小さな抵抗
4小さな抵抗
教室の入り口を開けて中に入る。
今まで各々の席で談笑していたクラスメート達が、黙り込んで一斉に僕を見つめる。
みんないたずらの結果がどうなるか、そんな期待交じりの目で僕を見つめている。
僕の座席の上にはペットボトルとそれを花瓶代わりにして花が飾り付けてある。
葬式ごっこのつもりなのだろうか?
低俗ないたずらだ。
クラスのあちらこちらからクスクス笑いが聞こえてくる。
僕は朝から最悪な気分になる。
(とりあえずあれを何とかしないと)
だぶんあの花は昨日学校をさぼっている間に置かれたのだろう、それを咎める者もなく、今日、僕が登校してくるまでの間、僕を馬鹿にするための小道具として、僕の存在をあざ笑うかのように置いてあるのだろう、幼稚で稚拙な行為だと思った。
僕は自分の席まで行くとそのペットボトルを手にすると教室のゴミ箱に向かい歩き始める。
クラス中の視線を浴びて、嫌な気分がさらに悪くなる。
ゴミ箱は教室の後ろの清掃ロッカーの横にある。
僕はそこにペットボトルの花瓶を捨てる。
クラス中からヒソヒソ話す声が聞こえてくる。
僕が席に戻るとそこに顔を赤めた伊藤がやってくる。
僕の行為が気に食わなかったらしく怒り声で喚き始める。
「おい!せっかくのみんな好意を無駄にするな!」
好意だって?僕には悪意にしか感じられないのだ。
「お前が昨日休んだからクラスのみんなは心配して、花を持ってお見舞いに行ってやろうと思ったが、誰もお前の家を知らない、だからお前の席にお見舞いの花を飾ってやったんだ!」
伊藤はそう喚くが、花と言ってもそこら辺に生えてる雑草の花、心配してお見舞いに持っていくような代物じゃない、伊藤は自分達がやった事を正当化しようとしているだけなのだ。
「覚えておけよ!」
伊藤はそう喚くと肩を怒らせて自分の席に戻っていく、いったい何を覚えなければいけないのか?
僕は自分の席に座りそんなことをぼんやりと考えてみる。
たぶん自分の気に食わない事が起こったから、僕に後で制裁を加えるつもりなのだろう、伊藤はどうしょうもないぐらい自分勝手で自己中心的な奴なのだ。
やがて始業のチャイムが鳴り、暫くして担任教師が教室に入って来る。
朝のHRの時間だ。
担任教師は教卓に着くと出欠を取り始める。
僕の名前が呼ばれ返事する。
何故か担任教師は安堵しているみたいだ。
この事なかれ主義の中年の男性教師はクラスに問題が発生することを恐れている。
だから僕がいじめられていると訴えても、その問題の解決どころか隠蔽することにして、単なる子供同士の悪ふざけだと勝手に決めつけ取り合ってくれないのだ。
もし僕が昨日自殺していたらどうなったんだろう?
たぶんいじめがあった事実を隠蔽して、その事実を家庭問題にすり替えてしまうのだろう、いじめを苦に自殺したってそんな事実はなかったって平然と言ってしまうのだ。
いじめの実行犯の伊藤達はかばわれ保護されてしまうのだ。
僕は昨日死ねなかった事をいま改めて感謝する。
やがてHRは終わり一限目の授業が始まる。
一限目が終わり休憩時間が訪れる。
まってましたとばかりに伊藤達とその取り巻き連中が、僕の席にやってくる。
どうやら今日もスキンシップという制裁を僕に加えるつもりらしい、伊藤が僕の座る椅子を蹴って立ち上がるように僕に促すが、無視する。
伊藤は何度も椅子を蹴るが僕は無視する。
「おらっ!たてよ!」
しびれを切らして伊藤はそう喚く、しかしまだ無視する。
「おい!お前ら立たせろ」
しびれを切らして伊藤は取り巻き達にそう命令する。
伊藤の取り巻きの高橋と山本が僕の両腕を抱えて無理やり立たせようとするが、僕はその行為に力を込めて抵抗する。
「だめだ、持ち上げられない」
僕のささやかな抵抗に高橋が音を上げて伊藤に伝える。
「何やってんだよ、ちゃんとやれよ!」
怒気を含んだ声で伊藤がそう喚くが高橋は、
「いや、なんか変なんだこいつ急に重たくなったみたいで動かないんだ」
そう言い訳を言うが、伊藤は納得できずに、
「使えねえな、もういい離れろ」
そう言って一人で僕の胴体を掴んで立たせようとする。
しかし伊藤に僕は持ち上げられない、僕は少し力を込めているだけなのに、伊藤の全力に難なく抵抗できる。
「くっ、どうなってんだ?」
持ち上げられないことに観念したのか、伊藤はそう言って僕の胴体から手を放す。
「ふざけやがって!」
別に僕はふざけていない、そう思ってるのは伊藤達だけだ。
僕を立たせるのをあきらめたのか伊藤は僕の背中に蹴りを入れてくる。
いや、蹴られているという感触があるだけで実際には僕は何のダメージも受けていない、まさに痛くも痒くもない状態なのだ。
(これって僕はやっぱり無敵って奴になったのかな?)
