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 家に帰ると、明け方だというのに誰もいなかった。

 二人で出かけてるのかな。私がいないと思って……。

 仲の良い両親に腹が立つ。

 誰もいない家の中にいると、どうしようもなくひとりぼっち何だという気持ちが襲ってくる。

 やっぱり、私は両親に捨てられたのかもしれない。そんな気がしてならなくなってきた。もう、私が帰る場所なんて、どこにもないんだ。

 両親は私の気持ちなんて考えずに勝手に婚約とか決めて、同居なんてことまで勝手に決めた。私は結局、両親にとってさえその程度の存在だったのかもしれない。都合の良いように親にまで扱われる程度の人間で、赤の他人の露木さんが私を適当に扱うのだってきっとあたりまえなんだろう。

 帰ってくるんじゃなかった。でも、行く所なんて他にはない。

 泊めてくれるような友達は、今研究室にこもりきりだし、もう一人はやっと両思いになった彼と頻繁にどっちかに寝泊まりしてるような状態だ。

 ソファーに座って膝を抱える。世界中でひとりぼっちにでもなった気分が増した。

 学校、行かなきゃって頭の片隅で思うけど、動きたくなかった。

 もしここに両親がいたら、早く帰れ、露木さんに迷惑をかけるなって、きっと言うに違いない。私の味方になってくれる人なんて、いない。

 やっぱり、どっか他の所へ行こう。とりあえず、学校に行って……

 立ち上がったとき、玄関のドアが開いた。

「乃愛、いるの?」

 どこか心許なさそうに響く声がした。ママだ。

 なんで、こんな時間に、帰って……?

