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邪な存在

                  6邪な存在


 携帯の画面には、僕の知らない番号が表示されている。

 たぶん睦美かな?

 僕はそう思いながら場面の通話表示を指でなぞる。

 そして耳に当てると、

『神谷君?』

 女性の声が聞こえてくる。

「うん、そうだけど、栗原さんかな?」

 僕の携帯にはめったに電話はかかってこない、時たま気まぐれで母親からかかってくるぐらいだ。

 だから充電もせず、暫く放置していたのだ。

『そうよ、栗原睦美よ、私の番号は登録しておいてね、それからちょっと困ったことになってるんだけど、今から来れるかな?』

 別に困った事もないように、落ち着いた声で睦美がそう尋ねてくる。

「どこにいるの?」

『池尻町の児童公園にいるの、ちょっと私一人じゃ対応出来ないって状況かな?この人たちも神谷君を呼べって言ってるし、助けると思って来てくれないかな?』

 どうやら睦美は何らかの事件に書き込まれているみたいだ。

 池尻町の児童公園は、夜になると、この地域の不良達がたまり場にしてると聞いている。

「わかった、今から行くよ」

『なるべく早く来てね、それじゃ』

 あまり緊迫した声じゃなく、睦美はそう告げると通話を切る。

 とにかく今から池尻町の児童公園に行かなければいけないみたいだ。

 そこは僕の家から歩いて20分ぐらいの距離の場所だ。

「はよう、行ってやれ、大木の器ではちと荷が重いじゃろう」

 大石様がそう言って僕を促す。

 僕は財布と携帯をズボンのポケットに入れると、

「お姫様を助けるナイトの気分ってこんな感じかな?」

 そんなことを言ってしまう、

「ナイトじゃと?王様じゃよ」

 大石様はそう言ってニコリと笑う。

 僕は自分の部屋から出ると靴を履いて玄関の扉を開ける。

(なるべく早くって言ってたな)

 そう思うと僕は走り始める。

(足が軽い!?)

 団地の階段を駆け下りる足が異様に軽い、まるで空気を踏んで進んでいるみたいだ。

 それに速い、団地を駆ける僕の速度はオートーバイのように速いのだ。

 さらに全然疲労を感じない、疲れることを僕の体は知らないみたいだ。

 僕は街燈に照らされた夜の街を、マシンの様に疾走するのであった。


 池尻町の児童公園まで僕は、3分ぐらいで到着する。

 公園の入り口には何台かの違法改造されたオートバイ、いわゆる『族車』が止めてある。

 どうやら公園の中には、社会からのはみ出し者達が僕をお待ちかねのようだ。

 僕は公園の中に入って行く、そこには15人ぐらいの若者達が、地面に座り込んで煙草をふかし談笑しているのが公園の街燈に照らされて見える。

 金属バットや鉄パイプなんかの得物を手にしている者もいる。

 僕はそんな連中がたむろしている場所に歩いて行く、

「あら?意外に早く来たのね」

 たむろする若者達の中から睦美の声が聞こえる。

 その声に呼応するかのように、座り込んでいた連中は立ち上がり得物を手に身構える。

 睦美は一人の男に、ナイフを突き付けられている。

 そいつは伊藤、今日の昼に僕が脅かしてやった奴だ。

「大人しくしないとこの女を刺し殺す!」

 伊藤はそう喚くと僕を睨みつける。

「そんなことをしたらお前は犯罪者になるぞ」

 凶器携帯や拉致だけで、もう充分犯罪者なのだが、僕は諭すようにそう言ってみる。

「お前が刺したことにすればいいだろう、ここにいるみんながその目撃者だ!」

 どうやら伊藤はもし僕が抵抗したら、睦美を刺してその罪を僕に擦り付けるようだ。

 そんなこと警察が信じてくれるとでも思ってるのか?