背中に加えられる蹴りの感触を受けながら、僕はそんな事を考える。
「なんだ?こいつ平然としやがって」
僕に徒労の蹴りを加えていた伊藤はそう言って蹴るのをやめる。
僕は考える。
(もし僕が反撃したらどうなるんだろう?)
神様から授かった力を振るえば、素手で伊藤達なんか殺してしまえるかもしれない、僕の心の中に復讐心が芽生え始めるが、
(でも人を殺したら僕は警察に捕まって少年院に入れられてしまう)
非常識な存在になってしまっても、まだそんな常識的な考えに囚われてしまう、僕は自分が置かれた境遇を少し呪い始める。
やがて二時限目始業のチャイムが鳴り、休憩時間が終わる。
「おぼえてろよ!」
またそう言って伊藤は自分の席に戻って行く、何を覚えなければならないのか、わからないんだけれど?
そんな捨て台詞に意味なんかないのに思わず考える。
僕が伊藤達と戦えば簡単に勝てるだろう、でもいくら手加減しても、傷つけてしまえば傷害事件になってしまう、だからと言ってこのまま無抵抗を続けても何も解決しない、何かいい方法はないか僕は思案する。
とりあえずこのクラスのみんなが見ている前では、伊藤達に制裁を加えることはできない、みんなが傷害事件の目撃者になってしまうからだ。
伊藤達を上手くおびき寄せ誰も見ていない所で制裁するしかない、でも伊藤達が教師に僕に暴力を振るわれたと訴えたら、僕は停学か退学になるかも、いや下手すれば傷害で少年院行きかもしれない、僕は伊藤達に暴力を振るわれてるのにその逆をすれば自分の立場が無くなる。
僕はそんな理不尽なことが許せないと考える。
だから少しでも伊藤達を脅してやれないかと考える。
脅すだけなら殴ったり蹴とばしたりしなくても済むからだ。
僕は二時間目の授業を受けながらそんなことを考えていた。
昼休みになって僕はいつも隠れている空き教室に向かう、休憩時間なるたびに伊藤達が絡んで来たけどそれをすべて無視していた。
伊藤達はそれを憎しげにおもっていただろう、歩く僕の後ろに高橋と山本がついて来ているのは気づいてたのだ。
わざとおびき寄せて脅しつけるしかない、もうこの方法しかないと考えたからだ。
空き教室に入って扉を閉める。
高橋と山本、たぶんどちらかが見張り役で、もう一人は伊藤達を呼びに行くんだなと思う、伊藤の取り巻き達は6人ぐらいだ。
今頃は僕を痛めつける算段でもしながら昼食中なんだろう、僕の計略なんか知りもしないだろう、そんなことを考えながら時間をつぶす。
やがて多人数が廊下を歩く音が聞こえてくる。
そして空き教室の扉が開き伊藤達が入って来る。
みんな手に掃除用具の箒とか、剣道用の竹刀を持ってる奴もいる。
どうやら素手で僕を殴る気もないらしい、そんなもので殴れば普通の人間は打撲か下手すれば骨折してしまうだろう、奴らはもう見境もなくなっているのだろう、そんな暴力を今から受ける僕は、本当にいい迷惑だと他人事のように考えてしまう、
「神谷!そこに土下座しろ」
伊藤は自分が手にする箒を突き出して僕にそう命令する。
僕はそんな命令を聞く義理もないので、黙って伊藤の顔をただ見るめる。
たぶん僕を土下座させてその背中を箒や竹刀で叩くんだなと思いながら、伊藤の顔をただ見つめる。
「どうやら痛い目に遭わないとわからないようだな」
精一杯の凄みを聞かせた声で、伊藤はそう言うと箒を振りかぶる。
そして一撃が飛んできて僕の左手に当たる。
でも僕は痛くも痒くもない、ただ叩かれたそんな感触しか感じられない、
「おい!お前らも殴れ」
僕の無反応にしびれを切らして伊藤が、取り巻き達そう命令する。
僕の体のあちこちに箒や竹刀が触れる感触がする。
頭や顔まで容赦なく叩いてくるのだ。
いつの間にか僕を叩く手が止まる。
スチール製の箒は曲がり竹刀は折れてしまったからだ。
伊藤達は唖然として僕を見つめる。
信じられないと、その目に怯えが浮かんでいる。
僕は伊藤の前まで行くとその首を右手でつかむ、そしてそのまま伊藤を持ち上げ宙吊りにする。
伊藤を持ち上げた僕の手の感覚は、掴んで持ち上げてるだけというそんな感覚しかしない、僕に拘束された伊藤は苦しそうに手足をバタつかせる。
「うぐっ……お前ら助けろ……」
しかし伊藤の取り巻き達5人は、僕が同じぐらいの体格の伊藤を軽々と持ち上げているのを、脅威に見て動けないでいる。
僕は取り囲む連中に伊藤を回して見せて、今日初めて連中に話しかける。
「覚えておけよ」
そうして伊藤をそのまま教室の床に放り投げる。
伊藤の取り巻き達は一斉に教室から逃げていく、床にうずくまって息荒い伊藤だけが、逃げられずにこの場に残される。
僕は伊藤の髪を掴んで顏お上げさせて、
「よくも今まで散々いたぶってくれたな」
そう言って伊藤の目を睨みつけてやる。
「うぐっ……ひゃう……ごめんなさい……」
伊藤は涙目になってそう言って謝る。
僕は伊藤の首を左手で掴み、
「いや許せない、ここで殺そうかな」
そう言って不敵に笑ってやる。
「た、助けてくれお願い何でもするから……」
懇願する伊藤に僕は冷たい視線を向けて、奴らが残した箒や竹刀の残骸をさししめして、
「忘れ物が多いなお前が片付けろよ」
そう命令して伊藤を拘束から開放する。
「わかった片づける……」
伊藤は立ち上がると周囲に散らばる箒や竹刀の残骸を集め始める。
一刻でも早くここから逃げ出したいのだろう、
箒や竹刀の残骸を抱えて伊藤は教室から出ていこうとする。
別に引き止める必要もないので僕は伊藤が出ていくのをそのまま見送る。
これに懲りたら伊藤達は僕をいじめるをやめるのだろうか?