 もう今日は会うことはないと思っていたのに。今、両親の小言を聞く余裕なんてないのに。

 パタパタとせわしいスリッパの足音がして、リビングの扉が開く。

 慌てた様子で顔を出したママと目が合って、私は視線をそらしてうつむくと、その脇を通り過ぎようとした。

「待って。露木さんからあなたが家に帰っているかもしれないって連絡があったの。乃愛、何があったの?」

「……特に用事があったわけじゃないから……帰る」

「……ちゃんと、露木さんの所に帰るのよね?」

 返事をしたくなくて、無言のまま玄関に向かう。

「乃愛、どうしたんだ」

 ほっとしたように微笑む父をちらりと見てから通り過ぎる。

「乃愛!」

 ママが追いかけてきて、「どうしたんだ?」とパパがママに尋ねる。

「分からないの、顔見たとたんこんな様子で……帰るって」

「乃愛、どうしたんだ。露木さんと何かあったのか?」

 心配そうな声と顔をしているけど、両親は露木さんの味方で、私が何を言ってもどうせ聞いてくれないくせに。

「……何かあったとしても、どうせパパもママも……」

 言いかけて、やめる。見合いの時も同居の時も、私の意志なんて聞いてくれなかった。パパとママの都合だけ押しつけられて……。

「どうした? ちゃんと話してごらん」

「……話しても、聞く気なんてないくせに。みんな私の気持ちなんて、どうでもいいくせに!!」

 目を見張った両親の顔を交互に睨んでから、玄関を飛び出す。

 なんで帰ってきたんだろう。両親は当てにならないのはあの時から分かってたはずなのに。

「乃愛、待ちなさい」

「はなして!」

 追いかけてきた父の手を振り払う。

「ちゃんと話をしよう。パパもママも乃愛の気持ちをどうでもいいだなんて思ってないから」

「うそ!!」

「嘘じゃない」

「無理矢理結婚させようとしたくせに! 今更心配してるフリなんて!!」

 なじるように叫びながら、本当に心配してるみたいな両親の表情がちらりと見えて、ぼろぼろと涙がこぼれてくる。

「……乃愛、ごめんなさい……」

 駆け寄ってきた母が私の肩を抱いた。優しい抱擁が腹立たしくて、振り払う。

「ちゃんと、話をしよう。今度は、ちゃんと乃愛の話も聞くから」

 なだめるような父の声が癇に障る。

「……どう、せっ、話聞いたふりして、帰るように説得するんでしょっ パパも、ママ、もっ、わたし、よりっ、露木さんの言葉を、信用する、くせにっ」

 睨むと、父はひどく難しい顔をして、母は悲しそうに顔をゆがめていた。

「今さらっ、そんな顔、しないで! 仕事の駒にして、捨てたのは、そっちのくせに!!」

 振り払って立ち去ろうとした私に、父が静がに言った。

「乃愛、ちゃんと話をしよう。今回のことでお前には話してなかったことがある。……無理矢理婚約させた理由だ。同居させた理由も説明する」

「理由? 今更?」

「……今だから、だ。お前は大事な娘だ。どうでもいいなんて思ってない」

 手を引かれて、納得はいかなかったけど、両親の言う理由とやらを聞いてやろうと不承不承また家の中に戻ってゆく。

 テーブルを間に挟んで向かい合ってソファーに座ると、「何があったんだ」と、父が口を開いた。

「理由、説明してくれるんじゃ、ないの?」

 露木さんにキスされて、なんて話をしたくない。好きでもないくせに、婚約者だからって理由で何となくでされて嫌だった、なんて説明できるはずがない。

 沈黙したまま向かい合っていると、ママがコーヒーをいれて運んできた。

「ママたち、思った以上に乃愛のこと傷つけたのね。ごめんね」

 以前のように頭を撫でてこようとしたママの手を振り払う。

「私は理由を聞いてるの!!」

 懐柔なんてされてやらない。

 睨むと、やっぱりママは悲しそうに微笑んだ。

 なんでそっちがそんな顔をするの。泣きたいのは私の方だなのに。どうしてパパとママが被害者面するの。

「露木君の会社はうちの会社の取引先だと話したが、実際は違う。彼の会社はうちの会社とは無関係だ。いや、多少の取引はあるが、そう大きな物じゃない。……乃愛、うちの会社はね、倒産寸前だったんだ。乃愛の住んでいたアパートの支払いも出来なくなって、大学の授業料も次の支払いはもう無理な状態だった」

「……え? 倒、産……?」

「会社の方は露木君も力になってくれて、とりあえず銀行からの融資が受けられるようになって持ち直せる見通しが付く状態にまで落ち着いたよ。つい先週まで、ずっと会社に泊まり込みで対応していたが、今ならお前に話すことも出来る。婚約をやめてうちに戻ってきても、何とかなるだろうから」

 思ってもみなかった言葉に頭が真っ白になった。父の顔を見て、意味が分かりだしてくると身体が震えだした。

「露木君に、乃愛の後見人になって欲しいと頼んだのは私たちだ。乃愛の生活を守って欲しいと、無理に頼み込んだ」

 なに、それ。でも、露木さんは、取引先じゃなくって、政略結婚じゃないのなら、どうして……。だって、それじゃあ、この婚約、露木さんに何の利益もないって事じゃないの……?

「ど、して、露木さん、に……。なんで露木さんが、そんなこと引き受けるの……?」

「以前、彼を支援したことがあるんだ。企業が学生の挑戦を支援するという試みがあってね。その時に私が露木君の研究を気に入って支援したんだよ。たいしたことではなかったが、それが彼の転機にはなっていたようで、起業出来たことを私のおかげだと言ってくれていたんだ。……実際は彼の努力の成果で、私が力になったことなど些細な物だ。それでも彼が私に大きな恩を感じていることを知っていた。……私たちは、それにつけ込んだ」

 父が発する苦い口調が、露木さんに私という迷惑を押しつけたのだと語っている。

 私は、役に立つ駒ですらなく、露木さんにとって重荷でしかなかったということか。

 そんな。

「露木君が私の突拍子もない頼みを受ける義理など、全くなかった。でも、彼は優しいから、私たちを見捨てることが出来なかったんだろう。露木君が婚約までする義理なんかなかった。彼もそこまでしたら乃愛がかわいそうだと最初は拒否していたんだ。何も知らせないままでは乃愛が傷つくと言ってね。だが、それを強引に押し通したのは私たちだ。いざというときに、お前が露木君の庇護下にあるという安心感が欲しかった私たちの気持ちを、彼は尊重してくれた。彼は、私たちのために、婚約者となって同居することを受け入れてくれたんだ。彼は、乃愛の気持ちを心配してくれていたよ。それと乃愛を心配する私たちの気持ちも。「嫌っている素振りでもすれば、反発して近づかないでしょう」と笑ってね、乃愛との同居が安全であることを私たちに示そうとしてくれた」

 最初の頃の意地悪な露木さんの言動がふと頭を過ぎる。

 大っ嫌いだった、あの頃。

 それは、私を、遠ざけるために、わざとだった……? 

「そういえば、乃愛が帰ってきたのは、彼と何かがあったのだろう? 彼に嫌な思いをさせられたとしたら、それはおそらく私たちのせいだ。彼は、悪くない。悪いのは、パパのほうだよ」

 じゃあ、今は? 今は、露木さんは優しかった。私を遠ざけたかったのなら、なんで優しくしたの? 私が落ち込んでいたから突き放せなくなった? キスして危機感を煽った? それともあれは、私への意地悪だった? 分からない。露木さんの考えていたことなんて、私には分からない。

 分かることは、私という存在が、両親にとっても、露木さんにとっても、ただの重荷でしかなかったということだけだ。

「露木君は、悪くないんだ……すまなかった、乃愛」

 パパがうなだれてる。こんなパパを私は見たことがない。

 でも、私は急に覆されたいろんな前提に、頭がいっぱいになっていた。

 パパが悪くないのは、分かる。露木さんも、迷惑を押しつけられただけ。じゃあ、悪いのは、だれ? ……私?

 私だけ一人知らされずに、みんなが大変なときにバカみたいに反発して……。

 なにそれ。なんなの、それ。

「……バカみたい。パパとママが大変なときに、のうのうと自分のことばっかり考えてたなんて……」

「それは乃愛が悪いわけじゃないわ」

「教えてくれなかったもんね。でも、私だって分かるよ。あの時の私が、どんなにバカで滑稽だったかぐらいは!」

 私一人、からまわりしてた。両親にも露木さんにも必要のない、私の将来のためだけの婚約に、必死に反発して、ただ迷惑な存在の私を守ってくれてた露木さんに腹を立てて、ケンカ売って。

 そんなの、私、ただのバカじゃないの。


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