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角なし  作者: くまおやG
9/11

慈悲

「和尚さま……」

 永慶の部屋の襖越しに、消え入る様な声がした。

「その声は、鎮念か?」

「はい……」

 永慶は先程の悲鳴に目を覚まし、寝床から身を起こしていたところだった。

「和尚さま……大変な事をしてしまいました」

 永慶は、襖を開けた。

 鎮念は土下座して、額を廊下に付けていた。

「どうした?何をしたのか言いなさい?」

 鎮念は、顔を上げた。

 鎮念の口の周りと着物の胸の辺りに、血がべったりと付いていた。

 永慶は、鎮念に何が起こってしまったのか理解した。

「可哀想に……済まぬ事をした。お前の様な若者をこの様な姿にしてしまったのは、ワシの不徳……」

 永慶は、流れる涙を止められなかった。

 永慶は、鎮念を抱き寄せた。

「すまぬ!すまぬ!許してくれ!」

「和尚さま……いけません」

 鎮念のギリギリ保っていた自我という灯火が、今正に消えようとしていた。

 永慶の首筋に噛みつこうと、鎮念の口が大きく開いた。

「和尚!」

 駆けつけたサブの太い腕が、鎮念の口と永慶の首の間に捻じ込んできた。

 鎮念の歯が、サブの腕に食い込んだ。

「サブ!そんな事したらお前が!」

 サブはニヤリと笑い、噛まれて居ようが構わず立ち上がり、腕を振り上げた。

 サブの右腕から鎮念がダラリと垂れ下がった姿は、さながら漁師が大物を釣り上げたかの様だった。

「うおりゃー!!」

 サブは、鎮念を縁側から庭へ豪快に投げ飛ばした。

 サブの腕の肉は千切れ、縁側から庭へ赤い血の線が出来た。

「サブ!お前が屍人に成ったら、ここに居る者達では太刀打ち出来ぬ!お前だけが、今の状況を撃ち破る事が出来ると思っておったのに……このままでは全滅じゃ……」

 永慶の言う事は、本音だった。

 永慶は、本気で狼狽えた。

「ワシは良かったのじゃ……可哀想な鎮念の餌になっても良かったのじゃ……」

 サブは、永慶の前に仁王立ちになった。

 腕からは、血がダラダラと流れていた。

 サブは、その傷を永慶の前に差し出した。

 傷はブクブクと泡立ち、見る見る肉が盛り上がり、アッと言う間に治ってしまった。

「和尚さま、シッカリしてください。俺は死にません」

 永慶は、驚いた。

 驚いて、傷とサブの顔を何度も見返した。

「俺は、鬼を喰らいました。だからかは判らないが、奴ら同様不死身なのです。いや、奴らの傷は治りませんから、奴ら以上に不死身です」

 永慶はポカンと口を開けたまま、サブの話しを聞いていた。

「以前、ここの様な屍人の巣に成ってしまった村に行った事があります。その時気付いた事が二つ。ひとつは、奴らには角落しは役に立たない。もう一つは、俺の鬼の血が混ざった血は、奴らには猛毒だという事」

「ギャー!」

 庭から、鎮念の悲鳴が上がった。

 鎮念は宙に向けて手を伸ばし、そのまま動かなくなった。

「実はなサブよ」

 永慶が、鎮念の亡骸に手を合わせながら口を開いた。

「角落しの前の持ち主は、このワシなのじゃ」

「え……」

「だから、角落しが如何なる刀であるかは、持って間も無いお主よりもよく知っておるのじゃ」

「じゃあ、和尚もこの刀で……」

「そう、仇討ちの旅をしておった。いつ終わるかも判らぬ殺戮の日々に疲れてしまってのう……この寺に駆け込んだのじゃ。それからは、その刀に宿る霊を成仏させる為に、経を読んでおった。しかし、ワシ如きなまくら坊主の読む経で静まる刀ではなかったのであろう。お前があの日血まみれで駆け込んだ来た時、全て悟ったよ、お主が選ばれたのだと」

 サブは、角落しをジッと見つめた。

「ワシは、お主が刀に魅了されると判っていて、ワザとお主に刀を見せたのじゃ」

「じゃあまさか……」

「お主が行く先々で魑魅魍魎に出くわすのは、偶然では無い事にはさすがに気付いておろう。同じ理屈でお主の女房の前に、鬼を呼び寄せたのも又その刀……」

 サブの瞳に、憤怒の炎が灯るのが見て取れるようだった。

「くそったれ!」

 サブは、庭石やら灯篭やらを滅多やたらに斬りつけ刀を折ろうとしたが、徒労に終わった。

「サブよ、ワシがこの寺へ来なかったら、女房殿が死ぬ事は無かったであろう。すまぬ、この通り」

 永慶は庭に降り、サブの前で手を付いて謝った。

 サブはその様子を黙って見ていた。

「ワシはこの話しをちゃんとお主に話した上で、その刀をお主に託すつもりじゃった。しかし、お主は盗み出した。話せなかったのじゃ、許せ」

「和尚に謝って貰っても、ここで殴ってもマツは帰って来ねえ。それに、俺を選んだのはコイツ。和尚じゃねえ。だからもう、頭を上げてくれ。さっきは頭にきて、折っちまうかとも思ったが、コイツの中にマツも矢太郎も、サヨの婆さんも、和尚の大事な人も居るんだよな……」

 サブは泣いた。

 無情な運命に、泣いた。

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