「私は大丈夫だから存分に暴れたらいいわ」

 睦美はそう言って不敵に微笑む、まるでこの状況を楽しんでるように。

「お前が誰か知らんが舎弟の頼みだ。悪いが病院送りになってもらおう」

 僕を取り囲む不良達の中から一人の男が歩み出て、僕の顔を見ながら淡々とそう告げる。

 その男だけが明らかにほかの不良達とは違う、なんか言い表せない、不気味な雰囲気を纏っている。

 男は後ろに下がり腕を組んで見つめ始める。

 どうやら成り行きを見ているだけにするようだ。

 不良達はそれぞれ手にする得物を構え、状況を開始するその合図を待っているかのようだ。

「お願いします!」

 睦美に刃物を向ける伊藤がそう叫んで、それが合図とばかりに得物が僕に振り下ろされる。

 金属バットや鉄パイプが振り下ろされて、僕の体を打つが、やはり何もダメージを感じない、頭や胴体や足にただ何かが触れる感触しかしない。

「何やってるのよ!私は大丈夫だから抵抗しなさい!」

 いつの間にか伊藤を拘束した睦美が、僕に向かってそう叫んでいる。

 拘束された伊藤は、信じられないと恐怖の目で睦美を見ている。

 僕は打ち下ろされる金属パイプを掴むと、軽々とそれを取り上げてやる。

 得物を取り上げられた不良は、前のめりに地面に倒れる。

 僕が得物を手にしたのを見て、取り囲む不良達が後ずさる。

 僕は手にした鉄パイプを、両手で掴んで何度も曲げてみる。

 やがて鉄パイプは二つに折れてしまう、僕はそれを目の前の地面に捨てる。

 それを見て不良達が動揺し始める。

「死なない程度に痛めつけなさい!」

 睦美はそんな難しい命令をする。

 しかたなく僕は目の前の不良の腹を、出来るだけ軽く殴る。

「うぐっ!」

 不良はその一撃で腹を抑えその場に蹲ってしまう、軽く殴っただけなのにもう戦闘不能のようだ。

 僕は素早く動いて何人かの腹を同じように殴る。

 気が付けば8人ぐらいが蹲り倒れている。

 僕は地面に落ちている金属バットを拾い上げ、まだ立つ者達に見せつけてから、それを二つに折り曲げる。

 その怪力に怯んだ不良達は逃げ出して行く、公園の出口に向かい慌てて駆け出して、バイクのエンジンをかけて、この場から逃げて行く。

 僕にダメージを受けた者以外は逃げ出して、立っているのは腕を組む男だけになる。

「隆司さん助けて……」

 伊藤は一人残るこの男に哀願する。

「ちょっとあんたは黙ってなさい!」

 その言葉に睦美は拘束を強め伊藤を締め上げる。

「い、いてたた……ううっ……」

 その動きは早く視認できない所だった。

 腕を組んでいた男は、素早く動いて僕の腹部を殴りつけていたのだ。

 ダメージは受けない痛くもない、ただ僕は立ってる場所から数センチずらされていた。

 もし僕が生身の人間なら殴り飛ばされる。そんな怪力をこの男は放ってきたのだ。

「その男何か変なの気を付けて!」

 睦美はそう叫ぶが、気を付ける何も僕は実戦は初めての経験で、いったい何に気を付けるのかわからない、

 男は素早く動いて、今度は僕の顔面に蹴りを入れてくる。

 僕は思わず右腕で、その蹴りをガードする。

 やはりダメージは感じないが、僕の体は少しねじれる。

 男は今度は僕の足を執拗に蹴り始める。

 蹴られるたびに少しずつ僕の体制が崩される。

 この男は僕を地面に倒そうとしているんだと気が付く、しかし反撃するにも男は素早く動いて隙がない、

 それならこちらも素早く動けばいいと思い、男が繰り出すローキックを左手で掴む、僕に足を掴まれ男は地面に倒れる。

 そのまま男の体を浮かせて放り投げる。

 男は10mぐらい飛んで地面に叩きつけられる。

 普通の人間なら打撲で悶絶して戦闘不能になるだろう、しかし男は何もなかったかのように立ち上がって来る。

 その目は怪しく赤く光っている。

 男は落ちている金属バットを拾うと、またこちらに向かい歩み寄って来る。

(こいつは普通の人間じゃない……)

 男の雰囲気は何とも言えない禍々しさを感じさせる。

(これが邪な存在なのか?)

