神器の少女
5神器の少女
通学路の幹線道路沿いにある喫茶店の前で睦美は足を止める。
「ここでいい?落ち着けそうだし」
そう言って睦美は店の扉を開ける。
ガラガラと呼び鈴の音がして、店な中から、
「いらっしゃいませ」
という声が聞こえてくる。
僕は睦美を後を続き、店の中に入って行く、アンティーク調の椅子やテーブル、ほかの客は、カウンター席に新聞を読む老人がいるだけだ。
僕は今まで知人と喫茶店に入ったことがない、生まれてからほとんど一人ぼっちで過ごしていたからだ。
しかも異性と二人きりで、デートと言えないような、そんな事をしているのだ。
「奥に行きましょう」
睦美はそう言って、店の中を歩いて一番奥のテーブル席に座る。
僕は少し緊張してしまいながら、睦美の向かいの席に座る。
「何を飲む?」
睦美は緊張する僕に、店のメニューを見せて注文を聞いてくる。
「あ、ああコーヒーにしようかな……」
僕は飲んで食べる必要もなくなったが、だからと言って飲めないこともない、この睦美はどうなんだろうと、そんな事を思いながら、緊張した声でそう返事する。
「ママさんホットとミルクティーお願い」
睦美はお冷とおしぼりを運んでくる中年女性に注文する。
「はい、睦美ちゃん今日はお友達と一緒なのね」
この店の主らしいこの女性は、そう言ってテーブルにお冷とおしぼりを並べていく、どうやら睦美はこの店の主と顔見知りのようだ。
「うん、この人は神谷君、お友達というか同類てことかな?」
ここに来るまでの道中で僕の自己紹介はしておいた。
そんな僕のことを睦美は店の主人に紹介する。
「睦美ちゃんあなた美人だから、もてもてね」
「もう!ママさん茶化さないでよ」
そんな二人のやり取りを、僕は顔を赤めて聞いていた。
ママさんはオーダを作るために、カウンターの中の調理場に戻って行く、ようやく落ち着いて話ができるようだ。
「率直に聞くけど、神谷君はどんな能力が使えるの?」
睦美はいきなり確信に迫る。そんな話を切り出してくる。
「ええ、僕は能力ていうか、殴られても蹴られても何も感じない、不死身って言うのかな?そんな身体にしてもらったんだけど……それに飲み食いもしないでいいし寝なくても平気、ただそんな状態で特別な能力はまだ無いかな?」
僕がそう言うと睦美は僕の顔をまじまじとみつめて、
「へぇ、あなたの神様は気前がいいのね、そんな便利な能力、うらやましいわ」
「えっ?栗原さんは無敵じゃないの?」
睦美のそんな返事に僕は思わず疑問を口にする。
「身体強化はある程度できるわ、でも、まだそれはプロレスラーぐらいの力かな、殴られれば痛いみも感じるし、刺されたり銃で撃たれれば死にかけるわ、でも治癒の能力があるから、傷は癒せるんだけど……」
どうやら睦美の神様はステータスを均一に振っているみたいだ。
「なんか不公平ね、あの禿爺じい、もっと気前よくするように言ってやろうかしら」
どうやら睦美を器に選んだ神様は、僕みたいに幼女じゃなく剥げた爺さんの姿をしているみたいだ。
「それで栗原さんは仲間を集めるって言ったけど、そうして具体的に何をしようと考えてるの?」
僕の情報量の足りなさを睦美に聞いてみる。
僕の神様は試練が訪れるといったけど、具体的には『世界征服』という最終目標しか聞いていないからだ。
「決まってるじゃない組織よ、世界を破滅に導く組織と私たちは戦って、そうして世界を救うのが目標なのよ」
「組織って?そんな邪悪な組織が実在するの?」
そんな邪悪な組織があることなんて僕は神様から聞いていない、だから思わず訪ねてしまう、
「あなた、神様から何も聞いていないのね、悪魔よ、神と対極の存在の悪魔達が人類を滅ぼそうと暗躍し始めたのよ、だから神々達はその陰謀を打ち砕く為に、私たちのような選ばれた人間をその器にして対抗しようとしているのよ」
あの幼女の神様が言っていた。邪な存在というのは悪魔のことなのだろうか?
