過酷な日常
幼作ですが不定期で連載していこうと思います。
御目汚しに一読していただければ幸いです。
よろしくお願いします。
1 過酷な日常
腹部に強烈な蹴りを受けて思わず前のめりになる。
苦痛で息ができなくなり苦しさに暴れて抵抗するにも両腕が拘束されていて逃れられない、さらに膝蹴りが腹部にのめりこむんで呼吸が出来なく意識が飛びかける。
「うぐっっ」
うめき声を出すのが精一杯の抵抗だ。
「まだまだこれからだぜ」
僕に蹴りを入れた伊藤はそういって僕の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。
顔面に痛みが走る。
どうやら殴られたみたいだが腹部の苦痛にうめく僕にはもう抵抗する力がない、何度も顔面を殴られる。
激しく僕を痛めつけているのはクラスのボス的存在、誰も伊藤に逆らえない、こんな行為に加担しない連中も見て見ぬふりを決め込んで誰も僕を助けようなどとは考えないのだ。
もう一ヶ月もこんな状況が続いている。
「おい、放してやれ」
伊藤の指示に拘束していた連中が僕の両腕を放す。
拘束を解かれて僕はその場にしゃがみ込んでしまう、その背中に何発もの蹴りが飛んでくる。
しゃがみこむことも出来なくなり、僕はうつ伏せで倒れてしまう、そこに数人分の蹴りが飛んでくる。
体中に苦痛を感じてのたうち回るも、奴らの容赦ない蹴りが執拗に背中や腹部に加えられる。
「おい、金を持っているか確認しろ」
伊藤の言葉にようやく蹴りから解放される。
数人の手が倒れる僕の上着やズボンのポケットを探り始める。
「持ってないみたいだぜ」
僕の上着を探っていた高橋が伊藤に戦果のなさを報告する。
「使えない野郎だぜ」
憎しげにそう言うと伊藤は僕の背中を再び蹴り始める。
その時にようやく休憩時間の終了を告げるチャイムが鳴り、僕は解放感に安堵する。
僕を痛めつけていた連中は授業の準備でその場を離れていく、僕はその姿を涙目で見つめながら起き上がりフラフラと自分の席に着いて座る。
体中が猛烈に痛い、しかし保健室になんていけない、行けば奴らの言うスキンシップとかの暴力がさらにエスカレートするからだ。
僕は苦痛を堪えて教科書を取り出す。
落書きだらけの教科書、僕が書いたんじゃない、陰湿な連中が誹謗中傷の文字を勝手に書き込んでくれるのだ。
だから読める部分が少ない、クラスのあちこちから笑い声が聞こえてくる。
僕は完全にこのクラスから孤立している。
いや、この学校から孤立しているといってもいいだろう、このいじめという行為が始まってからクラスメートも教師も完全に黙認を決め込んでいるのだ。
教師が教室に入って来て授業が始まる。
ノートを取らなければいけないが僕はノートを持っていない、僕のノートは伊藤達がすべて破り捨ててしまう、新しいノートを買ってもすぐに取り上げられてしまう、更に筆記具も潰されてしまうから学校には持ってこれないのだ。
だから授業は聞くしかできない、こんな状態だから授業にもついていけず落ちこぼれてしまった。
そしてさらに馬鹿にされて誹謗中傷されてしまうのだ。
僕は負のスパイラルに完全にはまり込んでそこから抜け出せなくなってしまったのだ。
授業が終わると昼休みになる。
僕は急いで教室から逃げ出す。
昼食は食べない、金を持ってきていないので学食にも購買にも行けないからだ。
金を持っていたら伊藤達に取り上げられてしまう、だから腹が減っても何も食べられないのだ。
誰にも見つからない場所で隠れて過ごす。
コソコソしないと伊藤達に見つかってまたスキンシップという暴力にさらされるからだ。
今日は空き教室に入って時間を潰す。
隠れる場所は何か所か準備してある。
そうしないとこんな人気のないところにいるのがばれたら、何をされるかわからないからだ。
伊藤達はいじめる相手には容赦しない、さらに陰湿な行為以上に直接的な暴力を振るってくる。
だから僕は隠れて逃げてその脅威から身を守らないといけないのだ。
僕は空き教室の窓から六月の梅雨空を見つめて、どうしてこんなことになったんだろうとぼんやり考える。
