神との遭遇
2 神との遭遇
朝が訪れる。
理不尽に世界を嘆いている者にも世界を謳歌している者にも公平に朝は訪れる。
僕は高校の制服に着替えて昨日のうちに買っておいた菓子パンをインスタントコーヒーで流し込む、たいして食欲もわかない、ただ単に食物の摂取する。
朝食を食べるリビングには母がソフアーねそべっいて起きる気配がない、酒を飲みすぎて寝室にも行かずその場で泥酔して寝てしまってだろう、別に珍しい光景じゃない、夜の商売している母は客に勧められば断ることもなく大酒をあおるように飲む、母が飲んだだけ店が儲かる。
所詮水商売というやつだ。
精神科医にアル中だと診断されても飲酒量を減らすとか節制するつもりはないのだろう、こんな母親でも一応僕の保護者が務まるのは僕が単なる未成年者だということだけで親権者がいないと養護施設にでも僕は入れられてしまうのだろうか?そのほうが幸せなのかもしれない、でも僕はこんな母親でも見捨てること出来ず、まして母親のほうが僕を邪魔者にして追い出そうとなんて考えていないのだから、いくら僕が児童虐待を役所に訴えてもその根拠を否定されてしまえばそれまでだから、僕には逃げ出せる場所なんかもう何処にもないのだ。
落書きだらけの教科書を鞄に詰め込んで僕は家を出る。
古い県営住宅、所詮団地と呼ばれるその建造郡には活気がない、家賃は低額であるからどうしても社会の底辺層が集まってくる。
一人暮らしの老人や年金暮らしの老夫婦、それにうちのような低所得者の母子家庭、ここは世間の掃きだめなのだ。
はっきりいってこんなところに住みたくない、いつかこんなとこらから逃げ出そうと考えたこともあったが、高校に入学したばかりの自分には何の資産も後ろ盾もなく、ただ自分の不遇を嘆くしか出来ることがない、早く独立してもっといい暮らしがしたいと思っても僕はいじめの渦中にいる。
自分の将来設計すら絵空事のように感じてしまう、僕の将来、それは僕にもどうすることない最底辺の入り口にしか思えないのだ。
学校に通うための通学路は長い、入学した当初は自転車通学していたのだが、伊藤達の陰湿ないじめによって僕の自転車はタイヤはパンクさせられ部品を壊され学校の駐輪場に放置されている。
だから片道徒歩で40分の道のりを歩いて通うしか方法がないのだ。
バス通学も考えたが運賃を払えばそれでも母から与えられている金が減ってしまう、そうなると買える食料品が減ってしまい、食べ盛りの僕は飢えに苦しむことになるだろう、だから我慢して徒歩で通学するしかないのだ。
通学の足取りは重い、今日は久しぶりの梅雨の晴れ間、青空が恨めしく思える。
衣替えはとっくに終わっているが僕は制服のブレザーをまだ着ている。
軽装になればそれだけ伊藤達の暴力のダメージを多く受けてしまうからだ。
はっきり言ってかなり暑い、僕は汗を流しながら学校に向かい歩き始める。
団地から高校に向かうには幹線道沿いを歩くか民家の中を通る裏道がある。
僕はいつもその裏道を通って通学している。
僕の通っている高校はこの町の中心部から外れた高台にある。
だから通学路は坂道が多い、そして中心部から外れているから周囲は田園が多い、道沿いに民家、その横に田んぼや畑が多くて都会から転校してきた僕には珍しいしい光景なのだ。
しばらく歩くと裏道は神社の前に差し掛かる。
この地域の氏神を祀る神社なんだろうけど僕は参拝したことがない、いじめの渦中にいて神にもすがりたい気分なんだが、いかんせん神に祈っても問題が解決するはずもなく、それに僕は宗教を信じていない、信じるものしか救わない宗教に逃避したって現状が改善するなんて眉唾物だし、それに母が昔に新興宗教にのめりこんでいた時期があったから余計眉唾なのだ。
しかし今日は立ち寄ってみようと考える。
家を出てから歩き詰めで喉がかわいていたんだ。
(神社なら水ぐらいあるだろう) そう思った僕は神社の本殿に続く石段を登り始める。
石段を登り切ると神社の本殿が見えてくる。
きれいに清掃された境内、神社の禊場には水が流れている。
