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エンゲージパニック!  作者: 真麻一花


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10/12

 逃げたくても、やっぱり私には行く場所はなくて、結局私は実家へと向かう。露木さんの所に帰れないのなら、もう家しかない。露木さんには、実家に帰るとメッセージをいれた。

 ほんとは、みんな無視して何も言わず友達の所にでも泊めてもらって両親と露木さんの知らないところに行きたかった。でも今、それをしたらいけないことぐらいは、分かった。いっぱいいっぱいな両親に、これ以上の心労を与えたらいけないことぐらい。

 それもまた、むなしかった。私のやることはみんな、両親と露木さんの手の平の上なんだと思うと、自分がバカみたいに思えた。

 こんなふうに自分のことばっかり考えているから、きっと露木さんは私のことに呆れただろう。その程度の考えしかないような女なのかと、問われた気がした。相手にするまでもない存在だと。彼の隣に立つのに、ふさわしくないと。無表情に、淡々と諭されながら、突き放されたように感じていた。


 あんなに自分勝手にわめいたのに、家に帰るとパパもママもとても心配した様子で迎えてくれた。

 きっと、私のために帰ってきてくれたのだろう。

「ただいま」と言えば「おかえりなさい」と泣きそうな笑顔で向けてくれた。

 どこか思い詰めた様子で、でもあたりまえのように迎え入れてくれた両親の顔を見て、露木さんの言葉を思い出す。

『自分たちがいなくなったら』

 両親が言ったという言葉。それの意味するところが、急にひらめいて、ぞくりと震えが走った。あの時両親は、どれだけ未来を悲観していたのだろう。それはもしかして、……生きていられないほどだった……?

 もしかしたら、この世からもうパパとママがいなくなってたかもしれない。二度と会えなくなっていたかもしれない、パパとママがその未来を、自分たちで選んでたかもしれない。二人とも、死んじゃってたかもしれない……。

 私一人残されてたかもしれないそんな想像が頭を過ぎって、急に頭が冷えた。

 露木さんはそれを防ぎたかったから、私に何も言えなかったの? 私のことでパパとママにほんの少しの負担も与えないようにしたかった?

 両親の顔を見た。ひどくやつれていることに、今更気がついた。どれだけ苦しい思いをしていたんだろう。なのに、二人ともそんなことは全部かくして、私のことを心配している。今までも、今も、きっとこれからも。

 私は今朝露木さんの車の中で、半ばパニックになっていた。あの時、自分のことばっかりで、誰の気持ちも考えることも出来なかった。視野が狭くなると言うのは、きっとそういうことだ。両親は、その視野が狭い状態で、必死に私のことを考えてくれていたんだろう。

 あの時は分からなかったことが、疲れ切っているのに優しく迎え入れてくれた両親を前に、急に分かった。

 両親が私に向けてくれた愛情がどれだけすごいことか、今なら分かる。こんなにやつれるほど大変だったのに、そのことを気付かせないように、私に心配させないように必死に笑って、私を守ろうとしてくれていただけだった。

 パパもママも、私のことを考えなかったんじゃない。私を守ることに、必死になってくれていただけだった。

「……ごめんなさい」

 勝手に口からこぼれた。

「ひどいこと言って、ごめんなさい……」

 両親のしたことが正しかったとは思わない。理屈で言えば、間違いだらけだと正直なところ思う。でも、確かに、あの時両親に出来る精一杯をしてくれたのだと、露木さんの言葉が、すとんと腑に落ちた。



 家に帰ってから一ヶ月。大学は家から通っている。

 大学遠い。やっぱりこれ通う距離じゃない。早起き辛すぎ。っていいたいけど、それ以上に両親の就寝起床が遅すぎて早すぎて、文句のひとつも言えないという、ハードな状況だ。

 両親は、今のところ私が帰ってきたことで「良いタイミングだから」と、どちらかが家に帰るようにしている状態だ。

 私は、帰ってくる両親に朝晩のご飯作ってお弁当作って送り出している。

「乃愛のご飯を食べると、がんばれる」

 なんて言われると、そりゃもう「任せて!!」って言うしかないよね。ご飯担当しろとかそういうつもりじゃなかったみたいだけど、ちょっとでも力になりたいもんね。

 そして、まだ、うちはちょっとお金の面では非常に厳しいらしい。ギリギリ私名義の貯金が残っているだけだそうで、実は露木さんのお世話になっているままだ。主に金銭面。

 聞くところによると、露木さんは「婚約者の家の力になりたいのは、当然」と、のたまっているらしい。まあ、パパを助けたいための単なる口実だろう。

 つまり、私はまだ露木さんの婚約者だ。名前だけだけど。

 私はというと、あれから露木さんには会っていない。パパは、昨日も会ったとか言ってたけど、私はまだ会う勇気が出ない。いろんな事が発覚して忘れかけてたけど、キスの理由も分かってないし。いや、「何となく」って言われたけど。実際どういう意味かまでは、やっぱり分からずじまいだ。

 忙しさでごまかしてるけど、露木さんに会いたい気持ちは大きくなるばかりだ。そう思うけれど、どんな顔して会いに行けば良いのか、何を言っていいのか、名目だけの婚約者がどこまでなら求めても良いのか、全く分からなくて、立ち往生してる。

 それに、このまま婚約が維持されて、うっかり結婚なんてなったら、いくら何でも露木さんに申し訳ない。私はうれしいけど、露木さんは別に私のことが好きなわけじゃないから。

 家では露木さんの話を、たくさんした。パパとママの前だから、結局褒めるところばっかりで、文句のひとつも言えなかった。

 ……ほんとは、違う。嫌な思いもいっぱいしたし、腹も立てた気がするのに、なんでか、そういうのひとつも思い出せなかった。思い出すのは、楽しかったこととか、優しかったところばっかりだ。

 悔しい。露木さんはパパのために私に優しくしただけなのに。それが分かってるのに、大好きなまんまだ。

 でも、パパとママに露木さんを悪く思われたくなかったから、きっとそれでよかったんだろう。

 露木さんの話をするのはとても楽しくて幸せで、それから会いたくなって、またあの部屋に戻りたい気持ちが膨らんで、とても寂しかった。


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