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最強の器

                 3最強の器


 辺りはもう夕暮れだ。

 夏の長い昼が終わろうとしている。

 僕は部屋の前で鞄から鍵を取り出す。

 どうやらいつものように,母は仕事に出かけて留守ようだ。

 僕は今日学校をさぼってしまつた。

 そんな後ろめたい気持ちが僕を憂鬱にさせる。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、自称神様の幼女はまだ僕の後ろにいる。

 僕はドアの鍵を開けて家の中に入っていく、幼女も当然のようにその後ろを続いて入る。

 もう年期物の鉄の扉を閉めて、僕は自分が置かれた境遇を考えてしまう、この幼女は僕を神の器と言っているが、はきりいってそんな力を得た実感が湧いてこないのだ。

 リビングのテーブルには母が夕食用に置いて行って金が置いてある。

 本来なら今から買い物に行き夕食を食べるのだが、なぜか今は食欲もなく、そして団地内にあるコンビニに買い物に行くのもおっくうに感じてしまう、そこで僕は初めて気が付く、何故か食欲もいや喉の渇きも感じないことに、僕は朝食を食べてから今までなにも食べていない、さらに飲み物は神社で水を飲んだけだ。

「どうして腹も減らないし、それに渇きも感じないんだろう?」

 僕はリビングのソファーに座る幼女にそう尋ねてみる。

「そなたはわらわの器となったのじゃ、もうすでに人の道理に縛られん、食べることも飲むことも寝ることもその気になれば何もせんでいいのじゃ」

 「それってもう僕は食事も睡眠もしないでいいってことなのかな?」

 幼女の返答に僕は思わず質問してしまう、

「安心せよ、食べようと思えば食べられるしの、飲みたければ飲むこともできるのじゃ、だだその必要がなくっただけじゃ、眠りたいと思えば意識を飛ばすこともできるのじゃ、そなたにはまだ人としての本質が残っているのじゃ、それすら取りあえげてしまうと、ちとかわいそうだと思ったからな」

 どうやら飲み食いはその気になれば出来るらしい、そして寝ることも一応可能なんだそうだ。

「戦い疲れて休みたいと思うこともあるじゃろう、わらわの器に選ばれし者に気遣いはしておるつもりじゃ」

 戦うって?僕は誰と戦うのか、それは何のために『世界征服』のためなのだろうか?

 わからないことだらけでまた頭が混乱してくる。

「われら神々の神意はすでに始まっておる。そなた以外にも器に選ばれし者もいるじゃろう、邪も動くかもしれん、神意の器となった者達と協力するか敵対するかはそなたが決めるのじゃ、そしてこの人の世を糺して安寧に導くがよい」

 僕以外にも器になった者達がいる?この自称神様の言う神通力を得た存在、そんな連中と協力してあるいは敵対して、僕はいったい何をしなければいけないのだろう?

「神々の神意って具体的に何を目標にしてるんだ?」

 僕のその問いかけに幼女はニコリと笑うと、

「混乱と秩序の回復じゃ、わらわたちは崇められる存在じゃ、しかしその信仰も薄れて消えてかけておる。人間は傲慢になりその科学力とやらで、神々の領域を荒らし、この星の生命たちを滅亡へと誘い始めたのじゃ、わらわら神々はその総意を神意として、傲慢な人間たちにその鉄槌を下すとこに決めたのじゃ、そなたらはその神意の器となりて、この傲慢な人の世を糺していけばよいのじゃ」

 幼女のそんな三流のラノベみたいな話を聞いても僕はそんなことができるのか疑問に感じてしまう、幼女の言う神通力とかいう能力は、試練に直面しなければ発揮されないのだろう、だからこのはま何もしないで普通の日常をただ過ごせばいいんじゃないかとそんな風に考えてしまう、まあ普通の日常といっても、僕は学校でいじめられている存在、あの過酷な日常から逃れる為に自殺未遂までしてしまう始末だ。

「案ずるな、そなたはわらわの器となったのじゃ、挑まなくても試練は訪れる。それに打ち勝ってその力を高めればよいのじゃ」

 どうやら試練とやらは僕を放免してくれないらしい、まるでゲームのように行動するだけで自動的に試練が降りかかるのだろうか?

「あざとい人間共はわらわらの神意に気づき始めておる。器を狩る者を邪より集いておるわ、その思惑にそなたは巻き込まれるであろう、だが臆するでない、邪など恐るに足りんからじゃ、神意の器は決して割れはせん、安心して試練に挑むがいいのじゃ」

 どうやら僕はこんな現代社会の中でプレイする。RPGの主人公みたいになってしまったらしい、僕のレベルやステータスはどれぐらいなんだろう?とふと考えてしまう、どこにでもいそうな普通の高校生、RPGでいう勇者とは程遠い存在なのだ。

 しかしどんなゲームでも基本ははレベル1から始まる。

 幼女の言う試練とやらに打ち勝ったらレベルが上がっていくのだろうか?

