第5話 櫻田紅葉
長くなったので心情描写で分けました
櫻田紅葉は、更衣室で一人死んだ目で体育座りをしていた。
櫻田と言えば日本でもトップクラスに有名な和菓子の一家である。現当主の一代前、彼女の祖母によって大幅に規模を拡大、人脈を広げた現在では政治の世界にこそ手を出さないもの裏から表までの世界に強い影響を持つ。
その超がつくお嬢様がなぜそんな場所で一人レイプ目をしているのか。
理由は一つであった。
「服が……取れない……」
そう、彼女の服は外のバックの中。更衣室の部屋からだとぎりぎり手が届く場所だった。
実家で貞操観念についても徹底的に叩き込まれた結果、もはや妄信的に頭から離れないそれは他人に肌を晒すことをこの緊急事態でも許さなかった。
試着室にいるなら試着する服がある?
確かに。彼女もその例にもれなくセーラー服を持ち込んでいた。
ただし、上着だけである。
何を隠そう、店員がいないからと試着室で脱いだ後外の鞄にしまった。
その直後来店があり、試着室に引きこもったがそれが試練を呼んでしまったのだ。
本来なら店を出るまで待てばいいのだろう。だが、湿気を避けるため設置されたエアコンがちょうど冷気を自らに運ぶのだ。
少しずつ暖かくなってきたとは言え暗めの部屋の隅、精神的にも肉体的にも限界を迎えるのが近いであろう。
下着で一瞬身を乗り出して着替えを取るか、このまま風邪をひいてもいいからここで待つか。
カーテンの間から恨めしそうに他の客を見ることしか出来なかった。
「なんでそこで喋るの……早く帰ってよ……」
全くもって的外れかつ八つ当たりだが、この場合はしょうがないのだろう。彼女の中では。
しかも何よりの問題が。
「なんで男子なのここで……!」
男に結婚前に肌を見せる。最大の禁忌である。
だが、下腹部に水分がたまり始めたのに気づいた瞬間事態は変化する。
(早く出て行ってー!!!)
膝立ちでカーテンを掴みながら脳内で早く帰れと呪い、もどき祈り始めたが重大な問題を一つ忘れていた。
カーテンレールには人の体重はあまりにも負荷が大きいことを。
バキッ
上からの破壊音の理由に気づく間もなく投げ出される。
そして打った頭を押さえて顔を上げると……
「大丈夫ですか?」
男がいた。