四月にこの高校に入学して来た時は、新たな学校生活に胸躍らせていたのに、伊藤達と同じクラスになったことが全ての不運の始まりだったと云うしかない、あの異常に自尊心の強い伊藤に目を付けられてしまったのだから、奴は別にイケメンでもなければ成績がいいわけでもない、ただ常に人の中心に居たいという自己中心的な奴なのだ。
奴のような存在がクラスの中心に居座るには、一番てっとり早いのが他人を否定すること、そして僕がいつの間にかにそのターゲットになってしまったのだ。
最初は軽い冗談で接してきて、そのうちそれがエスカレートして、そして今のこんな状態になってしまったのだ。
僕は引っ越してきて、この高校に入学したから周囲に知人というものが一人もいなかった。
最初は挨拶をする程度のクラスメートはいたが、伊藤が絡んできてからは次第に僕を無視するようになり、気が付けばクラスの中で完全に孤立していたのだ。
僕は担任教師に救いを求めたのだが、彼は伊藤の言う友達とじゃれあっているというその言葉にそれ以上追求しようともせずに、完全に放任を決め込んでしまったのだ。
誰も助けてくれない、だから僕は完全に追い込まれてしまっていた。
親にもその救いを求めても僕の母親はもう長期にわたり育児放棄をしてるから、話を聞いてくれるはずもなく、いや、話す以前にほとんど接点がないので、どうしようもない状態で一人で悩むしかできないのだ。
僕には父親がいない、僕がまだ小さい頃に離婚したと母から聞いている。
所詮母子家庭というやつなのか、その母も夜の仕事をして生計を立てている。
物心ついた頃から僕は夜の保育所に預けられ、小学校に通い始めると鍵を渡され、自分の食べ物を母が置いていく金でまかなうという生活をもう10年弱続けている。
母はメンヘラ気質というのか精神状態が不安定になる時があり、家で職場で問題を起こすことがあって、そのため僕らはあまり定住できなくなり、だから引っ越すことが頻繁にあったのだ。
母は今は少し落ち着いてきて、この県の県営住宅引っ越してきて、僕はそこで中学三年生の短い期間と高校を受験して今の今日がある。
僕は自分で云うにもあまり取り柄のない、至って普通の単なる高校生に過ぎない、スポーツも特に得意なものもなく、成績もよくも悪くもなく至って平凡な成績だ。
体格がいいということもなく、ほとんど平均的な体格をしている。
趣味はゲームにアニメ鑑賞ぐらいで、それでもオタクほど詳しいわけじゃない、そして性格は引っ込み思案な所があり、これは幼少期を転校を繰り返してきたその環境が原因だと自分でもそう思う、だけら僕は所詮は蔭キャラというものになってしまたんだと改めて自覚する。
だからあんな伊藤達に目を付けられていじめの対象になってしまったのだろうか?
そう考えてもその理不尽に納得できるわけもなく、追い詰められて後がなくなった僕は壮絶ないじめから逃れる為には引きこもるか自殺するというそんな選択肢しかないと考える。
僕が不登校になったら母がそれを許さないだろう、何度も精神科に通うような前歴のある母だ。
変にプライドが高く育児放棄してるのに僕の生活には普通を求めてくるのだ。
単に子供に依存している部分があって、僕が不登校になって家にいると必ず暴力を振るってでも行かせようとするだろう、子供の意見なんて聞かず一方的にヒステリックになって、喚き散らして物を投げてくる。
そんな場所で引きこもるはずもなく、だからと言って家を出て一人で生きていける生活力もない、こんな僕が最後に逃げられる場所は、もうあの世しか残されていないのだろうか?
これが僕、神谷健一の過酷な世界における日常なのである。
昼休みを終える予鈴なる中で、僕は窓の外をぼんやりと眺める。
今にも振り出しそうな梅雨空のその上には、こんな過酷な日常を過ごす僕を見てくれている神様なんているんだろうか?
もしそんな存在がいるのならあそこに行って、思いっきり文句でも言ってやりたいと考える。
昼休みが終わるまでに教室に戻らなければならない、いじめっ子がいるあんな嫌な場所に、僕はその足取りも重く、空き教室から出て地獄にむかうのだった。