 そしてその最終目的は『世界征服』これじゃ勇者じゃなくその逆の魔王だなと、そのちぐはぐ差に思わず笑いそうしなってしまうのだ。

「そなたの試練はまだ始まってもおらん、今はまだ英気を養っておくのがよいじゃろう」

 この幼女の神様はそういうと僕の顔を見つめニッコリとほほ笑むのだった。

 とりあえず神の器にされたのだが現状何もすることがない、試練とやらは僕が行動すれば自動的にRPGのイベントの様に巻き起こるのなら、今は何もせずに退屈な時間を過ごせばいいんだろう、僕は自分の部屋に行ってやりかけのゲームの続きでもしてみようかな、そんな能天気なことを思い始める。

 寝ないでいいのなら徹夜でもゲームができる。

 もう夕食も食べないでいいんだから買い物に行く必要もないし、食欲も渇きも感じないのは以外に便利なんだなと、どこか他人事みたいに感じてしまうのだ。


 僕は自分の部屋でRPGの続きをプレイしている。

 このゲームは中古でこの前買ったばかりだから、まだほとんど攻略できずに、最初のイベントを攻略中なのだ。

 ひたすら弱いモンスター倒して経験値を稼ぐ、そんな地味な作業を繰り返している。

 僕の後ろにいる幼女の神様は、テレビ画面を興味深そうに眺めている。

「そなたは、そんな事をしていて飽きんのか?」

 幼女は退屈そうな声で僕に訪ねてくる。

「いや、地道にレベルを上げないと先に進めないから」

 そう返事すると幼女は鼻を鳴らして、

「最初から強くなれんのか?つまらないのう」

 不服そうな声でまた訪ねてくる。

「最初からレベルMAXならこんな苦労はしないよ、それにチートすぎてもゲームバランスを崩してしまうし、適当に苦労しないとゲームの達成感は得られないよ」

「そのゲームにも神様的な奴がおるんじゃろ?ケチ臭い神様じゃ、わらわはそんなことはせん、惜しみなく器には力を注いでおるからな、途中で死んでしまうなどありえんのじゃ」

 モンスターの攻撃でHPが0になってしまった画面を見つめ、僕はその言葉の異常性に気づく、えっ僕ってひょっとしてステータス最高レベルになってるのか?

「ねえ?僕の強さってどれぐらいなの」

 僕の問いかけに幼女は笑顔になると、

「この星の生き物達が束になっても勝てぬぐらいの強さじゃ、そなたは不死身と云うてもいいのじゃ、人間共が作り出した兵器などではそなたには傷一つの付けられんわ、わらわは神格でも気前のいいほうじゃ、安心して試練に挑めばよかろう」

 この幼女の神様はなんかとんでもないことを言っている。

「ええ!僕ってそんなにチートなの?」

 思わずそんな疑問を叫んでしまう、

「それぐらいの力がなければ、邪や他の神器とは争えぬ、わらわの温情を厚く肝に命ずるのじゃ」

 どうやら僕はこの現実世界で行われるゲームに、レベルMAXステータス全振りで挑まされるみたいだ。

 僕に足りないのは経験だけ、それはゲームと言うよりもラノベの最強主人公設定みたいだ。

 そんな何でもありの主人公のラノベなんか読んでも面白くもない、いったいこの神様は僕に何を期待して力を貸しているんだろうか?

「どうして僕なんだ?他にもふさわしい人がいたんじゃないの?」

「わらわは死にぞこないを拾っただけじゃ、そのほうが面白うなると考えたからじゃ」

 この神様は特別な意味で僕を器にしたんじゃない、ただ目の前で死にかけている人間がいたから、そのほうが面白いからという単純な理由で、僕は自分が巻き込まれた運命のいたずらに、何か恐ろしさを感じて思わず身震いする。