「それに器に選ばれた人間も所詮は単なる人、自分の欲望のためにこの力を使おうとするかもしれない、そんな人達を悪魔がそそのかして、破滅の組織は作られると私の神様は言ってたわ」
睦美はなんか前途多難なことを言い始める。
魔王がいてそれを倒しに行くという、お気軽なRPGゲームのシナリオじゃないみたいだ。
その時ママさんがコーヒーとミルクティーを運んできて、
「ごゆっくりどうぞ」
そう言って店の作業場に戻って行く、僕はテーブル置かれたコーヒーを口に運ぶ、美味いという感触が口に広がる。
どうやら神様は味覚を僕から取り上げなかったんだろう、睦美も出されたミルクティーを飲み始める。
「私は飲まず食わずってわけにはいかないから、ちゃんと食事する必要があるのよ、でも神谷君は飲まなくても大丈夫なんじゃないの?」
「その気になれば飲むことも食べることもできるよ」
「ふーん、なんかずるいな」
睦美はなんな納得出来ない、そんな顔をしてミルクティーを飲んでいる。
「とりあえず僕たちは何をすればいいの?」
睦美が言う悪魔の組織があるにしても今はその存在を認識できないし、それと戦うって言っても世界中を旅して廻るわけにもいかずに、はっきり言って手詰まりの様に感じる。
「さてね、私は神様から仲間を集めろってしか聞いていないし、この街はまだ平和だし、しばらくは待機かな?」
睦美も具体的な今後の方針は、まだ考えていないようだ。
「でも僕の神様は僕が何もしなくても試練が勝手にやって来るって言ってたし、楽観的になれないな」
僕は自分の置かれた立場の不安定さを言ってみる。
「向こうから来るのなら都合がいいじゃない、?それとも神谷君は怖いのかな?」
「怖いって何が?」
「自分の今の生活が、潰れてしまうのを恐れていないか聞いてるのよ」
僕の今の生活……学校に通いいじめられて、家ではメンヘラでアル中の母親に虐待され、そんな生活に未練なんて何も感じない、出来るのならさっさと見切りをつけて逃げ出してもいいくらいだ。
飲まず食わずでも生きて行けるし、だから家出してホームレスになっても何の問題もないと思う、
「僕は家庭的には恵まれているとは思わないし、学校では孤立してるし、もう失うものがないという状況だから怖くはないよ」
僕の話を聞いて睦美は微笑むと、
「神谷君がいじめられてるのは知ってるわ、私のクラスでも噂になっていたから、でも私だって自分のクラスでは孤立していたの、クラスの女子が集団で私を無視してるから、私がちょっと顔立ちがいいってだけで嫉妬して誰も寄り付かないの、女の陰湿ないじめって奴かな?それに私の家庭環境はいいといえない状況なの、両親が不仲になって家庭内別居状態なの、そんなだから私は精神を病んでしまって」
そう言うと睦美は自分の左腕を僕に見せて、
「今は癒しの力で消してしまったけど、ここにはリストカットの後が無数にあったのよ」
どうやらこの栗原睦美という少女は、神の器になる前はかなりのメンヘラ少女だったみたいだ。
「両親は私には不干渉だし、家に帰っても面白くないし、だからこの喫茶店で図書室から借りた本を読んで時間を潰す。そんな毎日を過ごしてきたわ」
自嘲混ざりにそう言う睦美は、ちょっと電波系のメンヘラさんに思える。
もし聞いているのが僕じゃなければ神様から力を授かった。それで世界を救う為に悪の組織と戦うなんて聞かされたら、100%統合失調症の患者だと思われるだろう、いや、実際その気はあったんだろう、何度もリストカットしていたって言ってるし、
「この力を得た時は嬉しかったわ、もう両親の無関心にも学校での孤立も問題なくなると思えたから、本当に私は神様に感謝しているのよ」
栗原睦美という少女に力を与えた神様は、一人の孤独に悩む少女を救ったのだろうか、それを言うなら僕だっていじめや家庭環境に苦しんでいた。
神様はこんな不幸な境遇の者を選んで、器にしているのかもしれない、
「神谷君は携帯電話持ってる?」
携帯電話は持ってるけど家に置いてある。
「ごめん、今ないんだ家に置いてあるから」
「番号は覚えてる?」
「うん、覚えているよ」
睦美は自分の携帯電話を取り出すと、
「番号を言ってみて」
そう聞いてくるから電話番号を言う、
睦美は画面をタッチして僕の言う番号を登録していく、
「メアドまで覚えてないわね、今度でいいか」
そう言いながら鞄に携帯をしまい込む、もしも睦美から電話がかかってきたら、僕の携帯に初めて女子の名前が登録されるんだなと思い、なんかウキウキしてくる。
「へへっ神谷君の携帯番号ゲット」
そういって微笑む、睦美の顔は神というか小悪魔な笑みにみえるのだった。
「とりあえず私は気を廻らして、仲間がいないか探知してみるわ」
喫茶店から出て帰宅途中の分かれ道で睦美はそう言って僕に手を振る。
あれから二人で話したけど、現状は状況が起こるのを待つしかできない、しかし僕は昨日は神様の器となり、今日は睦美と知り合った。