 僕も地面に落ちている金属パイプを拾い身構える。

 もし僕がこんなもので普通の人間を殴ったら、吹き飛ばして簡単に殺してしまうだろう、でも目の前の相手は僕に手加減を許させない禍々しさがある。

 男は動く、素早い!

 カキンーという金属同士がぶつかり合う音が公園になる響く、男の渾身の一撃を僕は両手で掴む金属パイプで抑え込む、金属バットの一撃は僕の頭を狙い飛んで来たからだ。

 この相手は遠慮なく僕を殺しに来ていると、初めてこの時実感する。

(それなら僕も遠慮する必要なんてないんじゃないか?)

 相手は人間を超越した化け物だ。

 簡単に倒せないかもしれないのだ。

 僕に渾身の一撃を受け止められた男は、金属バットを構え、赤く目を光らせ睨んでいる。

(それならこっちから仕掛けよう)

 そう思うと僕は素早く動いて、力を込めて男に金属パイプ振り下ろす。

 グワンという鈍い音が響いて、僕の金属パイプと男の金属バットが歪んでしまう、

(こいつ受け止めやがった!)

 僕の力を込めた一撃を、この男は僕の様に両手で金属バットを構え、受け止めたのだ。

 僕は歪んだ金属パイプを捨てると、素早く動いて、力を込めた蹴りを男の腹に送り込む、 

「うぐっ……」

 そのうめき声と共に、男は20mぐらい飛んで地面に叩き付けられる。

 しかしこれで終わりではなかった。男はフラフラと立ち上がってきたからだ。

 やはりこいつは人間の常識を超えた化け物だ。

 僕は駆ける。素早く駆けて間合いを詰めると、ふらつく男の顔に力を込めた拳を叩き込む、

 ほほ骨が砕けるか首が折れるか、そんな感触の一撃だった。

 しかし地面に仰向けに倒れた男は、まだ赤く目を光らせて起き上がろうする。

 僕は男の首に腕を回して力を籠める。

 体育で習った柔道の絞め技だ。

 まぁ僕はいつでも絞められる方だったのだが……

 男はバタバタと手足を動かし抵抗するが、僕が更に力を加えると、そのうち動かなくなる。

 僕が腕を放すと倒れ込む、どうやらもう起き上がって来れないみたいだ。

 その時僕は見た。いや感じた。その気配を、大いなる悪意、邪悪な思念、それが倒れる男の体から湧き上がって、揺らめき消えていくのを、

 あれがこの男に力を与えていた。邪の正体なのだろうか?


 いつの間にか公園には僕が倒した男と、睦美に拘束されている伊藤以外はいなくなっている。

 僕が倒した不良達は回復して逃げてしまったんだろう、僕は睦美の傍まで歩いて行き、拘束された伊藤に訪ねてみる。

「あの男は何者だ?」

「……」

 どうやら伊藤は何も話したくないらしい、僕はさっき伊藤が持っていたナイフを拾うと、伊藤に突き付けて、もう一度尋ねる。

「言わなければ殺すぞ」

「……」

 それでも伊藤は、まだ無口だ。

「太腿、そこを思いっきり刺せば話してくれるんじゃない?」

 伊藤を拘束する睦美がそう提案する。

「大丈夫よ、ケガしても私が癒せるから、遠慮なくどうぞ」

 僕は伊藤の目を見る、その目は怯えながらも、そんなこと出来っこないって言ってるみたいだ。

 だから伊藤の左脚の太腿に、ナイフをズブリと差し込んでやる。

「うぎゃぁぁぁっ!」

 公園中に伊藤の叫び声が響く、

「なんだ、しゃべれるじゃないか」

 僕は伊藤の髪を掴んでそう言ってやる。

 苦痛に歪んだ伊藤の目には涙が浮かんでいる。

「いいってぇぇ……っうぐっ」

「もう一度聞くけど、あの男は誰だ?」

 僕はにこやかに笑い再び尋ねる。

「さ……斎藤……隆司さん、この辺りの族を仕切ってる……うぐっ、ひゃっ……」

 伊藤が喋ったから僕はナイフを抜いてやる。

「それで、僕たちを襲うようにお前が頼んだのか?」

 今度は右の太腿にナイフをあてがって聞いてみる。

「ひゃっやめて!そうだよ俺が頼んだんだ。お前が急に気に食わない奴になったから懲らしめてやろうと思って、あの人はゲームーセンターで知り合った。物凄く喧嘩が強いんだ。やくざも一目置いてるような人だった。あの人ならお前にも勝てると思ったのに、でもダメだった……お前おかしいぞ……あの人無敵って言われていたのに……それに勝ってしまうなんてどうかしてる……いったいどうなっているんだ?」