身体的な暴力はしてこないと思う、でもいじめは陰湿的な面もある。
直接手を加えられないのなら、いじめはさらに陰湿化するかもしれない、
しかしそれはぼくにとって些細な事、そんな腐った連中は伊藤達の様に制裁を加えてやればいいのだ。
僕は伊藤達に打ち勝った。しかし、今は満足感よりも何故か虚しさを感じてしまうのだった。
とりあえず僕を取り巻く環境は僕のほんの些細な小さな抵抗で新しい展開を迎えるのだろう、
午後の授業が始まる予鈴のチャイム鳴り響く中で、僕はまだ重い足取りで自分のクラスに戻って行くのだ。
午後の授業を受けながら、僕は大石様の神様の器になったことを考えている。
僕は身体能力が強化されその力をもって試練と立ち向かわなければならない、人間たちには傷一つつけられないその不死身の肉体を得てその最終目標は『世界征服』前途多難すぎる途方もない目標だ。
僕はそのまだそんな目標に足を踏み入れてもいない状況なのだ。
仲間を探し試練に打ち勝っていく、たしかに今日いじめという現実の試練に打ち勝ったが、それは本当に 小さな抵抗であっただけだ。
午後の授業が終わり放課後になる。
クラブ活動をしていない僕は所詮帰宅部だ。
こんな居心地の悪い学校に長居はしたくない、だから鞄を持ってさっさと帰るに限る。
教室から出て廊下を歩いていると、僕の目の前に一人の女生徒が話しかけてくる。
「あなた今日力を使ったでしょ」
僕は美人とも言えるこの女生徒の言葉に驚く、力は確かに伊藤達を撃退するためにほんの少し使ったが、なぜこの女子生徒はそれを知っているのだろうか?
「自己紹介からしたほうがいいかしら、私は栗原睦美、あなたと同じ器になった存在よ」
自分以外の器の存在、当然いつか出会うと思っていたけどまさかこんなに早く出会うとは思いもしていなかった。
「僕は昨日器になったばかりなんだ」
「それなら私のほうが先輩ね、私は一週間前に神意を受けたの」
この長い黒髪をなびかせいる少女は器と言えどまだあまり経験を積んでいないのかもしれない、
「この学校にもう一人器が現れたって私の神様に聞いたの、それで力の発動を感知していたらあなたがその力の発動源だとわかったのよ」
この同じ一年生の校章を胸につけた少女は簡単に僕の正体を暴いてしまった。
「僕が力を使ったってどうしてわかったんだ?」
睦美は微笑むと、
「まだ開花途中でもあるけど、私は能力の発動を感知する力があるの、仲間を集める為に必要だから神様が一番最初に鍛えなさい云ったから」
どうやら能力は鍛えることで習得できるらしい、
「それで仲間は集まったの?」
試練に挑むのなら仲間は多いほうがいい、僕は期待込めてそう聞いてみる。
「あなたが初めての仲間かな、私の探知の能力はまだ狭い範囲でしか使えないから」
睦美の言葉に僕は少しガックリしてしまう、まあ世界は広い、他の器達はそれぞれの場所で修練やらを励んでいるのだろう、
「あなたこれから暇?こんな所で話すよりカフェも行って話さない?」
僕は突然美少女のデートの誘いを受けてしまった。
しかし僕はお金を持っていないカフェなんか行けないのだ。
「ごめんお金がないんだ」
「それなら私がおごってあげるから大丈夫よ、行きましょう」
かくして僕は美少女におごってもらえる条件で、一緒にカフェに向かうことになってしまった。
少しでも情報がほしい僕はその申し出を断れないのだ。