「案ずるな、そなたならきっと達成できるじゃろう、これでもわらわの人を見る目は衰えておらんからな」

 そんな期待されても実際まだ何も起こっていない、僕はこの先が不安でたまらなくなる。

 気が付けば夜は明け始めている

 そろそろ母親が返ってくる時間だ。

 いつもは酔っ払って帰って来てそのまま寝てしまうんだろうけど、僕は昨日学校をさぼってしまった事を思い出して憂鬱になる。

 学校からもし母に連絡があれば、ひと悶着おきるかもしれない、母は僕を放置している癖に、こんな細かいことにうるさいのだ。

 もしそんな干渉がなければ僕はとっくにグレていただろう、変なことで僕に依存してくる困った母親なのだ。

 その懸案が帰ってきたいみたいだ。

 玄関が乱暴に開くを音がが聞こえてくる。

 それと同時に僕を呼ぶ声が聞こえてくる。

「健一!」

 今さら寝たふりもできないし、僕はひと悶着を覚悟で自分の部屋から出る。

 酔って顏を赤めた母がリビングのソファーに座り込んでいる。

 濃い目の化粧をしたその顔は大いに不機嫌そうだ。

「健一!あんた昨日学校を休んだんだってね、どうして行かなかったの正直に言いなさい」

 自分の息子が自殺しようとした事も知らずに、母は僕を責めるように喚き散らす。

「通学途中でぐわいが悪くなって、それで休んでいたらそのまま寝てしまって、だから学校に行けなかったんだ」

 僕は自分が考えた精一杯の嘘を言ってみる。

 まあ嘘半分ほんと半分なんだけど……

「具合が悪いんなら家に帰ってくればいいでしょ!本当は嘘ついて遊びに行っていたんでしょ!」

 そう言われてももう返す言葉もない、僕はうなだれて黙り込むしかできないのだ。

「私はそんな嘘つくような子に私は育てたんじゃないだから、どうしてお母さんを困らすの、何とか言いなさいよ!」

 そう喚くと母はテーブルに乗った灰皿を掴んで投げつけてくる。

 それは僕の腹部に当たるが痛いとは感じられない、それから母は喚きちらして物を投げて暴れ始める。

 近所はたぶん迷惑しているだろうか、また始まったと呆れているのかもしれない、散々暴れた母はソファーに横になり眠り始める。

 僕は母が散らかした後始末を始める。

 母は精神を病んでいて、向精神薬とアルコールに依存している。

 僕のただ一人の肉親は壊れかけた人間なのだ。

 いつの間にか片付けをしている僕の横に、幼女の神様が立っている。

「ふん、人間の女などにそなたは傷一つつけられんわ」

 そう言って笑うその目には母を見下すようなそんな視線を感じる。

「さて、わらわはしばらく神域に戻るのじゃが、困ったことがあれば大石様と呼べ、ならばわらわはそなたの下にかけつけてやるからの」

 どうやら大石様の神様は僕に付きっきりで面倒を見てくれるんじゃないらしい、それをちょっと寂しく感じてしまうのは僕が心細いからなのだろうか?

「案ずるなわらわの器になったそなたのは一心同体も同じじゃ、我がどこにいてもその加護は受けられる。さてわらわの器になったそなたは、世界の安寧のために尽くさねばならん、今よりその来るべきき試練が待ち受けているのじゃからな」

 そういうと大石様の体が透けていく、そして存在は完全に消えてしまっていた。

 はぁ、一人か、でも別に昔から特に変わったわけじゃないのだ。

 僕は家庭でも学校でも完全に孤立してしまっている。

 片付けを終えた僕は自分の部屋に向かう、外はもう日差しがが差し込む朝になっている。

 梅雨のこの時期に珍しく二日連続の快晴か、学校に傘を持っていかなければいけない苦労を忘れられてうれしく思う、伊藤たちにそれを見つかれば取り上げられてめちゃくちゃにされてしまうからだ。

 時間はもう午前7時、そろそろ朝食取ってから学校向かう時間だ。

 別に空腹を感じないから朝食をとる必要もない、でも僕は簡単な朝食作る準備を始める。

 食べられるのなら食べておこうと、トースター焼いて目玉焼きを作る。

 コーヒーを入れて、そしてささやかな朝食を食べ始める。

 ささやかな朝食、別に美味しいとは感じない、なんか義務的に食べているという感じだ。

 登校できる時間のタイムリミットが迫ってくる。

 僕は登校の準備を始める。

 別に暑さは感じないが、僕は制服のブレザーを着ていかないことにする。

 学校という集団組織で目立つことをあえてする必要はないだろう、それにもう身を守る必要性を感じなくなったからだ。

 僕は神の器になって無敵の存在になったのだ。

 正直まだ信じられないが、学校に行けばその根拠を得られるかもしれないからだ。

 落書きだらけの教科書を鞄の詰め込んで、僕は団地の部屋の玄関を開ける。

 今日も澄み渡る青空、梅雨の中休みなんだろう、昨日自殺しようと考えていたことがまるで嘘のように、何故か僕の足取りは昨日より軽く感じられている。

 今日は幹線道通って学校通学しよう、コソコソと裏道を歩く必要ないと思えるからだ。


 こうして神の器に選ばれた。僕の新しい生活が始まろうとしている。

 大石様の言う試練とやらはいつ起こるのだろうか、それより先に片付けなければならない問題もある。

 僕は自分が巻き込まれている。いじめという問題を、一人で乗り越えていくと決心したのだから、

 幹線道の歩道を歩くのは僕の通っている高校の生徒達、みんな朝の挨拶をして笑顔で談笑している。

 そんな輪の中に溶け込めない僕は、一人孤独に歩いて現実を噛みしめる。

 しばらく歩くと学校が見えてくる。

 今まで僕を孤立さてていた建造物、逃げ出したかったこの地獄の学校から、しかし僕は力を得ている。

 恐れるものなどもうないのだと気持ちを引き締め、僕はかって地獄と感じたその学校の校門をくぐり

 挑戦を胸に、教室に向かうのだった。

 


 

 

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