「ぼくには神が味方についているんでな」

 僕は伊藤の疑問に答えてやった。

「神?なんだよそれ?」

 どうやら伊藤は僕の返事に納得できないみたいだ。

「お前も神様に祈れば来てくれるかもな、いやお前の目のいるか、僕がお前の疫病神かな?」

 僕は伊藤の血にまみれたナイフをちらつかせてそう言ってやる。

「ごめんなさい殺さないで、うぐっうっ……」

 伊藤を拘束する睦美が、伊藤を締め付けて落としてしまった。

 僕の楽しい遊びの時間は終わったようだ。

「もうこいつは用はないわ、いきなりナイフを突きつけてあなたに電話しろって、ふざけてるわね!」

 睦美さんは大分ご機嫌が悪いみたいだ。

「ちょっと待ってね、こいつの傷を癒すから」

 睦美は倒れる伊藤の左の太腿に、手を翳して念じ始める。

 睦美の手から青い光が発生して伊藤の傷口をふさいでいく、癒しの力、僕は初めてそれを目の前にする。

「僕にも出来るかな?」

 僕は伊藤の破れたズボンの奥の傷が、完全に塞がってるのを確認しながら聞いてみる。

「へぇ、できるんじゃない、私の神様は初歩的な能力っていっていたから」

「そんなもんか?」

「そんなものよ」

 とりあえずもし使えても、僕自身には使う機会はないだろうなと考える。

 それならさっき倒した男で実験してみようかなと、男の倒れていた場所を振り返って見ても人影がない、絞め技は完全に決まって、勝でも入れないと再起不能のはずなのに?

「あの男がいない……」

 さっき感じた邪念が再びあの男に取り付いて、それで回復して逃走したのだろうか?

「暴走族連中だけなら私一人でもあしらえたわ、でもあの斎藤とかいう男にはなんだか得体の知れない雰囲気を感じたのよ、それがここにあなたを呼ばなければならなくなった理由なのよ」

 あの男の戦闘力は確かに常人を超えていた。プロレスラーぐらいの戦闘力の睦美が戦ってもかなわなかったかも知れない、僕を呼んだのは賢明な判断だったと思う、

「もうこんな場所に用はないわ、帰りましょう」

 睦美はそう言って公園の出口に向かい歩き始める。

「伊藤はこのままでいいか」

「ほっとけばそのうち気が付くわよ」

 どうやら睦美さんも、伊藤の事が大嫌いになったみたいだ。

 僕達は倒れる伊藤を放置して、公園の出口に向かい歩き始める。

「探知の能力で能力者を探していたのよ」

「へぇ、それで収穫は?」

「変な連中に絡まれただけよ」

 僕達は公園を出て並んで歩く、睦美さんは超御機嫌ななめらしい、その睦美さんの機嫌がさらに悪くなりそうな事態が目の前で起きる。

 一台の黒塗りの高級外車が、僕達の目の前で止まったからだ。

「大人しくしろ」

 助手席が開き、いかめつい顏をした男が僕達に拳銃を突きつけて、そう言うのだから。

(おもちゃじゃないよな?)

 もし撃たれたら僕は平気でも、睦美は傷ついてしまう、いまはまだ大人しく、しなければいけないのだろう、

「後に乗れ」

 拳銃を突きつける男は、僕達にそう命令する。

「ここは言うことを聞いたほうがいいわね」

 そう言って、睦美は観念したように後部座席に乗り込む、このまま彼女を一人にして逃げるなんてできない、僕も観念して後部座席に乗り込む、

 こうして僕達は怖いおじさん達に、拉致されてしまったのだ。

 

 

 


 

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