僕はそこに行くと杓子ですくって水をの飲む、冷たい水がほてった体に染み渡たる。
一息ついて周りを見渡せば大きな本殿、鎮座する狛犬、神社周辺は森に囲まれひんやりとした空気が心地いい、(しかし誰もいないな)そう考えて僕は禊場の横にある石造りのベンチに腰を下ろす。
朝の清涼な空気をまとった聖域の雰囲気を存分に堪能する。
しかし僕はこれから学校に行かなけれならない、のんびりしている時間は少ない、でもどうしても体動かない、いじめられに行くというその無意味さが重く体にのしかかる。
(今日ぐらい学校をさぼっても大丈夫なんじゃ……)
そんなよからぬ考えが脳裏を走る。
学校をさぼればいじめには合わないが無断欠席すれば必ず学校から家に連絡がいく、そうなると帰宅してから母から何言われるかわかりもしない、僕は腕時計を持っていないし、携帯電話はあるが伊藤達に壊されるため学校には持っていけない、ここに長居してしまったため通学の残り時間は少なくなっているはずだ。
そんなことを考えていると今の自分がどうしようもなく哀れで惨めな存在に思えてくる。
家にも落ち着ける居場所がない、更に学校は地獄だ。
もう終わってしまってもいいんじゃないか……
こんなすがすがしい場所で最期を迎えられたら幸せなんじゃないか、死んでしまうのならこんな場所で最期を迎えたい、僕は立ち上がると神社の境内を歩き回る。
自殺するには一番楽な方法は首吊りだと何かの本で読んだことがある。
だからロープ類を探して境内を物色する。
岩を囲っているしめ縄に行き当たる。
それは高さ2メートルぐらいの大岩を囲んで4本の杭で封印してあるように囲っている。
しめ縄の材料は藁だが人一人ぐらい吊るせるだろう、僕は杭からしめ縄を外して長さ8メートルぐらいのロープを手に入れる。
そして枝ぶりのよさそうな木を探し始める。
境内の森には木がうっそうと茂っている。
比較的低木によさそうな枝があった。
僕は枝にロープをひっかけると踏み台になりそうなものを探すためまた境内を物色する。
しかし中々いい踏み台は見つからない、本殿の裏に回ってようやく酒のケースを見つける。
祭りか何かの時に使用するのか空の一升瓶が六本入っているが、それを全部出してさっきの木のもとに運ぶ、そのケースに乗って今度はロープを結び始める。
上手く首が絞まるように注意深く結んでいく、輪っかになったロープに首を掛けてみる。
ちょっと力を加えると見事に首が絞まる。
僕は考える、今までの人生いいこともそれなりにあったけどでもどちらかといえば酷いことが多かったなと、僕が死んだらいじめを苦に自殺なんて新聞に載るのかな?そうなれば少しは伊藤達に復讐できるかもしれない、そう思うと少しは気がまぎれるなと考える。
死ぬのはもう怖くない死んだほうがましだから、僕は意を決してケース蹴ってロープに身をゆだねる。
ロープが絞まって目の前が暗くなる呼吸ができなるなり意識が朦朧としていく、そして僕の意識は完全に途絶える。
どこからか歌声が聞こえる。
それは歌というよりも祝詞の様に聞こえる。
僕は死んでしまったのだからそれは祝福の歌なのだろう、ああ早くあの世に行きたい、家庭問題もいじめもない平穏な世界へ、あの世が地獄なら何も変わりはしないんだけど……
でも今僕が感じている心地よさわ地獄というより極楽に近いものかもしれない、心地よい気分、穏やかな感覚、ああ!死ぬってことはすばらしいことだったんだ。
しかし無情にも心地良い気分が消えてだんだん自分の意識が戻っていくのが感じる。
(僕は死んでいたいんだ!)
戻る意識の中でそう叫んでも徐々に意識は回復して五感が感じられるようになる。
(これはどういうことだ?)
僕は確かに首を吊って死んでしまったはずのに、状況確認のために最初に目を開けてみる。
そこは陽光が木漏れ日の森の中だった。
僕が首を吊ったロープがそよ風に揺れている。
(僕は死に損なったのか?)
しかし輪っかのついたままのロープは風に揺れている。
僕は上体を起こして周囲を眺める。
僕の目の前には古風な衣装を着た幼女が立っていた。
(この幼女が僕を助けたのか?)
