば己をはるかに超えている。というか、実力はランクがCであるため下に見られがちだが、その辺にいるAランクとも張り合える。

 ……この実力故、探求者ギルドの上層部(お偉いさん)が何人泣いたことか。「何でその実力で国際資格とれないんだよぉぉぉ」と直接言ってきた幹部もいたくらいだ。

 国際資格が取れたら日本にいないことが多くなりそうだな、というのはマスターの心のうちに閉まってある。

 定住している国際資格持ちの探求者の方が珍しいのだ。


「さて、張り紙を一つ出しますかね」

 張り紙を見た近所の住民がこぞってやって来る。そこまでがいつもの光景だった。


茶摘み歌があるので八十八夜=お茶というイメージがありますが、実際はこの時期に摘んだお茶が栄養価が高いよって話です。ついでに、時期は地方によって変わってきます。暖かい九州などは早いですし、冬が長い北陸や東北では遅いです。

因みに、お茶の産地で北側にあるのは新潟と宮城……だったはずです(ヲイ

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