現状は確実に動いている。
僕の知らないうちに、どこかで誰かの運命を変えながら、そんな感覚にふととらわれてしまう、そこになんだか作為的なものを感じて、神々は人間を選択し駒にしてもて遊んでいる。
そんな感覚に囚われて恐ろしくなる。
僕と別れて坂道を登っていく睦美の背中を見つめ、僕はこれから起こる状況に少し戦慄するのだった。
家に帰るとそこはやはり無人だった。
母は仕事に行きリビングのテーブルには、一枚の千円札が置いてある。
今までと何も変わらない光景だった。
僕はお金を手にすると自分の部屋に行き、財布を取り出してそれを入れる。
「明日は学校にもっていけるかな」
女生徒に喫茶店代をおごってもらった気恥ずかしさに、思わずそんなことをつぶやいてしまう、
僕は机の引き出しから自分の携帯を取り出して、これも学校に持って行けるかもと考える。
僕に酷い目にあわされた伊藤達は、午後の授業中は僕に絡んでこなかった。
しかしあの自己中心的で傲慢な伊藤が、そのプライドを傷つけられたことに、このまま引き下がっているとは考えられないのだ。
僕は携帯を充電しながら制服を脱いで着替え始める。
睦美から電話がかかって来るそんな期待を抱いて、
とりあえず僕には失うものがない、もし伊藤達がまた僕に手を出して来たら、その時は容赦なく叩きのめせばいいのだ。
僕にはもう失うものがない、たとえ伊藤達を叩きのめしても、そのまま逃げてしまえばいいだけだ。世間体とか社会の秩序になんかもう囚われる必要もない自由に生きて、自分の道を歩めばいいのだ。
食べることも飲むことも必要とせず、暑さ寒さにも感じられない不死身の力をえているのだから、僕を束縛すること誰もできない、ああ、僕を器にしてくれた神様に感謝したいぐらいだ。
「大石の神様有難うございます」
僕はその感謝の気持ちを思わず口に出してしまう、
「わらわを呼んだか」
「わっ!」
いきなり大石様が現れて僕は思わず叫んででしまう、
「そなたとわらわは一心同体も同じや、そなたの今日の行動は全て見て知っておる」
「いきなり出てこないでよ心臓に悪い、じゃあ大石様は僕のことを監視してるの」
「監視するじゃと?言ったであろう、そなたとわらわは一心同体じゃ、そなたが見たことも話したことも聞いたこともわらはは感じるのじゃ、別にお主の行動に制約することも必要ないからの、わらわはそなたをただ見守っている。そう解釈すればそれでいいであろう」
大石様は僕の行動に制限を加える。そんなつもりはないようだ。
「そなたは今日、大木御影ノ尊の器におうていたな、あの色欲爺い女を器にしておる。色ボケ爺いの考えそうなことじゃ、しかも器に与える神通力を小出しにしおって、けち臭くて見ておれんわ」
「睦美の神様を知っているの?」
「わらわら神にも序列があってなの、奴は序列は従六位ぐらいの神格じゃ正一位のわらわとは格が違う、例えるならば象と鼠ぐらいの差があるのじゃ」
どうやら神界にも序列があって睦美を器にした神様は大石様より神格が低いらしい、
「大木御影ノ尊ってそんなにしょぼいか神様なの?」
「いや、そもそも人間たちに器を求めるほど神格じゃ、エロ爺いでも神威はあなどれんじゃろ」
「彼女は仲間を探すって言ってるんだけど、仲間ってそんなにすぐに見つかったりするのかな?」
大石様は笑顔になると、
「案ずるな、邪が現れる時、神威を振るう神の器も集うじゃろ、その時そなたは思う存分その力を振るえばよいのじゃ」
「睦美は悪魔の組織があるとか言ってたんだけど、そんな組織ほ本当にあるのかな?」
しかし大石様は少し考え込むと
「魔の連中は神々でもその行動を察知できんのじゃ、きゃつらは闇に潜み中々姿をあらわせん、わらわが動き始めたのを気づかれたら邪魔してくるやもしれんな」
どうやら悪魔達の行動は神とて先が読めないらしい、
「魔は人の心に巣くうものじゃ、神の器とて魔にそそのかれるかもしれんのじゃ、そなたはそんなことが無きよう肝に銘じておくようにせよ」
どうやら悪魔とは悪質で悪辣な存在らしい
「睦美は能力を高める為に修練する必要があるっ言ってるんだけど僕も修練しないとダメだのかな?」
「大木の爺いは神威が低いから器に修練を求めたのじゃろうが、わらわは違うぞ、やりたいとイメージすれば大概の能力は使えるようになるのじゃ、千里眼も透視能力も念動力も瞬間移動も扱えるようになるじゃろう、それ以外の能力も状況に応じて扱えるようになる。わらわは出し惜しみしておらんからなの、ただおそなたの場合その能力をうまくイメージできんじゃろ、ならば他の者の能力をまねればいい、目で見て覚えるのじゃ」
どうやら僕は今すぐに能力が使えるわけではないらしい、しかし目で見て覚えろと言われても、そんな能力をもっている者に僕はまだ出会っていないのだ。
「さて、そろそろ茶番が始まる頃か、気を大きく持って励め」
大石様がそう言い終わると、僕の携帯の呼び出し音が鳴り始める。