屍人
「さて、あと半里もしたら上穂村だ。ただ俺は、この辺じゃお尋ね者だ。だから、日が暮れるのをまって寺に行こう」
日は傾き、茜色の空にカラスが鳴く頃だった。
三人は河原に腰掛け、日が暮れるのを待った。
「さあ、行くか?」
サブが立ち上がった時辺りはすっかり日も暮れ、月明かりはあるものの少し離れると人相もわからない程の闇に包まれていた。
「暗いな」
泰時がそう言うと、サブもサヨもうなづいた。
そもそも寂れた村、そんなに明るいはずは無いのだが余りにも暗すぎた。
「暗いだけじゃない、静か過ぎる」
日は暮れたとは言えまださほど時間経っておらず、晩飯の用意する音やら団欒の声やら多少してもおかしくないはずなのだが、辺りは静まり返っていた。
「ほら、あそこを曲がると山門に続く石段だ」
そう言ってサブが指差したその先に、こちらに向かって来る人影がうっすらと見えた。
「なんだ?酔ってるのか?」
人影はヨロヨロとおぼつかない足取りで向かって来た。
服はだらしなくはだけ、腰の帯が垂れ下がり地面に引き摺っていた。
「顔を見られるとまずい」
三人は道から逸れて、茂みに身を隠した。
人影は、気にする様子もなく通り過ぎようとしていた。
しかし、その姿を見たサヨが思わず「うわ!」っと声を上げてしまった。
人影は、落ち窪んだ虚ろな目でこちらを見た。
垂れ下がった帯に見えたのは、裂けた腹から飛び出た臓物だった。
「うわあ!」さしもの泰時も声を上げた。
「まずい!屍人だ!逃げろ!」
サブは、角落しを抜いた。
しかし、角落しは権左の時の様な燐光を放っていなかった。
サブは、屍人の落ち窪んだ目の辺りを突き刺した。
刀を引き抜くと、屍人は崩れ落ちた。
「泰時!頭を狙え!脳味噌を痛めつけるか、首を落とさないと、奴らは死なない」
「奴ら?」
「こいつらに噛まれると、毒が回って、同じ様な屍人になっちまうんだ!一人居るって事は、絶対に何人も居やがる。俺はサエを連れて山門に向かう、周りを見張りながら、付いて来てくれ」
そう言うと、サブはサヨを抱き上げて走り出した。
泰時は周りを警戒しつつ、小走りでサブの後を付いて行った。
周りの闇から、わらわらと屍人が溢れて来た。
『南無……』泰時は心の中で唱えながら、屍人達の首を跳ねた。
「石段を登るれ、奴らは急な階段を上手く登れない」
サブは、巨体とは思えない速さで石段を駆け上がった。
泰時も後に続いた。
泰時が石段の途中で振り返ると、何十という屍人がヨタヨタを石段を登ってきていた。
泰時は刀を鞘に収めたまま、先頭の屍人の胸の辺りを突いた。
屍人は仰向けに倒れて、将棋倒しに次から次へと石段を転げ落ちて行き、石段のしたに屍人の山が出来た。
その山が、いい具合に後から来た屍人達の妨げになった。
石段を登り切ったサブは門を叩いた。
「開けてくれ!屍人に追われてる!」
門が開いたとして、中もまた屍人だらけの可能性も有るのだが、サブは大丈夫だと確信していた。
しばらくすると、中で閂を外す音がしてひとがやっと通れるくらい門が開き「入れ!急げ!」と声がした。
三人は門の中に駆け込んだ。
中では門を閉めるのに構える者が二人、杖を構える者が二人が居た。
三人が中に入ると、門を素早く閉めて閂を差した。
杖を構えている者が「武器を捨てろ」と、言った。
サブと泰時は大人しく従った。
一人がそれを拾おうとすると、「それに触ってはならん!」と何者かの声がした。




