山寺
「久しいな、サブよ」
サブ達を取り囲んでいた人集りが、ささっと左右に分かれて、山門から本堂へ続く石畳が開けた。
その人は石畳に立っていた。
サブは石畳に正座して、石畳に額が付くほど深く礼をした。
「永慶さまこそ、お元気で何よりです」
「あの時も、こうして寺に駆け込んで来たのじゃったな」
「はい、あの時助けて下さらなかったら、俺の命は有りませんでした……それなのに、俺は刀を持ち出して逃げた……」
濡れ衣を着せられ寺に駆け込んで来たサブを、数人の村人が取り囲んでいた。
永慶は「寺で殺生とは、何事か!」と一喝して、村人を追い返したのだった。
「はて?なんの事かのぉ?」
「この刀の事です」
「ああそれか、処分に困っていたのじゃ、持っていけ」
サブは一旦顔を上げ、再び深々と頭を下げた。
その姿を、永慶は哀れむ様な目で見た。
『違うのじゃサブよ』
永慶は、サブの隣で永慶を睨み付けている子供に気付いた。
「時にサブよ。隣のかわいい娘は、何処の子じゃ?」
「はい。旅先で出会ったサヨと申します。俺のせいで、身寄りを無くしてしまいました。どうか、この寺で面倒を見て下さい」
「うむ。いつもであれば、ここで働かせるなり、奉公の先を探してやるなり出来るのだが……今ここは、危険であるからのぉ……」
サヨは急に立ち上がって、永慶を睨んだ。
「坊さん!要らぬ心配だ!アタイは、ずーっとサブに付いて行く!サブの嫁に成るんだ!」
そこに居た全員が、ドッと笑った。
「なんで笑う!」
ぶーっと膨れたサヨの頬を見て、また皆がドッと笑った。
それから数時間後のこと……
「おい鎮念!見張りの交代の時間だ」
「はい……」
鎮念は、寺の小僧だった。
兄弟子に交代を告げられて、力無くフラフラと立ち上がった。
「どうした?具合でも悪いか?」
「大丈夫です。少し疲れが出たみたいです。休めば治ります」
そう言って、寺の庫裏の方に歩き去った。
その夜鎮念は、強烈な空腹感に目を覚ました。
とにかく、なにか口にしたくて起き上がった。
立って歩いて見ると、疲労感というか倦怠感というか、とにかくダルくてダルくてたまらなかった。
それにも増して空腹が耐え難く、重い足枷を嵌められたかの様な足で、気づくと台所の食料を漁っていた。
ところが、何を食っても不味い。
不味いから、あれもこれも食ってみた。
それでもあまりに不味くて、終いには嘔吐してしまった。
『くそう……なんでここにあるのは野菜ばっかりなんだ……俺が欲しいのは……』
そこへ鎮念が食い散らかした野菜をかじりに、ネズミが現れた。
鎮念は、ネズミをみてゴクリと溢れる唾液を飲み込んだ。
そして、気付いた時にはネズミにかぶりついていた。
「おい!お前!そこで何をしてる!!」
台所の番を任されている、兄弟子だった。
「あーあー!こんなに食い散らかして!これが皆の貴重な食料だということが分からんのか!和尚様に言いつけてやる!!」
兄弟子はそう言って、その場を立ち去ろうとした。
『まって……』
鎮念は、兄弟子の腕を掴んだ。
そして、掴んだ腕に食いついた。
「ぎゃー!!!」
兄弟子の悲鳴が、寺中に響き渡った。
声を聞いたサブと泰時が駆けつけた時、兄弟子が血まみれで転げまわっていた。
サブは慌てて兄弟子の腕をを押さえつけた。
「泰時!早く腕を切れ!毒が回る!」
「ひいいい!やめてくれぇぇぇぇぇ!」
兄弟子は、懇願した。
「だめだ!このまま放置したら、お前も屍人に成る!」
「ひ……」
兄弟子の騒ぐのをやめたが、目から大粒の涙がポロポロと流れ始めた。
「さあ!泰時早くしろ!!」
泰時は刀を抜き「御免!」と言いながら腕を両断した。
兄弟子は、気絶した。
「人を呼べ、手足を縛って猿ぐつわをハメるように指示しろ。起きた時にこいつが人間とは限らねえ」
廊下に血の足跡が付いていた。
その足跡は、和尚の部屋の方に続いていた。