僕は小学生低学年ぐらいのその幼女をまじまじと見つめる。
「お主がいらんようなのでわらわの器になってもらったのじゃ」
突然幼女はわけがわかなないことを話し始める。
「安心せい、わらわの神意の代行者に選んでやったのじゃ汝はもう死ねん感謝するのじゃ」
幼女のわけのわからない言葉に余計に訳が分からなって、僕は頭が混乱してくる。
「お主はわらわの神意の代行者となりてこの人の世を糺すのじゃ」
人の世を糺せなど何故かよくわからない幼女の言葉に僕の頭の混乱が更に深まる。
このまま幼女の話を聞いていても何もわからない、僕は混乱する頭を振り切って質問する。
「君が僕を助けたの?」
幼女はニコリと笑うと、
「わらはは大石真賀津新姫じゃ、そなたが結界を解いたので神意が振るえるのじゃ、まあ人間どもの結界などいつでも破れるがの、わらわは神々の神意に基づいて器を欲していたのじゃ、そなたを助けたなどとは図りならん、ちょうどいい器が来たから神意の器になってもろたのじゃ、礼には及ばん、その神通力を発揮して神意に貢献すればよい」
この大石さんとかいう古めかしい言葉をしゃべる幼女は、自分を神と呼び、僕をその器にして神通力を発揮して人の世を糺せと言っているようだが、その内容が支離滅裂でちょっと早い中二病みたいに感じる。
「その神通力が使えるなら見せてくれないか?」
思わずそんなことを言ってみる。
しかし幼女は笑みを浮かべると、
「神はこの世に干渉することをはばかるのじゃ、それで器を求めその力を託すのじゃ、神通力を発揮するのはそなたの仕事じゃ、わらわはその指導をするのみなのじゃ」
どうやら神通力が使えるのはこの幼女じゃなく僕みたいだ。
「その神通力っていうのはどうすれば使えるの?」
僕の質問に幼女はまた笑みを浮かべるると、
「試練じゃ、幾たびの試練に立ち向かう時にお主の神通力は高められるのじゃ、そなたは神の器となり試練に立ち向かいこの人の世に平和と安寧をもたらすのじゃ」
どうやら神通力とやらは容易に発揮出来るものではないらしい、そんな便利な力なんてあったら僕はいじめられたりしたりしないんだろうなと考えてしまう、世の中にそんなうまい話しなんかないんだと、僕は死んでしまおうこしたことを邪魔され、こんな中二話を語る自称神様の幼女をいとましく思ってしまう。
「案ずるな、先ずは精進していけばよい、わらわの力は最高神と互角にも渡り合える。そなたはその力をいかんなく発揮してこの世界を統べる者になるのじゃ」
世界を統べる。それって世界を征服するってことなのか?
「試練じゃ大きな試練が必要なのじゃ、ならば挑めわらわの器よ、そして安寧をもたらした暁にはそなたは神の眷属として迎え入れられるであろう」
この幼女の自信がどこから来ているのかわからないけど、僕は高校1年生でいじめを受けている軟弱者だ。
実際毎日が試練の連続でそこから逃げようと自殺未遂まで起こしている。
世界を統べるどころかこの世界から逃げ出したいと考えている臆病者に、そんな期待をされても困るのだ。
幼女と話している間に時間は過ぎて、もう夕暮れ近くになっている。
取りあえず家に帰らなければいけない、僕は台の上に乗って自分が自殺未遂をした現場をかたずけ始める。
強く引いたらロープが切れた、僕はそれと台にしていた酒ケースを元の状態に戻して帰ろうとする。
教科書しか入っていない鞄を掴んで神社の石段を下り始める。
その後ろを幼女がついてくる。
この子自分を神様なんて言っているけど帰る家はあるのかな?
「どうしてついてくるの?」
思わず幼女にそう尋ねると、
「案ずるな、わらわの姿はそなたにしか見えん、そなたの指導もせねばならんのでわらははそなたと同行する」
道を歩いていても誰も幼女を気にしない、幼女は人を避けようともせずに、まるで存在してないかのように人に当たるとすり抜ける。
これでは神様じゃなくて幽霊だ。
自動車が走って来ても避けないですり抜けてしまう、僕はこの幼女の異常性を改めて目にする。
神を自称しているのはあらがち間違いじゃないのかもしれない、目の前には無機質なコンクリートの建造物が並ぶ、僕の住んでる団地だ。
こうして僕は神様を自称する幼女と奇妙な共同生活を始めることになってしまった。